味の違い、その理由
その日も、文はいつも通り食事部屋で席に着いた。エルカディア付きの調理人は、相変わらず丁寧に火を見て、鍋を見て、音を聞いている。
その脇で、見慣れない娘が、少し緊張した様子で椀を並べていた。
調理人の孫で、台所に入ったばかりだと聞いている。
運ばれてきた椀から、湯気が立つ。
見慣れた煮込み。
ひとさじすくって口に運ぶ。
――あれ。
文はわずかに眉をひそめた。
濃い。
甘みがある。
油の輪が、いつもよりはっきり浮いている。
おいしくない、わけではない。
ただ……。
「……いつもと、違う」
配膳をしていた娘の手が、はっと止まった。
台所の奥から足音がする。調理人が、ゆっくりと姿を現した。
「どうしました、文様」
「味が……少し、違う気がします」
調理人は文から椀を受け取ると、香りを確かめた。それから、配膳をしていた者に視線を向ける。
「リュエル」
「……はい」
「今日の文様の食事、誰が用意したんだ」
リュエルは、思わず身を縮めた。
「わ、私です……。皆さんと同じ鍋から、取り分けて……」
調理人は、すぐには言葉を返さなかった。鍋を一度見てから、口を開く。
「違うな」
「お前は、鍋を見て何を感じた。なぜここに、二つの鍋があることに気付こうとしない」
リュエルの背筋が、ぴんと伸びる。
「皆に同じものを出せば済むなら、仕事はもっと楽だ。だが、食べる相手が違えば、用意の仕方も違う」
調理人は鍋の中身を一瞥すると、リュエルの方へ視線を向けた。
「責めているわけではない。ただ、私達は、お出しするものに責任をもたなければならないのだ」
「文様の食事は、最初から『別に整える』ことになっている」
「……すみません。すっかり、忘れていました」
「次から気をつけなさい」
文は、二人のやり取りを聞きながら、かすかなざわめきを覚えた。
「あの、どう違うんですか?」
思わず、そう尋ねる。
「文様の食事は、味を『足さない』のが基本です」
「足さない?」
「濃くしない。
甘くしない。
油を立てない」
文の心臓が、ひとつ跳ねた。
「……それ、私の……」
「好みですね」
調理人は、あっさりと言った。
「それから、
日ごとに変えること。
昨日と同じにしないこと。
少しでも重ければ、引くこと」
文は、息をのむ。
それは、体調だけの話ではない。
「……誰が、そんな細かいことを?」
調理人は答えなかった。ただ、鍋に視線を落とす。
「よく知っている方の指示です」
リュエルが、恐る恐る口を開いた。
「文様……申し訳ありませんでした」
文は、首を振った。
「いえ。教えてもらえて、よかったです」
再び整え直された椀が、文の前に置かれる。
油は控えめで、甘みは奥に引いている。
そっと口に運ぶ。
――あ。
身体の奥に、すっと染みていく。
「……これです」
安心したように、文は息をついた。
そして、ふと口を開く。
「今度は…… 横で見てるだけじゃなくて、
一緒に作ってみたいです」
思い出したわけではない。
でも、なぜかできるような気はした。
ただ、今、そう思えている自分がいる。
調理人はうなずくと鍋へと向き直った。
「では、まずは味を見るところからですね」
リュエルが小さく手を挙げた。
「私も……覚えたいです」
文がリュエルを見ると、リュエルは恥ずかしそうにうなずいた。
台所に湯気が立ちのぼる。
その日の朝食は、文に馴染みながらも、ほんのわずか違う温度を帯びていた。




