第七章 2話 崩れゆく未来
・・・は?」
「さくらさんは人間型のAIです」
優里ちゃんは真顔のまま続ける。
「・・・何、言ってるの?」
「この前に倒れたのはキャパオーバーが原因でショートを起こした為です」
「キャパオーバー?・・・ちょっと優里ちゃん?」
思わず聞き返す。
「何か容量を超えるような事がありましたか?例えば、暑い環境に長い時間滞在したとか」
「ないない。パティスリーは基本的に空調かけてるから、むしろ寒い時があるくらい」
「じゃあ、精神的に大きく追い詰めるような事をしたとか」
「ないよ。いつも仲良くやってたし」
優里ちゃんは腕を組み、小さく首を傾げた。
「う~ん・・・だとしたら、蓄積されていない新たな感情や情報を一気にインプットしようとしたとか・・・」
―インプット。
その言葉に、ふと引っかかる。
「インプット?・・・そういえば時々“インプットしました”みたいな変な言葉使う時があったかな・・・」
そこまで言ってから、僕は苦笑いした。
「・・・って、本気で言ってる?そんな冗談いらないから」
優里ちゃんは笑わなかった。
「冗談じゃないです。以前倒れた時に足裏につけたジャンプスターターって覚えてますか?」
その言葉に、救急隊員達が来てくれた日の光景が脳裏によみがえった。
「ああ、あの電子カイロみたいなやつね。まさか、足裏を温めるなんて思ってもなかったよ」
「あれは復帰用の急速バッテリーです」
優里ちゃんは淡々と答えた。
「再起動が遅れると、これまでのデータが全て消去する事があるんです。さいわい、さくらさんは無事に復帰出来ましたが、ああなった場合は一刻を争います」
優里ちゃんは冗談を言っているような顔じゃない。
真剣そのものだった。
だからといって、すんなり信じられる話でもない。
「一緒にランニングした時、汗かいてたよ。一緒に賄いだって食べてた」
思わず言い返す。
あの日の光景が頭に浮かんでいた。
夏の早朝、並んで走った時間。
額に滲んだ汗を拭いながら微笑むさくらさん。
休憩室で賄いを美味しそうに頬張る姿。
どれも機械なんかじゃなかった。
「汗くらい流せます。人間と同じように飲食も出来ます」
優里ちゃんは静かに答えた。
「笑ったり、時には涙をうかべたりもしてたし・・・」
声が少し震える。
お客さんから感謝された時の嬉しそうな表情。
目に浮かんだ涙まで思い出していた。
「インプット済みの喜怒哀楽の感情は、完璧に表現できます」
優里ちゃんは、まるで事実を一つずつ並べるように、淡々と話した。
感情を挟まない声が、かえって胸に突き刺さる。
「なんだよ・・・」
気付けば拳を握りしめていた。
「なんでそんな事言うんだよ・・・」
視界が揺れる。
ようやく想いが通じたと思った。
これからもっと一緒に笑って、もっと幸せになれると思った。
それなのに。
「これから一緒に幸せになろうとしてたのに・・・」
喉の奥が熱くなる。
「やめてくれよ!」
思わず声が荒れる。
自分でも抑えきれない苛立ちと恐怖が、言葉になって溢れ出した。
その後。
休憩室には重たい沈黙が流れた。
荒くなった呼吸だけが耳につく。
握りしめた拳はまだ震えていた。
優里ちゃんは、少しも目を逸らさなかった。
その真剣な表情は、冗談や意地悪なんかじゃないと、痛いほど分かってしまう。
だからこそ。
僕の心の奥で感じていた不安を、こうして静かに言葉にされると辛い。
受け止める準備なんて、どこにもなかったから。
僕がようやく落ち着くまで優里ちゃんは何も言わず、ただ黙って待っていてくれた。
急かすことも、視線を逸らす事もせず、その沈黙さえ受け止めるように。
「・・・大きな声出して悪かったな」
絞り出すように言うと、優里ちゃんは、小さく首を振った。
「ううん・・・大丈夫です」
けれど、すぐに表情を引き締める。
「ただね・・・ここからが本題なんです。聞くにはそれなりの覚悟がいります」
その言葉と同時に、優里ちゃんの目から迷いが消えた。
さらに真剣さを増したその顔つきに、
逃げ場はもう残されていないと直感的に悟った。




