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第六章 4話 目覚めた朝のように

次の瞬間には、期待を裏切られた子供みたいに唇を結ぶ。


喜びと落胆が入り混じった表情で両手を合わした。


「・・・いただきます・・・」


そっとナイフをケーキに入れ、崩さないように小さく切り分ける。


フォークに乗せたその一口を、優里ちゃんは一瞬ためらうように見つめ、ゆっくりと口へ運んだ。


まるで、何か大切な答えを確かめるみたいに。


ケーキを口に含むと、優里ちゃんは静かに目を閉じた。


すぐには噛まず、舌の上で転がしながら時間をかけて味をほどいていく。


やがて、噛みしめるたびに表情が少しずつ和らいでいった。


「・・・・・美味しい」


小さくこぼれた声には、驚きと安堵が混じっている。


「綺麗で、優しくて・・・あたたかくて。何だか、全部を包み込んでくれるみたいな甘さ・・・」


優里ちゃんの瞳に、うっすらと涙が滲んだ。


それは今にも零れ落ちそうで、


何かを必死に耐えているように見えた。



ぽたり。


白いお皿の上に雫が落ちた。


「・・・優里ちゃん・・・どうしたんだよ・・・、何で泣くんだよ・・・」


戸惑いながら声をかける。


張りつめていた何かが、ぷつりと切れたように見えた。


優里ちゃんが勢いよく顔を上げる。


瞳は涙で溢れ、頬は真っ赤になっていた。


「うるさい・・・」


震える声が休憩室に響く。


「バカ・・・!」


「え・・・」


思わず言葉を失う。


優里ちゃんは立ち上がると、涙で濡れた目元を乱暴に拭った。


次から次へと涙が溢れてくる。


「シェフのバカ!バカ、バカ、バカ・・・」


言葉は乱暴なのに、その声は震えていて、怒りよりもずっと、寂しさや悔しさが滲んでいた。


どうして、そんな事を言うのか。


何に対して泣いているのか。


僕には分からなかった。


ただ、優里ちゃんの涙が胸の奥に重く刺さる。


―その時だった。


「う・・・うん・・・」


小さな声が聞こえた。


僕と優里ちゃんは同時に振り返る。


さくらさんの指先がぴくりと動いた。


「さくらさん・・・?」


思わず立ち上げる。


すると、さくらさんはゆっくりと瞼を開いた。


焦点の合わない瞳が天井を見つめる。


さくらさんが目を覚ました。


まるで、ぐっすり眠っていた子どもが目を覚ましたみたいだった。


「うーん・・・」


小さく伸びをしながら、両腕を上へ伸ばす。


そして、目元をごしごしと擦った。


「さくらさん!」


気付けば僕はさくらさんのもとへと駆け寄っていた。


「・・・あれ?」


さくらさんはゆっくりと身体を起こした。


そして――


「・・・シェフ?おはようございます」


 不思議そうに、そう言った。


「・・・おはようございますじゃないよ!」


思わず叫んだ瞬間に、僕はさくらさんに抱きついていた。


考えるよりも先に体が動いていた。


失くしかけたものを、ようやく確かめられたみたいに。


張りつめていたものが一気にほどけて涙が溢れ出た。


「どうしたんですか?シェフ。」


何が起きているのか分からない様子で、戸惑いながらもそっと僕の頭に手を伸ばした。


「泣かないで下さい。大丈夫ですよ」


優しく、何度も撫でるその仕草は、まるで眠りに落ちる前と何も変わらなくて。


それがかえって、現実だと教えてくれるようだった。


しばらくして、僕が冷静を取り戻した頃、優里ちゃんがさくらさんの側に来てしゃがんでくれた。


「さくらさん。具合はどう?大丈夫?」


優里ちゃんの顔を見た途端、花が開いたような笑顔になるさくらさん。


「優里さん!お久しぶりです。元気にされていましたか?」


「はい。元気です。お久しぶりですね」


「はい!お久しぶりです!」


その声と同時に、さくらさんは迷いもなく優里ちゃんに飛び込むように抱きついた。


思いがけない勢いに、優里ちゃんは一瞬たじろぎ、驚いたように目を輝かせる。


けれどすぐに、嬉しさと少しの照れが混じったような、困ったような笑顔が浮かんだ。


優里ちゃんは、さっきまで流していた涙の跡を誤魔化すように、そっと手の甲で頬を拭う。


そして、ためらうこともなく、今度は自分から腕を回し、さくらさんを優しく抱きしめ返した。


言葉は無くても


「かえってきてくれて良かった」


その気持ちだけが、静かに伝わってくる抱擁だった。

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