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黒の矜持  作者: 川端マレ
第三部 グローテハーフェン編
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第八十八話 三人組

 行商人の荷車から若い女二名が姿を消し、その行方を追うため、ジークフリート少佐の指令で三名の兵が動き出していた。


 まず三名の兵は、州境の検問所へ向かい、そこで足止めしている行商人の老人から話を聞く。


 兵の詰所からほど近い一室の前で、三人は足を止めた。

 厚い木扉には鉄板が打ちつけられ、上部に嵌められた格子窓から、室内の明かりだけが廊下へ細く漏れていた。

 先頭のマーティン・クレガー曹長は、扉を短く二度叩いた。


「入るぞ」


 返事を待たず、手元の鍵で錠を外す。重い音を立てて扉が開き、三人は室内へ足を踏み入れた。


 室内中央にはテーブルが置かれ、その上に、こじんまりと花が生けられている。

 窓には細い格子が線になって連なり、揺れた白いレースのカーテンにその影をひらひらと映している。


 窓辺で外を眺めていた行商人は、入ってきた三名の兵の顔をしげしげと見つめると、深く溜息をつく。


「いつ、ここから出られるかね」


「上官からその許可を取ってここに来た」


 その言葉に行商人の老人は肩の力を抜くと、「やっとか」と小さくこぼす。


 マーティンは老人へ視線を預けながら、室内中央のテーブルへ歩み寄ると、そっと花瓶を端へ避け、小脇に抱えていた地図を広げながら説明をしていく。


「解放後もしばらくは身辺調査をさせてもらう」


 マーティンはそう言いながら地図の端を押さえ、老人の顔を見た。


「解放の前に、失踪した娘の件など詳しく聞かせてほしい」

「女性二名を荷車に乗せたのは、どの(あた)りだろうか?」


 行商人は、座っていた椅子の背もたれに手を添え立ち上がると、ゆっくりとテーブルの方へ歩く。

 そして地図に視線を落とすと、自分が通った道を辿(たど)るように、骨ばった人さし指を滑らせた。


「ここ……ら、辺りだったか……この村の近くだな。早朝に彼女らを乗せた」


 そこから道をなぞるように北へ指を滑らせ、眉間に皺を寄せる。

 行商人はそうしながら、少し顔を引いて視点を調整した。


「そうして、昼過ぎだったか……この小屋に馬車を停めた。戻ったら女二人はいなくなっていた」


 行商人が示した場所に、マーティン曹長は朱で目印をつけた。

 二人を乗せた場所、そしていなくなった場所。さらに時間。そういった情報を記録していく。


 その他の情報を行商人から聞き取ると、「この後の対応は、ここを管理する兵に任せてある」と告げ、部屋を後にした。


 そのまま三名は、検問所の一角に用意された空き部屋へ分かれ、それぞれ偽装のための着替えを整える。


 女性兵士のエルザ・ヘルマン伍長は、行商の娘に見えるような装いへ着替えると、隣の部屋へ顔を出した。


「見て見て」


 そう言って、スカートの裾を揺らすようにくるりと回る。


 年齢の近い男性兵士オットー・ヴァイス伍長は、その様子を見ると小さくため息をこぼした。

 それ以上は何も言わず、彼女の夫に見えるような格好へ着替えていく。


 残る中年の男性兵士マーティン・クレガー曹長は、きびきびと隠密行動向きの身軽な服装へ着替えていく。


 検問所でやるべきことを終えた三人は、その場を後にし、二人の女性が消えた地点へと向かう。


 オットーは荷馬車の先に座り、馬の手綱を握る。

 荷馬車にはエルザが座り、その後ろを、マーティン曹長が周囲を観察しながら進んでいく。


 荷馬車には商品に見せかけた木箱を何個か積んでおり、エルザは自分の居場所を整えようと木箱を並べなおした。


「いたっ」


 木箱のささくれで指先を切ったようだ。

 滲んだ血を見てエルザは、御者台のオットーへ身を乗り出して声をかける。


「ねぇ、怪我しちゃったんだけど、手当てして?」


 オットーはちらりと振り返り”また始まった”というような呆れ顔を返してくる。


「その程度、水でもかけておけ」


「ひどい! 衛生兵のくせに」


 オットーは盛大な溜め息をもらし「診るほどの傷じゃない」とそのまま前方に顔を戻した。


「耳、赤くなってるけどね」


 エルザはからかうようにくすくす笑いながら言うと、腰ポケットの中のガーゼを指に巻き付け、自分で手当てした。


 そんなやりとりをしながらも、検問所を越えて進んでいくと、すぐに異変を感じた。

 

 ユリウス侯爵家の私兵と思しき軍服姿の男とすれ違う。

 私兵が侯爵邸から離れているこの場所で見かけることの不自然さ。


 凝視すれば不審に思われる。


 エルザは荷馬車の上から、何か書き物をする素振りで私兵を見かけた地点にチェックを入れておく。

 箱を整理する動作に紛らわせて、ユリウス侯爵の私兵の挙動を視界の端で確認する。


(何かを警戒するように視線を巡らせている)

(たまに凝視している視線の先は……若い女性か馬の姿……)


 荷馬車が進むと私兵との距離が離れ、次第に小さくなり道の曲線に沿って流れて消える。


 検問所は長らく規制をされていたが、それが先日解除されていた。

 その影響で、人の行き来は増えている。

 

 消えた二人の女性。

 ユリウス侯爵の私兵が、グローテハーフェンの端に当たるこんな場所でうろつく不自然さ。

 この状況から、少佐が目星をつけていた通り、消えた二人のうち一人は、ユリウス侯爵の娘カタリナである可能性が濃くなった。


 エルザは行商人の証言から考える。

 失踪した彼女らは二人で行動しており、何か事情がありげだったと言っていた。

 一人は血色もよく健康そうだったが、もう一方はやつれがひどく行商人も乗せる前に「医者へ見せたらどうだ?」と声をかけたほどだという。


 具合の悪い者を抱えた二人行動。

 しかも、乗っていた馬は行商人がそのまま検問所まで連れてきてしまっている。

 荷物も荷車に置きっぱなしで失踪している。移動はかなり厳しい。であれば──


 エルザは前方の御者席で手綱を握るオットーの肘をトントンと合図する。

 オットーはちらりと振り返り「どうした?」と答えるとすぐに正面へと顔を戻した。


「あのさ、彼女らはそんなに移動出来ていないと思うんだけど、どうだと思う?」


「……行商人が彼女らとはぐれてから四日ないし五日ほど経っている。まったく動いていないとは限らないが、遠くまでは行けないはずだ」


「そうよね……彼女らが生きている前提で考えると、どういう行動をとると思う?」


 そのエルザの問いにオットーは、左手で顎を掴むようなそぶりを見せた。


「そうだな……宿か、誰かの保護下でなければ生き延びられないだろう。野宿で凌げるほどの術を持っているとは考えにくい」


「だよね、じゃあまずは、屋根のある場所……宿を当たってみない?」


「あぁ、そうするか」


 話が付いたところで、周りの異常を警戒しつつ彼らは宿を訪ね歩く──


 カラン……

 

 道沿いの一軒の宿屋──年配の男性店主は、古びた本から視線を外すと、老眼鏡を下げて入店者へ顔を向けた。


「泊まりたいのだが、空きはあるか?」


 オットーは声をかける。


「二人かい? 空いてるよ。宿帳に記名してくれ」


 店主はそういうと宿帳を差し出した。オットーは宿帳を引き寄せながら、ちらりとエルザへ目配せする。


「ねぇねぇおじさん、ちょっと教えて欲しいことがあるの」


 エルザは地図を広げ、困ったように眉尻を下げて手招きした。

 店主は老眼鏡を押し上げると、宿帳から視線を外し、彼女の方へ身を乗り出した。


 その隙にオットーは宿帳をめくり、ここ五日間の宿泊者の名前の中に、女性二名の名前があるかを確かめる。

 この辺りは仕事で利用する者が多く、単身での宿泊者がほとんどのようだ。

 女性二人の名前は見当たらない。

 オットーはエルザへ首を小さく横に振り合図を送る。


 その合図でエルザは「ありがとう、おじさん」と柔和にお礼を言い、地図を畳み始めた。


「もうちょっと先に進んでから宿を取ることにするわ。これはお礼よ」


 エルザは片目を軽くつぶってみせると、銅貨のチップを置いて店を後にする。


 カラン……


 宿屋のドアベルを背に、荷車へ乗り込むと、エルザは腕を頭上で組んで伸びをする。


「見つからないわねぇ」


「そう簡単ではないだろ」


 宿を当たると決めてから、何軒もこのようなやり取りを重ねた。


 陽は沈み、簡素な野営を三人は挟んだ。

 翌朝になっても捜索は続いたが、若い女二人の行方は大きな証拠も掴めぬまま、時間だけが過ぎてゆく。


 その間、ユリウス侯爵の私兵と数回すれ違っていた。

 かなりの人数をこの地方へ割いている。

 これが彼女らを探しているのか、それとも別の意図があるのか──


 日暮れ近くになり、小さな村が見えてくる。

 宿屋を見つけると、エルザとオットーは荷馬車を宿脇に停めた。


 今日の捜索はここまでだろう。

 二人を見守るマーティン曹長は宿を見渡せる場所の木に馬を繋げると、一人野宿の準備をする。


 カラン……


 店に入ると女性店主が声をかけてきた。


「宿かい?」

「えぇ、二人分。空いているかしら?」

「お代は一泊銅貨三枚だ。食事つきなら五枚。泊まるならそれに名前を書いてちょうだい」

「お願いするわ」


 返事を聞くや、女店主は宿帳をカウンターへ差し出し、「これに名前を書いておくれ」とぶっきらぼうに言う。


 エルザは女店主から、宿帳を受け取ると名前を書く場所を探すふりをしてパラパラとめくる。

 そうしてここ五日間の宿泊者の名を流し見る。


 女店主はエルザのその行動に驚きながら強めの口調で詰め寄った。


「ちょっと、あんた! 勝手に見るんじゃないよ」と言いながら、エルザが捲っている宿帳を押さえつける。


 エルザはそんな女店主の怒った様子に悪びれもなく返す。


「ごめんなさいおばさま。ふふふ。名前を書く場所が分からなくって」


 その返答に女店主は眉根を寄せて不愉快そうにしながら、名前を書ける場所まで頁をすすめた。

「ここだよ!」と指先でトントンと親切に示す。


「たすかるわぁ。ありがとう」


 エルザはサッと二人分名前を書くと、代金をカウンターに置き、代わりに出された鍵を手に取った。

 後ろで待機していたオットーへ目配せすると、奥の階段へ足を向けた。

 エルザは連れ立って歩くオットーへ、小さく耳打ちをする。


「名前は違うけど、女性二名の名前があったわ」


 オットーは考える。

 追跡されているならば偽名を使うのは至極当然と考えられる。


「部屋番号はみたか?」

「もちろん」

「確認する価値はあるな」


 エルザは鍵を指先で揺らし、オットーへ得意げに笑ってみせた。わざとらしくスカートを翻すと階段を軽やかに上っていく。

 オットーは何も言わず、その後ろ姿に小さくため息を落とした──


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