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第六章 2話 小さな駆動音

優里ちゃんは、すぐには答えなかった。


代わりに、眠るさくらさんへ視線を向ける。


「焦らなくて良いですよ」


優里ちゃんはそう言いながら、田崎さんから受け取った四角い装置を僕へ差し出した。


「これ、さくらさんの足裏につけて下さい」


手のひらに収まるほどの小さな装置。


角の丸い白いケースは、ぱっと見ただけなら携帯用の電子カイロみたいだった。


「・・・これ何?」


僕は思わず眉をひそめる。


「電子カイロ・・・?さくらさんは意識を失っているんだぞ。足の裏なんて温めて何になるんだ?」


「いいから黙って付けて下さい!」


突然の強い口調に思わず肩が跳ねた。


優里ちゃんは普段の優しい笑顔を消し、真剣な表情でこっちを見ていた。


「完全にオフになったら、記憶が全部消えてしまう事だってあるんです」


その言葉に息を呑む。


(記憶が消える・・・?)


優里ちゃんはすぐに視線をさくらさんへ戻した。


首筋に指を当て、高等部へ触れ、何かを確認している。


落ち着こうとしているのが分かる。


けれど、その動きの端々から焦りが滲んでいた。


長年一緒に働いてきたけど、こんな優里ちゃんは初めてだった。


「脳障害が起きるって事・・・?」


自分で口にした言葉に、背筋が冷たくなる。


とにかく


今は優里ちゃんを信じるしかない。


「早く!」


優里ちゃんが顔も上げずに叫ぶ。


「左足の靴下脱がせて、それつけて!」


「わ…分かった!」


 震える指で靴を脱がせる。


続いて、白い靴下をゆっくり下ろした。


足に触れた瞬間、思わず息を止める。


冷たい。


異常な冷たさ。


まるで、血が通ってないみたいだ。


「文字が書かれている方を表にしてつけて!」


優里ちゃんの声が飛んでくる。


「分かった・・・こうだな・・・?」


僕は言われた通り、さくらさんの足裏へ装置を着けた。


小さな装置はひんやりとしていて、何も変わらない。


不安でいっぱいだ。


頼む。


目を覚ましてくれ。


心の中で何度も繰り返す。


さっきまで笑っていたんだ。


ケーキを食べて、美味しいと言ってくれた。


僕の告白に答えてくれた。


それなのに・・・


さくらさんは静かに目を閉じたまま横たわっている。


まだ数分しか経っていないはずだった。


けれど、時計の針は止まってしまったんじゃないかと思うほど、時間が遅く感じる。


胸の奥だけが焦り続けていた。


「・・・何も変わらないぞ」


思わず呟く。


何も変化が見えないさくらさんの様子に、優里ちゃんまで不安そうな顔になっている。


「・・・おかしいな・・・」


小さな声が聞こえた。


「ひょっとしたら・・・」


優里ちゃんが何かに気付いたように顔を上げる。


「シェフ!右足に変えてみて!」


「み・・・右足だな?やってみる!」


言われた通り、すぐさま右足の靴下を脱がせて、震える指でジャンプスターターをつけた。


すると・・・


カチッ。


まるで磁石同士が引き寄せられるみたいに、装置が足裏へぴたりと吸い付いた。


「え・・・?」


さっき左足のつけた時とは明らかに違う。


装置の端にある小さなランプが赤く点滅を始めた。


同時に微かだが、ウィーンという小さな駆動音が鳴る。


「・・・やっぱりそうだ」


優里ちゃんが小さく呟く。


「右と左が入れ替わってる・・・」


僕には意味が分からない。


「インプットとアウトプットが逆になっているんだ・・・」


さらに意味が分からない。


インプット?


アウトプット?


何の話だ?


頭の中に疑問符が浮かぶ。


「初期モデルか・・・」


優里ちゃんはそう呟きながら、脱がせたままだった左足の靴下をそっと履かせた。


「もう大丈夫です」


その言葉に、止まりかけていた呼吸が戻る。


「あと一時間くらいすれば目を覚まします」


優里ちゃんは着ていたオータムコートを優しくさくらさんの身体にかけた。


秋色のコートが毛布みたいに優しく包み込む。



その光景を見た瞬間だった。



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