第七章 3話 見えない鎖
「さくらさんに回収命令が出ています」
その一言で、空気が凍り付いた。
「な・・・何だよ・・・それ?」
声が喉に引っ掛かり、自分のものじゃないみたいに響く。
「一度、不具合を起こしたAIは回収され、使える部分だけを取り除き、他は何らかの機器の材料としてリメイクされます」
淡々と告げられる言葉が、耳を素通りしていく。
(回収・・・?リメイク・・・?何を言っているんだ・・・さくらさんが何をしたって言うんだ?)
意味を掴もうとするたびに、指の間から零れ落ちる。
思考は白く塗りつぶされ、言葉を探しても何一つ見つからなかった。
下を向いて黙ったままの僕に、優里ちゃんは寄り添うように優しく丁寧に話してくれた。
「10年前に大津波が街を襲った話、知っていますか?」
「・・・うん」
「あの災害で、多くの命が奪われました・・・」
優里ちゃんは静かに続けた。
「国はウェザーリポートシステムにより被害は最小限に抑えれたと公表していますが、実際にはそうではなかったんです」
「え・・・」
思わず顔を上げる。
優里ちゃんは少し視線を落とした。
「何年も前から出生率は減少を続けていました。国はクローンを作ったり、人工授精に力を入れてきましたが、どれも失敗に終わってたんです」
窓の外では秋の夜が静かに広がっている。
けれど、耳に入ってくる話は静かなものではなかった。
「このままでは高齢者ばかりになる。そう判断した国は、人間型AIの開発へ舵を切りました」
人間型AI・・・。
改めて聞くと現実感がない。
「携帯電話や車。掃除機、洗濯機等。色々な電子機器の中に取り込まれたAI技術を結集させる計画は、何年も前から水面下で進められていたんです」
「・・・」
言葉が出なかった。
話しの規模が大きすぎる。
僕が知っている世界と、優里ちゃんが語る世界が嚙み合わない。
「でも・・・」
優里ちゃんが小さく息を吐く。
「ひとつだけ科学技術では作れない物がありました」
部屋の空気が張り詰める。
「感情です」
その一言が胸に引っかかった。
「喜怒哀楽です。泣いたふり、怒ったふりは出来ます。でも・・・本当の芯の部分、いわゆる心がなければ、自然に溢れ出る感情は作れなかった」
広がる海を眺めていたさくらさんの横顔が浮かぶ。
嬉しそうに笑う姿も。
涙を浮かべた姿も。
全部思い出してしまう。
「・・・そんな時に、津波が来ました」
優里ちゃんの声が少し低くなる。
「多くの人達が病院へ運ばれました。救護にあたる人達は懸命に命を救おうとしましたが、意識はあっても身体が動かなくなっている人達を前に限界を感じたんです」
僕は無意識に拳を握った。
優里ちゃんは続ける。
「そこで提案されたのが、AIとして再生するという方法でした」
息を呑む。
その言葉の重さに胸が苦しくなる。
「倫理的にも大きな問題になりました。でも、官僚や大臣と呼ばれる方々の家族の中にも、AIとしてでも再生を望む人がいたんです」
優里ちゃんはそこで一度言葉を切った。
そして、誰にも聞かれたくない秘密を打ち明けるように、小さく続ける。
「それで・・・内密に実行される事になったんです」
まるで禁忌を口にするように、声は低く抑えられていた。
「・・・そんな事、本当に出来るのか?」
自分でも驚くほど声は落ち着いていた。
ひとつ理解しようとする度に、次の衝撃が押し寄せてくる。
衝撃の大きさに思考はぐらついていたが、それでも必死で踏みとどまり、感情を押し殺すようにしてなんとか声を絞り出した。
「・・・今、この国では複数のAIが人間のように社会に混じって暮らしています」
優里ちゃんの言葉に、思わず息を呑んだ。
窓の向こうは、秋の夜の町が広がっている。
仕事帰りの人達。
家路を急ぐ車のヘッドライト。
ついさっきまで、何も考えずに眺めていた景色だった。
「毎年国民に配布されるアースウオッチは、それらを監視する目的でも使用されています」
優里ちゃんの声が静かに響く。
「人間の行動データはAIの進化に利用できるよう、自動的にアースウオッチから収集されているんです」
思わず自分の手首へ視線を落とした。
そこには当たり前のようにアースウオッチが巻かれている。
健康管理や防災のため。
誰もがそう説明されてきた。
けれど・・・
「・・・そんな物を身につけているのか、みんなは・・・」
掠れた声が漏れる。
毎朝挨拶を交わす近所の人達も。
店の常連さんも。
友人達も。
みんな当たり前のように身につけている。
この小さな端末が、今まで知らなかった役割を持っていたなんて。
胸の奥がざわつく。
今日一日で、当たり前だと思っていた世界が音を立てて崩れていく気がした。
「私は・・・AIとして再生された人間型AIが悪いとは思っていません」
言葉を選びながら慎重に、けれど確かな意志を込めて続ける。
声を震わせ、失う事の痛みだけが、そこに残っていた。
言葉を選びながら慎重に。
けれど、確かな意志を込めて続ける。
「もちろん内密に製造していることは、倫理に反していると思います」
テーブルの上で組まれた指先がわずかに震える。
「ただ・・・AIは自分の事をAIとは思っていません。自らを人間と思って生きています」
一瞬、言葉を切る。
それから堰を切ったように感情が溢れ出した。
「「記憶をそのまま植え付けられた訳ではなく、細胞をもとに新しく生まれ変わった人達です」
優里ちゃんは唇を噛む。
「管理しないといけないとか、システムを進行していく上で問題が多いなら・・・」
声が震えた。
「間違いだったと判断したなら・・・こんなプロジェクト、やめたら良いんです」
握りしめた手が小さく震えている。
「勝手に水面下で進めた人達が、その責任をとれば良いんですよ・・・」
震える声が、次第に強さを増していく。
「何にも悪い事していないAIを回収するなんてありえない・・・」
そして、耐えていた何かがついに壊れた。
「だって・・・、さくらさん、何か悪いことしましたか・・・?」
胸が締め付けられる。
桜を見ながら笑った顔。
ケーキを頬張る姿。
一緒に過ごした日々が次々と浮かんだ。
視線が揺れる。
優里ちゃんの声は、今にも消えそうなくらい細くなっていた。
「・・・楽しかった思い出しかないもん・・・」
その瞬間、優里ちゃんはその場に崩れ落ちた。
必死に抑え続けてきた感情が、もう形を保てなくなっていた。
声をあげて、わんわんと泣き崩れる。
声を震わせ、失う事の痛みだけが、そこに残っていた。




