第八章 5話 消えなかった灯火
ぼろぼろと大粒の涙が頬を伝い落ちる。
「・・・ああ・・・そうだよ」
震える声が静かな室内に響いた。
「人間だって、AIだって・・・長所もあれば短所だってある。だったら・・・互いに助け合えばいいじゃねえか・・・」
一度、言葉を切る。
「もちろん、まだまだ改善しなきゃいけない事は山ほどある。でも・・・もう既に作られたAIはたくさんいる。だからこそ・・・手を取り合って、共存していくべきじゃないのか・・・」
田崎は拳を握りしめた。
「一度の不具合で壊すってのは・・・上の奴ら、怖いんだよ・・・自分達が作れって言ったくせに・・・」
長年押し殺してきた感情が、堰を切ったように溢れだしていく。
悔しかった。
何も出来ない自分が。
上からの重圧に負けて、見て見ぬふりを続けてきた自分が。
そして何より。
自分が求めていた未来から目を背けてきた事が。
「だったら・・・そうしていきましょうよ・・・」
森は、真っ直ぐに田崎を見た。
責める色はもうない。
ただ、未来を信じる強い意志だけが宿っていた。
「先輩だったら出来ます」
森は迷いなく言った。
窓の外では雪こそ降っていないものの、街を彩るイルミネーションが静かに輝いていた。
「私、信じてます。この半年間、みっちりしごかれましたから。先輩が仕事の出来る人って、よく分かっています」
田崎の喉が小さく震えた。
胸の奥に押し込めていた感情が、言葉にならないまま込み上げてくる。
「森・・・」
掠れた声で名前を呼ぶ。
森は穏やかに微笑んだ。
「ここの部署、AI総合再生科って名前ですよね」
静まり返った室内に、その声だけが響く。
「回収科じゃない」
田崎はゆっくりと顔を上げた。
窓ガラスには、自分と森の姿がぼんやり映っている。
「きっと、先輩以外にも同じ思いの人達がたくさんいますよ」
その言葉に、田崎の脳裏へ仲間たちの顔が浮かんだ。
再生を夢見てこの部署へ来た者達。
松井をはじめ、理想を語らなくなっただけで、決して捨てたわけではない者達。
森は、一度言葉を切る。
「それと・・・」
「ん?」
「ハッキングついでに、ちょっとシステムいじっちゃいました」
田崎の眉がぴくりと動く。
「コンピューターの中にある回収システム・・・壊したわけじゃありませんよ?」
森は慌てたように両手を振った。
「全部修復して、再生システムに置き変えてます。工場のラインも院内のラインも。ブレーンは全部AIでしたよね。だから、ちょちょいのチョイって」
そう言って、ペロっと舌を出す。
その表情は、先ほどまで世界の未来を語っていた人物とは思えないほど無邪気だった。
その姿を見て田崎が笑う。
「はははっ・・・お前、本当にとんでもないな」
重く張り詰めていた空気が、少しずつほどけていく。
久しぶりだった。
笑うことが出来たのは。
重く張り詰めていた空気が、少しずつほどけていく。
森は満足そうに頷くと、指を一本立てた。
「あとは・・・先輩がお父さんを説得出来るかどうかです」
田崎の表情が少し引き締まる。
森はそんな様子を見ながら続けた。
「このプロジェクトで内密に集めてきたお金。全部、人のために。そして、作られたAIのために使いましょう」
真っ直ぐな声だった。
「もし、それが出来たら・・・ご褒美、あげます」
「・・・ご褒美?」
田崎が眉をひそめる。
「なんだそれ?」
森は得意げに胸を張った。
「ケーキです。天才パティシエが作る、最高のケーキ。ご馳走してあげますよ」
一瞬の沈黙。
そして。
「・・・あほか」
田崎は鼻で笑った。
「俺は先輩だぞ。今回の詫びにはならんが・・・店中のケーキ、全部買ってやる」
「やったー!」
森は思わず両手を上げた。
静まり返っていた室内に、その明るい声が響く。
クリスマスの夜。
窓の外では、満天の星々が静かに輝いていた。
長い夜の先にも希望があるのだと語りかけるように。
田崎はデスクの上に置かれた資料へ視線を落とす。
再生と共存。
かつて人間だった自分たちが本気で信じていた未来。
失ったと思っていたその言葉は、今もここに残っていた。
田崎は静かに息を吸う。
そして顔を上げた。
「じゃあ・・・始めるか」
森の表情が引き締まる
「再生を。人間とAIが共存していく未来づくりを」
その一言が、静かなオフィスに力強く響いた。
「森、手伝ってくれ」
田崎は真っ直ぐに森を見た。
「お前の力が必要だ」
森優里は大きく頷く。
「はい!」




