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黒の矜持  作者: 川端マレ
第一部 始まり編
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第三話 軍事資料室

 王宮内を支配していたうつうつとした粛清の空気は、空高くに登った太陽によってかき消されていく。

 命を終えた者がいる中で、太陽は顧みることもなく陽射しを与え、時は生きるもの全て平等に刻まれる。

 

 城内の軍事資料室にもその暖かい光は届き、窓辺に短く射し込む。

 中央に置かれているテーブルは、世界地図でも広げられるほどに広く、そこには二人の黒い軍服姿の男がいる。

 大きいはずのテーブルの上には、筒状に丸められた地図や膨大な書類が置かれ、今や所狭しの状態だ。


「必要最低限の情報は来てるけど……これは机上じゃ分かりにくいね」


 地形図に視線を落としたジークフリートの口元が、わずかに歪んだ。

 エルデンシュトラは険しい山岳地帯で、特有の癖がある。


 キャビネットや本棚に収められている膨大な資料から、今回の遠征で必要な物を選別し、それを中央の大きなテーブルへとハインリヒが運んでくる。


「こちらが民族、言語、歴史背景の資料です。」バサッと資料を置く。


 その膨大な量にジークフリートはため息が出そうになる。


「あはは、これは出兵まで寝る時間はなさそうな量だね。」そんな皮肉をいいながら、新たに追加された資料を精査していく。


 その中の『歴史背景』の資料を手に取る。

 分厚い書類の束をジークフリートは指先だけで捌き、目はほんの一瞬ずつ文字を拾っていく。

 はたから見るとそれはただ、指を滑らせているだけのように見える。

 全てに目を通すと、少し思案気な表情になる。


(元帥に確認しなきゃいけない事があるな……)そう考えながらも次の資料を手に取る。


 ──今回向かう、エルデンシュトラは王国の東南に位置する。

 そして、その先には大きな港町グローテハーフェンがある。

 その地域は比較的温暖で、冬期でも水は凍らず、流氷が接岸することもない。

 港町グローテハーフェンは不凍港として軍事的、経済的にも重要な場所なのだ。

 

 ──ヴァルディナ帝国は寒冷の地で冬には雪が降る気候。そのため不凍港は要所となる。

 過去30数年前、港町グローテハーフェンは他国が占領していた地である。

 不凍港を手に入れようと、ヴァルディナ帝国は軍事侵攻したのだ。

 その港町グローテハーフェン制圧作戦。通称『冬の門作戦』

 その作戦途中にある地域が山岳地帯の”エルデンシュトラ”今回ジークフリートが軍を率いて向かう地域だ。


 エルデンシュトラについての記録は『冬の門作戦に伴い、グローテハーフェン侵攻途上のエルデンシュトラを制圧。 同地を統治していたタラモン族と交戦し当該地域を確保。』と簡単にしか記録がない。

 他の資料を読み解くと、明らかにこの制圧によってタラモン一族は、その数を半数以下に減らされているのだ。

 そこに至る詳細な経過は、一切記録がなされていない。

 ジークフリートの胸中では、何かを意図的に隠しているような違和感が生まれたのだ。


「ハインリヒ」ジークフリートは頬杖をつきながら、その銀の瞳を部下に向け声をかけると「はい」と即座に返事が返ってくる。

「タラモン語の通訳者はみつかった?」

「申し訳ございません。通訳者の選定はまだ。」

 ハインリヒはチラっと目線は動かすが、作業の手は止めず紙束を分類していく。

「そう」頬杖を外したジークは分類された山に手を伸ばす。


(少数民族の言語……簡単には見つからないか)


 エルデンシュトラは、まるで隔離されてるかのようにその地がある。

 他の地域との交流が少ないため、そこに住むタラモンの一族が扱う言語は専門性が高い。

 現地は共通語も浸透しつつあるが、タラモン語が主流で、とりわけ年配の者はタラモン語しか話さない。

 そして、年配者がその地を治めているのだ。


 ふとジークフリートは、かつて自分の教師として仕えていたマティアス・リヒタールを思い出していた。


(彼は少数民族の言語も、専門としていたな……)


 ジークフリートが少年だったころ、屋敷に通って勉学に限らず様々なことを教えてくれていた人物だ。

 現在、マティアスは帝国大学で教授をしている。

 軍とは離れた存在のため、同行させるわけにはいかないだろう。

 考え事をしながらジークフリートは、次の資料を手に取り視線を滑らせる。


 軍事資料室には書類をめくる音だけが、唯一その場にある。

 そんな業務的な空間に不釣り合いな音が鳴る……。


 グゥ~。


 その音をジークフリートは聞き逃すわけもなく「お腹なってるね?」と目を細めて口元には笑みが浮かんでいる。

「これは事故です。」と言い、それをなかったかのように作業を進めるハインリヒ。

「お昼ちゃんと食べておいでよ。俺は少し父上に確認したいことがあるから丁度良い」


 グッと背伸びをし、凝り固まった肩をほぐす。


 椅子から立ち上がり「あなたは機械じゃないんだ」と言うと、広げていた資料をテーブルの端に整理する。

 

 手際よくまとめ終わると、軽やかな足取りでジークフリートは軍事資料室を後にする。

 パタンと扉が閉まる音を確認し、残されたハインリヒはひとりつぶやく


「不覚……」

 

最後まで読んでくださりありがとうございます。

彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。

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