第八章 4話 鎖の向こう側
AI総合再生科
「何だ?森。クリスマスデートのお誘いか?」
軽口を叩く田崎に、森優里は一歩も引かずに言った。
「さくらさんを解放して下さい。リュミエールから連れ去りましたよね?」
「は?何言ってる?そんな事、出来る訳ないだろう」
田崎は鼻で笑い、椅子にもたれかかる。
次の瞬間だった。
森は表情をひとつ変えないまま、
「これを見て下さい」
と静かに告げ、腕につけたアースウオッチをタップした。
空間がわずかに歪み、宙に複数の動画が立体的に浮かび上がる。
「おい・・・なんだ、これは・・・」
「あなたのお父さんです。水面下で極秘に人間型AIを作れと命令を出した・・・お偉いお父さんの」
映像の中では、複数の企業の重役とされる人物が映り、賄賂と思われる金銭の受け渡しが、はっきりと記録されていた。
「音声も綺麗に入っていますよ。キャッシュレスだと証拠に残りますからね。現金の流通を推進し続けているのも、こういう時に便利だからですか?」
田崎の顔から、余裕が消える。
「・・・こんなもん、どこで手に入れやがった・・・」
焦りが声に滲み出ている。
「街中にはどれだけの監視カメラがあると思います?」
森の声は静かだった。
「建物の中にもそうです。駅も、道路も、商業施設も。たとえ大自然の奥地へ入ったとしても、衛生からの監視からは逃げれません」
まるで天気の話でもするかのような口調で、淡々と言葉を続ける。
「それらのデータから、あなたのお父さんの情報を集めた。ただ、それだけです」
田崎の喉が小さく鳴った。
背中を嫌な汗が伝う。
「森・・・、お前、何者だよ・・・」
絞り出すような声だった。
「田崎先輩。あなたと同じ、AIです」
「・・・ただのAIじゃねえだろ!!」
怒鳴るような声が部屋中に響き渡る。
「トップシークレットの情報だぞ!こんな簡単にハッキングできるわけねぇ!」
森は瞬きひとつしない。
感情のない瞳が、まっすぐ田崎を見つめる。
そして――
「どうします?」
静かに問いかける。
「タップすれば、一瞬で全世界へ送信できますよ」
田崎の視線が浮き上がる画像に移る。
表示されたデータ送信画面。
指先ひとつで世界中へ拡散できることが、直感で理解できた。
「ちなみに、私を壊しても無駄です」
森の声には一切の揺らぎがない。
「バックアップは、あらゆる場所に保存してありますので」
そう言うと、森はゆっくりと手首を掲げる。
アースウオッチの表示が、赤く脈打った。
田崎は唾を飲み込んだ。
喉が鳴る音だけが、やけに大きく響く。
「・・・分かった」
田崎が苦々しく吐き捨てる。
「あの女AIは解放してやる・・・」
その言葉に、森は静かに首を横へ振った。
「さくらさんだけでは、ありません。回収ルームに入っているAI全員を解放して下さい」
田崎の表情が一瞬で凍り付く。
「・・・なっ!そんな事したら、俺が回収されるだろ!」
「田崎先輩、あなたも解放です」
その言葉に、田崎は言葉を失った。
数秒の沈黙。
やがて自嘲するように笑う。
「・・・何を言ってる」
力なく首を振った。
「俺は10年前・・・あの津波があった年にAIにされて・・・以来、ずっと監視されてるんだぞ・・・」
握りしめた拳が震えている。
「自由になんかなれるわけない・・・」
視線が足元へ落ちる。
まるで、ずっと背負い続けてきた重荷を見つめるようだった。
「・・・アースウオッチを外しても無駄だ」
乾いた声が漏れる。
「体内にチップが入ってる」
田崎はゆっくりと胸元に手を当てた。
「逃げられないんだよ・・・」
その声には怒りもなかった。
諦めだけが残っていた。
長い間、自分に言い聞かせ続けてきた言葉のように。
その言葉に、森は初めて、わずかに目を細める。
静かな沈黙が二人の間に落ちる。
「先輩・・・本当の思いは、私と同じですよね・・・」
森は一歩だけ距離を詰めた。
「回収なんかしたくない。このプロジェクトを終わらせたい・・・」
田崎は答えなかった。
視線を落とし、唇を嚙みしめる。
「さくらさんの救護に来られた時・・・なぜ、そのまま回収しなかったんですか・・・?」
森の声は静かだった。
責める響きはない。
ただ事実を一つずつ並べていく。
「シェフが『搬送しなくて良いんですか?』って尋ねた時も・・・先輩は“連れて行かない方がいい”って答えましたよね・・・」
田崎の肩がわずかに揺れた。
「私のジャンプスターターを使おうとした時も・・・『それは自分用に持っとけ』って・・・新しいものを渡してくれましたよね」
森はそこで言葉を切る。
田崎は何も言わない。
俯いたまま、肩が小さく震えていた。
「先輩・・・本当は・・・AIを大事に思ってますよね?」
その言葉に、田崎はついに耐え切れなくなった。




