第四章 4話 人を惹きつける人
「毎度~、ヒライ商店です~」
勝手口のドアが開き、製菓材料の配送業者さんが顔をのぞかせた。
両腕には大きな段ボール箱。
いつもの納品だ。
「あ、は~い。すぐ行きま~す」
受け取りに行こうと、さくらさんが椅子から立ち上がる。
「さくらさん。大丈夫です。僕が行きますから、休憩していてください」
声を掛けると、さくらさんは振り返った。
「大丈夫ですよ。私、食べ終わりましたし」
そう言って微笑む。
「一番働いているのはシェフなんですから、ゆっくり座っていてください」
立ち上がろうとした僕の肩に、そっと手が添えられる。
優しく押し戻されるような感覚。
反応する間もなく、さくらさんは小走りで勝手口へ向かった。
仕事が出来るだけじゃない。
機転も利き、気遣いも自然に出来る優しい人だ。
「じゃあ、サインしておきますね。ありがとうございます」
伝票を受け取ったさくらさんが丁寧に頭を下げる。
配送業者の吉川さんも安心したように笑った。
「おおきに」
そして、少し表情を曇らせる。
「・・・で、ちょっと話あってさ」
いつもと違う、その声色に、僕も自然と耳を傾けた。
「悪いんだけど、来月から材料の一部を値上げさせてもらえるかな?」
「・・・値上げですか?」
「知ってると思うけど、長く続く自然災害の影響で、ナッツ類やカカオの収穫量が減少してるんだよね」
その言葉に、僕は小さく息を吐いた。
やっぱりか・・・。
最近はニュースでも業界誌でも、その話題ばかりだ。
地球温暖化の影響で、特にカカオは深刻だと聞いている。
すると、さくらさんは慌てる様子もなく頷いた。
「確かにそれに関しては、連日ニュースでも報道されていますよね」
落ち着いた声だった。
「仕方のないことだと思いますが、具体的にどれくらい値上がりますか?」
吉川さんの目を真っ直ぐ見つめる。
「シェフにお伝えしたいので、具体的な数字の提示をお願いします」
こういう話は、オーナーである僕が直接対応しないといけない。
僕は椅子から立ち上がり、勝手口へ向かった。
「物によって様々だけど、㎏あたり200円から300円は上がるかな・・・」
吉川さんが申し訳なさそうに言う。
思ったより上がる。
僕が口を開こうとした、その時だった。
「もう少し考慮して頂けませんか?」
さくらさんが一歩前へ出る。
「その分、多めに発注できるようにシェフと相談しますから」
柔らかな声。
そして少しだけ首を傾げながら、上目遣いで吉川さんを見つめた。
僕は思わず足を止める。
すると。
吉川さんの顔が、分かりやすいくらい赤くなっていた。
「は、はい・・・」
耳まで真っ赤だ。
「・・・そんなに、見ないでください・・・」
声まで裏返っている。
「上司に掛け合ってみます・・・さくらさんに頼まれたら断れませんよ・・・」
「やった!」
さくらさんの顔がぱっと明るくなる。
夏の日差しにも負けないくらい眩しい笑顔だった。
「さすが吉川さん。ありがとうございます」
そう言って、吉川さんの胸を軽くぽんと叩く。
その瞬間。
吉川さんの顔は、さらに真っ赤になった。
もはや限界だった。
「お・・・おおきに!」
深々と頭を下げると、段ボールを抱えたまま足早に帰っていく。
勝手口のドアが閉まる。
静寂。
僕は閉じられたドアを見つめた。
さくらさんが振り返る。
「良かったですね、シェフ」
にこりと笑う。
「さくらさん、すごいですね・・・」
思わず本音が漏れる。
「はい?」
小首を傾げる。
きょとんとした表情。
大きな瞳が不思議そうに瞬く。
その仕草さえ絵になるから困る。
他の取引先の人達も例外ではなかった。
打合せの最中から視線は自然とさくらさんへ吸い寄せられ、男性陣は誰もが浮足立った様子になる。
「サンプルが余ってまして・・・」
そんな口実を添えて、上質なショコラや、選び抜かれたワインを、さり気なく差し出す者まで現れた。
優里ちゃんが人懐っこい可愛い妹キャラなら。
さくらさんは、背筋を伸ばして立つだけで空気を変えてしまう綺麗なお姉さんだ。
落ち着いていて。
上品で。
誰に対しても優しい。
不意に視線が合い、柔らかく微笑まれた瞬間、胸の奥を射抜かれる。
その感覚がどれほど抗いがたいものか。
僕は痛いほど、身に染みて分かっていた。




