第二話 ヴァルディナ国―帝国軍元帥
黒大理石の床は艶やかに磨き上げられ、廊下の端に点在する西洋甲冑をまとった像の影を怪しく反射させる。
張りつめた空間に、規則正しい靴音が響いている。
元帥は本来軍区画内の元帥府に滞在しているが、この日は城本体の執務室に詰めていた。
そこへジークフリートは身軽な足取りで向かう。
時折すれ違う軍服姿の兵は足を立ち止まらせると壁により、敬礼を送ってくる。
ちらりと目線だけをやると、そのまま速度を保って目的の場所へ進んでいく。
重厚な黒い木目の扉の前に控えていた兵は、ジークフリートの姿を確認すると、扉をノックし室内へ合図を送る。
低い返事が返ってくると、兵は「どうぞ」と言い重たい扉を開いた。
ジークフリートは緩やかに口の端を上げ、含んだ笑みを漏らす。
「どうも」
兵の案内でジークフリートは軽やかに室内へ入る。
そうして元帥へ向け姿勢を正し、右手を額に上げ敬礼をする。
整然と配置されたその室内は、部屋の主の性格を映し出しているようだ。
壁には濃い木目の本棚が並んでおり、収められている本は上質な皮で仕立てられ、そのどれもが貴重な物だと分かる。
奥の執務用の机では、難しい顔をした重鎮の風格を持つ男が、書類の整理をしていた。
ダークブラウンの頭髪は左から分けられ、几帳面に整い後ろに流されている。
黒の軍服に身を包み、金色の飾緒に胸には数々の勲章が縫い付けられている。
背筋の伸びたその姿は見るものにも、静かな緊張を強いるほどに整っていた。
ジークフリートの父であり帝国軍元帥──アウグスト・フォン・アイゼンブルク。
元帥は来訪者の姿を確認すると、低く落ち着いた声で出迎える。
「ジークか」
冷たい海のような深緑の瞳は、上官としての色が消えることはない。
ジークフリートは、今日執行された粛清の報告書をスッと差し出すと、アウグストは書面を確認して眉を顰めた。
ジークフリートはそんな元帥の様子を一瞥し、冷めた目つきで淡々と報告する。
「本日の粛清対象者が、エルデンシュトラを治めていました」
「統治者が不在となり不安定になっています」
「第十三特務大隊を派遣したいと考えています」
それを聞き終えたアウグストは、思案気な険しい表情を見せる。
ジークフリート率いる第十三特務大隊は、特殊な地域の問題を専門として動いている部隊。
エルデンシュトラ──そこには少数民族のタラモンの民が住む地域。
アウグストは手に持っていた報告書を静かに執務机の上に置く。
ひとつ息を漏らすと、ジークフリートへ訊ねた。
「いつから決めていた?」
「皇帝陛下が伯爵を粛清すると判断された。その時から考えていました」
その返答をアウグストはじっと見据えていた。
エルデンシュトラの地には、忘れてはいけない過去が眠っている。
ジークフリートがそこに赴くのには、親という役目からの、僅かばかりの私念が含まれてしまう。
それでも触れさせないままにもいくまい。
アウグストは手元の紙束を揃え、ジークフリートへ許可を出す。
「第十三特務大隊の出兵を許可する」
その許可の言葉を聞いたジークフリートは、姿勢を正したまま次の報告を述べる。
「では、明後日の早朝に出兵します」
許可を取り付けるのは予定調和だったかのように、スケジュールは組まれていたようだ。
出兵の許可さえ出れば、あとはジークフリート側ですることしかない。
そう彼は判断し、元帥へ敬礼をすると、そのまま踵を返しドアへ向かった。
そんなジークフリートをアウグスト元帥は呼び止めた。
「ジーク」
呼び止められたジークフリートは眉を一瞬あげ、歩みを止めて振り返り、言葉を待つ。
「これから調べものをするのだろう? 気になることを見つけたら来なさい」
それだけ言うとアウグストは書類整理を再開し、紙束を手前に戻し手元はページの端をめくる。
その言葉をジークフリートは考え、なるほどという顔つきになる。
これは元帥としての言葉ではなく、私情が含まれていると考え、それまでの軍人としての態度からうって変わり、相手を試すような明るい口調で話し始めた。
「あはは、なにそれ」
「すべては言いたくないけど、俺が気が付いた事は答えてやるってことね」
階級がはっきり分かれている軍において、この様な物言いはありえないだろう。
試す態度のまま飄々とした微笑を浮かべ、その様子は柔和に見える。
だが、その瞳の奥は、感情の機微を灯さず硝子をはめ込んだように透明だった。
アウグストは不敬な態度を咎める事もなく、数秒見つめ返すが、そのまま視線を落とし書類をさばき出した。
ジークフリートはその様子を確認すると、再度歩みを進めドアへと向かう。
振り返る事もなく、そのまま静かに取っ手を引き、音を立てずに扉を閉じた──
最後まで読んでくださりありがとうございます。
彼らが何を選び、どう進むのか、見届けていただけたら幸いです。




