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旅の理由は、あとで 〜とあるエルフの異世界紀行〜  作者: こなれたタオル
第二章 風の通る道

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碑をめぐる噂

 ヘルミオ商隊は、昼を少し過ぎた頃、コウド村の入り口付近に到着した。だが、今まで訪れた村の入り口とは、どうも雰囲気が違うことにフィーネは気がついた。村へ入ろうとする人々が入り口の前に列を作っている。しかも、門のそばでは門番が一人ひとりの身分証を確認していた。


「この村は、ずいぶん厳しく身元を確かめるのですね」


フィーネが、前方を見ながら手綱を握るヘルミオに話しかけた。


「いえ、いつもならこんな風ではないのです。門番と挨拶するくらいで入れるのですよ。きっと、新しい碑が発見されて、多くの人々が村に押しかけているのでしょう」


商隊の馬車も、列の一番後ろに並んだ。並んでいる人たちをよく見ると、つるはしやスコップ、縄を携えている者が多い。


「あの方たちは、何をしに来たのでしょう」


「碑の近くに、何か価値のあるものが眠っていると考えているのでしょうね」


三十分ほどで商隊の順番がやってきた。門番はヘルミオの顔を見るなり、御者台に駆け寄ってきた。


「ヘルミオ様、ようこそおいでくださいました。村長から、皆様がお見えになることは伺っております。お声をかけてくだされば、お待たせしませんでしたのに」


門番は恐縮したように頭を下げた。


「いえ、皆と同じように順番を待つのは当然ですからね」


「すぐに村長へ使いを出します。門を入った先で、少々お待ちください」


「わかりました」


ヘルミオは門番が示した、門を入った先の脇に馬車を止めて、村長からの迎えを待った。五分もしないうちに、若い男が息を切らして走ってきた。


「お待たせして申し訳ありません。村長宅の者です。皆さまをご案内いたします」


ヘルミオはうなずくと、再び手綱を引いた。村長の家は、村の中心部にある広場の一番奥にあった。そこへ向かう道は広く整備され、両脇には石造りの店や住居が並んでいた。


「この村は、今まで見てきた村とは少し違う感じがしますね」


「ええ、そうですね。この辺りでは、最も大きな村の一つです。村には鉱石の採掘場がいくつもありますから、そこで働く者たちも多く暮らしているのですよ」


ヘルミオの説明を聞きながら、フィーネは広場の一番奥にある建物に目を向けた。村長の家は、個人の家というより役所を思わせるような大きさだった。実際、人々が手に書類のようなものを持って入り口に向かって並んでいた。


「ヘルミオ様、こちらは人の出入りが多いので、馬車は裏手へお回しください」


ヘルミオはフィーネに馬車を降りるよう促すと、自らも御者台から降り、セレナに手綱を預けた。


「セレナ、リオ、ラウディス。馬車と馬を裏へ回しておいてください。フィルは一緒に来てください」


「わかりました」


 村長の家は、役所として使われている棟と、村長一家が暮らす棟がつながった造りになっていた。案内の男は、列ができている正面の入り口ではなく、建物の側面にある住居棟の玄関へ向かった。


玄関の前にはすでに村長夫妻が一行を待っていた。


「ヘルミオ様、フィーネ様。ようこそおいでくださいました」


村長は丁寧に頭を下げると、まずはヘルミオの前に立った。


「ヘルミオ様、お久しぶりでございます。王都でお会いして以来でしょうか」


「ああ、久しぶりですね、アダム」


「お元気そうで安心いたしました。門で三十分もお待たせしたと聞いて、肝が冷えましたよ」


「いいえ、私は商隊の一員です。あなたが気にすることはありません」


「あなたは昔から、そういう方でしたね」


アダムは困ったように笑うと、今度はフィーネの前に立った。


「お初にお目にかかります。コウド村の村長を務めております、アダムと申します。エルカディア様からお話は伺っております」


「初めまして。フィーネです。どうぞ、フィーネと呼んでください」


フィーネの言葉に、アダムは何度か瞬きをした。それから、確かめるようにヘルミオへ目を向けた。ヘルミオが小さくうなずくのを見て、アダムは再びフィーネに向き直った。


「承知しました。では、フィーネ殿とお呼びいたします」


「はい、わかりました……」 


フィーネは少し戸惑いながら返事をした。どうやら気軽に呼んでもらうのは難しいようだった。


「こちらが妻のクララです」


アダムの隣にいた女が前に進み出た。


「ヘルミオ様、お久しぶりでございます。そして、フィーネさん、初めまして。アダムの妻のクララと申します」


「初めまして、クララさん。よろしくお願いします」


柔らかな笑顔を向けられたのに、フィーネはなぜか少しだけ背筋を伸ばした。


「さあ、お疲れでしょう。飲み物を用意しています。お入りください」


クララに案内されて、一行は住居棟の客間に通された。役所側の騒がしさとは対照的に、室内は静かで落ち着いた雰囲気だった。客間には大きな窓があり、中央には二脚の長椅子が向かい合わせに置かれていた。テーブルの上には、すでに茶器の用意がされていた。


ヘルミオとフィーネが長椅子に腰を下ろし、その後ろにフィルが控えたところで、裏手へ馬車を回していたセレナ、リオネル、ラウディスが順に客間に入ってきた。ゴローは最後尾でやって来ると、部屋の中にいるフィーネの姿をちらりと確認し、そのまま廊下に残って客間の入り口に立った。


クララが手際よく飲み物を配り終えると、アダムの隣に座った。アダムは一度、集まった面々を見回してからヘルミオへ向き直った。


「改めまして、ヘルミオ様、フィーネ殿。コウド村へようこそおいでくださいました。お疲れのところ申し訳ありませんが、早速、村の状況についてお話ししてもよろしいでしょうか」


「ええ。そのために来たのですから」


ヘルミオがうなずくと、アダムは表情を引き締めた。


「ご覧になったとおり、碑が発見されてから、村には外から多くの者が押し寄せるようになりました。初めのうちは、ただ見物に来る者がほとんどでした。しかし、碑の近くに鉱脈や財宝が眠っているという噂が広がってからは、勝手に山へ入ろうとする者まで現れるようになったのです」


「門での身分確認を始め、村の見回りも増やしました。村人総出で対応しておりますが、それでも手が回らない状況です」


アダムは小さく息を吐いた。


「そもそも、ここは鉱山で働く者たちの村です。外から大勢の人を迎えるようにはできておりません。宿屋も食事処も、十分な数がないのです。そのような状況ではありますが、皆様には新しく発見された碑を見ていただきたいと思っています」


「王都からも、王立学術院の学者たちが調査団として来ていたのでしょう?」


茶の器を持ち上げながら、ヘルミオが尋ねた。


「ええ。一週間ほど調べていましたが、目立った成果は得られませんでした。明日から祭りが始まり、役所も採掘場も通常の仕事を休みます。調査に協力できる者がいなくなるため、調査団もいったん引き上げることになり、昨日のうちに王都へ戻りました」


アダムは卓の上で両手を組むと、わずかに身を乗り出した。


「私が皆様にお願いしたいのは、学術院の調査団と同じことではありません」


「というと?」


「実は、新しく発見された碑は、オヤリ様がいらしたと伝えられている洞窟の中にありました。長く閉ざされていた扉の奥です。どのような魔法や魔道具を使っても開かなかったその扉が、エルカディア様による命の樹の儀式が行われたあと、開いていることに鉱夫が気づいたのです」


「なるほど。つまり、命の樹の儀式が何らかの影響を与えたのではないかと?」


「はい。そのことを命の樹の便りでエルカディア様へご報告したところ、儀式のあと各地の様子を確かめながら旅をしておられるヘルミオ様に、見ていただくのがよいと助言をいただきました」


ヘルミオは、しばらく何かを考えるように目を伏せたあと、隣に座るフィーネを見た。二度目の野営を終えたばかりだが、疲れた様子は見えない。むしろ碑の話を聞くうちに、フィーネの表情は少しずつ明るくなっていた。魔法で黒く見せていたはずの瞳が、ほんの一瞬だけ金色に戻ったことも、ヘルミオは見逃さなかった。


「フィーネ。少し休んでから、夕方に洞窟へ行ってみるのはどうですか」


「はい。ぜひ、わたしもオヤリ様の碑を見てみたいです」


フィーネは、いつもよりはきはきと答えた。ヘルミオはそんなフィーネを見て安心したような表情を浮かべると、アダムに向き直った。


「では、夕方、洞窟の周辺から人が引き上げる頃に、案内をお願いします」


「承知しました。それまで、お部屋でお休みください。今日は探索者や祭りの見物客で、『旅人の家』は満室なのです。フィーネ殿には本宅の客室を。護衛の方にも、その隣の客室をご用意しております。男性の皆様には、離れをお使いいただきます」


クララは席を立つと、フィーネとセレナに微笑みかけ、廊下の奥を手で示した。


「フィーネさん、セレナさん。お部屋はこちらです。どうぞ、ご案内いたします」


フィーネも立ち上がると、クララについて客間を出た。

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