第16話 対峙と激突と
「イリアスちゃん! こっちっす!!」
先行していたサブが、イリアスに向けて叫ぶ。
「セラフィナちゃんはこの先の路地裏にいるっすっ! だけど、魔力が暴走してるっすっ!!」
「……つまり、『聖剣』が必要と言うことですわね」
腰に刺した「聖剣」を浪人差しから閂差しに改める。
「……できれば殺さないで欲しいっす」
「あら? 私はあなたたちにあの子を託されたのですわよ? その期待を裏切る気はありませんわ」
サブの問いかけにイリアスはそう答える。
だが、その手は震える。
先の路地裏から漏れ出す魔力の奔流。
その激流に本能的な恐怖を覚える。
「……凄まじいですわね」
思わずイリアスはそうこぼす。
地面にヒビが入り、空気が乾く。
降り始めた雨が蒸発し、霧散する。
異常から逃げ遅れた鳥が落ち、――二度と動かなくなった。
「……止められるっすか? 止めて欲しいっす。でも」
「愚問ですわ。では、いってまいります」
そう言ってイリアスは路地裏へと足を踏み入れた。
一歩踏みしめる。
空気の温度が上がる。
また一歩踏みしめる。
耳鳴りがする。
一歩、また一歩……。
「……セラフィナ」
路地の行き止まり。
そこに、セラフィナがいる。
セラフィナは――泣いていた。
「……セラフィナ」
イリアスは再び、声をかける。
その声にセラフィナは体を震わせ、イリアスの顔を見やる。
「……何で来たんですか、お姉様」
「……」
硬質な声。
およそセラフィナから発せられたとは思えないほどに。
思わずイリアスは二の句が継げなくなる。
「なんで。ねぇ、なんでっ!」
魔力の奔流が爆発的に高まる。
イリアスは思わず、「聖剣」に手をかけ鯉口を切る。
「……もういい。たいせつなものなんて、ぜんぶこわしちゃえばいいんだっ! そうすれば、もう、かなしく、ないっ!!」
セラフィナがバングルを外し、地面に投げ捨てた。
石畳が割れ、礫と化し、砂となる。
空気がゆがみ、蜃気楼のように揺らめく。
バングルにより抑えられていた魔力が枷を解き放たれ、濁流のようにあふれ出す。
――まるで、涙のように。
「……セラフィナ」
イリアスがつぶやく。
「もういい。ききたくない」
セラフィナが拒絶する。
そして、全身に魔力を纏った。
「魔力纏装……。高位の魔術師しか使えないはずですわね」
イリアスは抜刀し、刀を反転させる。
峰をセラフィナに向けた晴眼に構えた。
灼熱の空気の中、今ここだけは。
――空気が凍ったかのように静まりかえる。
「おねえさまぁっ! こわれろぉ!」
「事情は知りませんわっ!! それでもっ!! 殴ってでも止めますわっ!! セラフィナっ!!」
魔力を噴出し突進する、セラフィナ。
殴りかかる拳に込められた魔力。
空間が割れるかのような不快な音が響く。
イリアスは峰でその拳をそらし、脇に手を入れ、背負い投げを仕掛ける。
セラフィナの体が地面にたたきつけられる瞬間、セラフィナが魔力を噴出させ空へと逃れる。
石畳の大地にヒビが刻まれる。
「……魔力を噴き出すだけで空を飛べるものなのですね」
イリアスは聖剣を脇構えへと構え直す。
セラフィナの急降下ドロップキックに合わせるように、逆袈裟に振り抜く。
セラフィナの骨が砕ける音が響く。
しかし、何事もなかったかのようにセラフィナは地面に立つ。
「……あの腕輪を使わなくても、魔力が膨大すぎるとケガすら治ってしまうのですわね」
イリアスは冷や汗をかく。
それに答えるかのようにセラフィナが口を開いた。
「……その聖剣には、たったひとつだけ、対になる武器があった」
セラフィナが顔を痛みにしかめながらつぶやく。
膨大な魔力によりケガは瞬時に治るが、受けた痛みはそのまま感じているようだ。
「……確か、『騎士皇殿下』のもつ槍でしたわね。――名前はなんと言ったかしら」
イリアスも構えを晴眼に戻し、油断なくセラフィナの一挙手一投足を見やる。
「『大火槍』――それが、その武器の名前です。そして、それがっ!!」
魔力を噴射させ、肉薄するセラフィナ。
――それはまるで、ブースター噴射のように思えた。
とっさにイリアスは聖剣の平で、その拳を受け止める。
「――それが、セラを不幸にしたっ!!」
セラフィナの目から涙がこぼれる。
「炙られ、焼かれ、燃やされ……。それでも、死ねなかったっ!! この魔力のせいでっ!!」
あふれ出す魔力が勢いを増す。
周囲の建物が自然に燃え始める。
聖剣の力で影響を受けないはずのイリアスからも、汗が流れ落ちる。
「……そんな大切なこと」
「いえるわけないっ!!」
セラフィナが一歩踏み出す。
空気が歪む。
もう一歩踏み出す。
空間が歪む。
走り出す。
世界が――炎の色に染まる。
「言わなきゃ、わかるわけ、ないだろぉおおおおおおおお!!!!」
イリアスが絶叫とともに脇構えに構えを変えた。
突進してくるセラフィナに対し、一歩引いてその攻撃を躱す。
脇をくぐり抜けるように背後へと回り、全力でセラフィナの体を打ち据える。
骨が砕ける鈍い音が響く。
その場にセラフィナの体が――崩れ落ちた。
「……黒衣流、送り灯籠。牛沢先輩に日本で習っておいて良かったですわ」
イリアスはバングルを拾い上げ、失神しているセラフィナの腕に装着させる。
馬鹿げた魔力の奔流が、徐々に収まっていく。
後に残されたセラフィナの体。
背骨を折り、砕いたにもかかわらず、その体はすでに回復しきっていた。
「……まだ13歳だというのに、どれだけのモノを抱えさせられているのかしら。ねぇ、セラフィナ?」
つぶやいた言葉に答えは無かった……。




