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桜のチーズケーキ ~君と過ごした、桜色の日々~  作者: 雪樹
第一章 はじまりの厨房
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第一章 4話 甘い余韻、苦い決断

「東澤さんが、可愛い看板娘さんがいるって話してくれていたの。本当に可愛いですね」


「え?やだぁ。もう・・東澤さんたら」


そう言いながらも頬を赤く染める優里ちゃん。


いつも笑顔だが、この言葉でさらにはじける笑顔になった。


「では、ごゆっくりしていって下さいね」


「ありがとう」


僕は小走りで厨房に戻り、早速デセールの準備に取りかかる。


そのあと、すぐに。


カランコロン。


年配の女性のお客様がご来店。


「いらっしゃいませ」


優里ちゃんが敏速に対応する。


「太山寺苺のタルト4つと、エクレールショコラ3ついただける?」


「はい。ありがとうございます。すぐにお詰めしますね。少々お待ちください」


カランコロン。


「焼菓子の詰め合わせをもらえるかな?5000円くらいでご挨拶の熨斗を付けて」


「かしこまりました。すぐにご用意させていただきますね」


カランコロン。


「デコレーションケーキを予約していたのですが、予約時間よりちょっと早く来ちゃったけど出来てる?」


「あ、はい。出来ていますよ。少々お待ちくださいね」


不思議とお客様のご来店は重なるもの。


立て続けにお客様が来られても優里ちゃんは焦る事無く、終始笑顔で一人一人のお客様に丁寧に対応してくれる。


その接客から生まれる温かい空気感が心地良く、待たされてもイライラするようなお客様は殆どいない。


連続でのご来店でお客様が重なり続けた場合は、僕も厨房を出て接客のお手伝いに入るが、優里ちゃんのおかげで仕込みの作業に集中させてもらえる時間は長く取れている。


イートイン限定の皿盛りデセールを作れるのも、優里ちゃんの敏速で丁寧な接客があっての事だ。




「お待たせしました。オペラ・マ・ファソンです」


東澤さんのテーブルへ、出来立てのデセールと紅茶をお出しする。


優里ちゃんがテイクアウトのお客様に対応してくれている時は、僕自らで提供させていただく。


サービスが数秒遅れただけでも食感が変わってしまうからだ。


「わあ・・・綺麗・・・」


「でしょ。シェフの作るスイーツは全部綺麗で美味しいねん」


テーブルにそっと置かれた瞬間、東澤さんと春野さんの瞳に小さな光が宿った。


まるでキャンドルの火を映したみたいに、ゆらりと揺れて輝く。


白の艶やかな大皿の中央。


そこには、そのまま夜をとじこめたような、黒い球体が静かに佇んでいる。


その周囲には、スポーンの背でなぞったチョコレートソース。


ゆるやかな弧を描きながら、流星の軌跡のように皿の余白を横切っている。


濃厚なカカオの香りが、ふわりと空気に溶け、まだ誰も触れていないのに、甘く深い予感だけが先に広がっていく。


「スプーンで叩くとすぐに割れるので、中のものと一緒にお召し上がりください」


「は~い。いただきま~す」


「食べるのが勿体ないけど、いただきますね」


お二人はそう言いながら手を合わせた後、フォークを手にした。


コンコンと叩くと球体型のチョコレートは儚いように簡単に割れて、中からは出番を待っていたかのようにバニラのアイスと珈琲のジュレ、ムースショコラが三層に重なり合って出てくる。


その重ねられたセンターも、それぞれに微妙に異なった固さで仕上げていて、割れて散らばったチョコレートも合わせて、様々な食感が味わえる構成だ。


「すごい・・・こんなん初めてやわ・・・」


東澤さんが、目を輝かせながら声を上げた。


その隣では、春野さんがフォークを手にしたまま感心したように頷いている。


「オペラなので、長方形のものかと思っていました・・・」


二人の前の皿には、ショーケースに並ぶものとは全く違うオペラが盛り付けられている。


チョコレートの艶。


温かいソースから立ち上るほのかな香り。


アイスクリームとの温度差。


皿の上でしか出来ない一皿だ。


僕は二人の反応を見ながら説明した。


「長方形のオペラはショーケースに並んでいます」


東澤さんと春野さんが顔を上げる。


「テイクアウトできるようにクラシックなスタイルでお作りしていますが、デセールとしては、その場でしか味わえないライブ感を楽しんで欲しいので」


僕はお皿を指し示した。


「温冷の温度差と、皿盛りならではの食感を出しています」


「・・・なるほどねぇ」


東澤さんが嬉しそうに頷く。


春野さんも再びフォークを運び、小さく目を見開いた。


その表情を見た瞬間、胸の奥が少し温かくなった。


繁忙期の疲れも、仕込みの苦労も、こういう瞬間があるから報われる。


満面の笑みでデセールを味わう二人を見ていると、僕まで自然と笑顔になっていた。




 その後も沢山のお客様にご来店していただいた。


僕は追加のケーキの製造に追われ、優里ちゃんは接客に追われ続けた。


 ―多忙は捉え方によって多望に感じ、それはやがて多宝になる


父が良く口にしていた言葉を胸に秘め、僕は閉店時間まで多望を楽しみ続けた。


「シェフ。今日、東澤さんと一緒に来られた方、タイプでしょ?」


閉店後、床の掃き掃除をしながら優里ちゃんが聞いてきた。


「そんな事ないよ。確かに綺麗な人だったけど」


「綺麗って思ってるじゃないですか。お見通しですよ」


いたずらっぽく笑う優里ちゃん。


こうやって楽しく二人で働くのも終わりが近い。


優里ちゃんは卒業式を機にポートアイランドに引っ越しをする。


中央市民病院で看護師として働くためだ。


正直、辞められたら店にとってはとても痛手になる優秀な人材。


だけど、看護師になる夢をもって上京してきたのだから、引き留めるわけにはいかない。


個人的は・・・


いや、一人の男としては。


ずっと側にいて欲しかった。


嬉しいことがあった日も。


落ち込んだ日も。


何気ない毎日も。


―けれど。


その想いを口にする事はできない。


今の優里ちゃんには夢がある。


看護師になるという目標に向かって、一生懸命に前を向いている。


そんな彼女に自分の想いを伝えたところで、困らせるだけだろう。


ここは気持ちを押し殺し、彼女が立派な看護師になれるよう、背中を押してあげること。


それが、大人というものだろう。


そう自分に言い聞かせる。


胸の奥から溢れそうになる想いをゆっくりと沈めるように。


僕は視線を落とした。


洗い終えたボウルをタオルで拭く。


磨かれた金属に厨房の照明が映り込む。


金属の冷たさが指先に残り、厨房内には擦れる微かな音だけが、いつまでも響いていた。

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