第18話 非道な実験-被検体第93番-
「おい、サブ。ほんとにココであってんのか? 何もねーぞ?」
アニキールがサブスに問いかける。
時間は、イリアスが王家からの追放を言い渡される数日前。
アニキールとサブスは砂漠に立っていた。
「アニキ、よく見てくださいっす。見ての通り、草の一本も生えてねぇっす。異常だと思わないっすか?」
「まぁ、『研究所』から脱出したお前が言うんだ。俺様は信じるけどな。――念のために確認しただけだ」
「奴らは『攻城兵器実験所』って言ってるっすけどね。だから、何もない場所ってわけっすよ」
サブスは振り返る。
乗り越えてきたフェンスには「攻城兵器実験所-関係者以外の立ち入りを禁ず-」と記された看板が取り付けられている。
「まぁ『合ってれば』、そろそろ『お迎え』が来るだろ?」
アニキールがそう言うが早いか、何人かの魔法兵が現れる。
「『空間移動魔法』か。なかなかの練度だ。――俺様には遙かに劣るが」
「……アニキ、手はずどおりで良いっすね?」
「おう、任せたぞサブ」
「任せたっす、アニキ」
そう言って二人は拳を突き合わせる。
アニキールは魔力を全身に纏う。
「っ!! 魔力纏装だとっ!! それに、『被検体番号第67番』っ!? 脱走したはずだっ!!」
「……番号で呼ぶなっすっ!! サブス・セイル・シンジラールっす!!」
サブスが魔法兵に飛びかかり、一人。また一人打ち倒していく。
次々に現れる魔法兵。
その数は10。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「っ!! 63番からは身体強化・身体回復の研究対象だったはずだっ!! 一人でかかるなっ!! 囲めっ!!」
「むだっすよぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおっ!!」
昏倒していく魔法兵たち。
追加が現れるまでのわずかな時間。
サブスは地面を殴りつける。
「アニキィィィィィィィィィィィィィっ!!」
サブスの絶叫。
地面に開いた大穴。
アニキールが迷いなく、そこに飛び込む。
「……潜入完了って訳か。まぁ、あんま時間かけてる訳にもいかねーな」
落下の衝撃で魔力纏装が解除される。
石造りの通路。
そこには赤茶色の塗料が塗りたくられている。
アニキールは思わず顔を顰めた。
「……思ったよりもヒデーな。――しばらく、肉は食えそうにねーな」
アニキールはそうつぶやくと、風の魔法を用いて漂っている死臭から自らを守る。
周囲には、焦げて千切れた腕や足。
砕け散った肉片。
あまりにも無残な人間の遺体が、そこには散らばっていた。
「……グーレイのおっさん。話よりヒデーじゃねーか」
アニキールは乱雑に積み重ねられた被害者たちに手を合わせる。
「……悪ぃな。遅くなっちまった」
短い祈りの時間が終わる。
アニキールは魔力纏装をし直す。
そして、目的地に向かって走り出した。
「……さて、『仕入れ』の時間だ」
あえて、「仕入れ」という言葉を使い、自らを奮い立たせる。
それは、「商人」としての矜持。
――そして、「人を救う」と決めた決意。
「……何人生きてっかは知らねー。――俺様の誇りに賭けて、できるだけたくさん『仕入れ』をさせてもらうぜ」
向かってくる警備を次々と殴り倒し、昏倒させる。
そして、「実験場」と書かれた部屋のドアを殴り壊した。
「……ずいぶんと下品ではありませんか。入室する際にはきちんと扉を叩いて在室を確認するようにと習いませんでしたか」
「わりーな。叩いたらぶっ壊れちまった」
骸骨のように痩せこけ、眼鏡をかけた神経質そうな研究者がため息をつく。
「どうやら、度重なる研究で弱くなっていましたか。営繕しなければなりませんね」
「必要ねーだろ。テメーらはここで終わるんだからよっ!!」
アニキールが研究者に殴りかかる。
しかし、その拳は物陰から飛び出してきた人間に止められる。
全身が燃え上がりながらも、一本の槍を持っている。
「……クッソがっ!!」
アニキールは飛びすさり、纏った魔力を用いて火傷を治療する。
その間に、その人物はその場に崩れ落ちる。
「……最悪だな。テメーらは人間をなんだと思ってんだ」
アニキールがそう吐き捨てる。
せめてもの慈悲か、水の魔術を用いてその人物の火を消し止める。
しかし、研究者は涼しい顔をしたまま答える。
「いつの日か魔王が復活するかもしれない。そのために備えることの何が悪いのかな?」
「……やり方がワリーだろうがっ!!」
「なぜだい? 研究のためには犠牲というものがつきものだろう。食料品を生産するためには害虫を殺さなければならない。そのための研究でどれくらいの虫から命を奪っていると思っているんだい」
「……人間と虫はちげーだろ」
「違わないさ。魔王という害悪を雪ぐ。そのためなら、多少の犠牲は仕方ないさ。この、『人工大火槍の騎士作成計画』においては」
その言葉にアニキールは感情を抑えてつぶやく。
「……くだらねぇ」
「ん? 何か言ったかい?」
「『くだらねえ』って言ったんだ。あんなくだらねぇ『源書』の物語に踊らされて、テメーは何人……人の命を奪ってきたっ!」
「知りたいのか? 92人。いや、67番が逃げ出していたから、91人か。被検体――いや、実験生物の記録はきちんと残しているから把握しているさ」
「……」
「――まぁ、『失敗作』の数ではあるのだけれども」
アニキールは怒りを抑え込む。
「……もう良い。――テメーのことは良くわかった」
「そうかい。わかってくれたのだね。この研究の偉大さが」
「……馬鹿言ってんじゃねーよ」
アニキールのつぶやきに、きょとんとした表情を浮かべる研究者。
まるで何もわかっていない様子である。
「……馬鹿の事を理解しようとしたら、こっちまで馬鹿になっちまう。――テメーとはわかり合えねーてことだ」
その答えに、失望の表情を浮かべる研究者。
肩をすくめて、首を横に振った。
「残念だよ。君が理解してくれないのであれば、ここで消すしかなくなってしまったじゃないか」
「同感だ。俺様もテメーをここで終わらせねーとなって思ってんだ。珍しく気が合ったな」
「嬉しくはないね」
「ちげーねー」
黒焦げの遺体を挟んで二人は向き合う。
――そのときだった。
「……ぅ」
黒焦げの遺体が、少しだけ動いた。




