灯葉茶
まずフィーネは応接間に通された。まだ明るいので灯りはついていないが、暖炉の火が小さく燃えている。
「どうぞ」
サリアが盆にのせた茶をヘルミオとフィーネに出した。フィーネにとってそれは知らない香りのする茶だった。
「これは、なんというお茶ですか」
「灯葉茶といいます。夕方から夜にかけて、よく飲まれているんですよ。昔から、よく眠れる茶だと言われています。フィーネさんはお疲れかと思いまして」
サリアの説明を聞きながら、フィーネは茶器に口をつけた。秋の山へ入ったときのような香りが、鼻孔をくすぐる。
果物の実りを思わせる甘さ。
まだ水を含んだ落ち葉の匂い。
なるほど。確かに、心が落ち着く香りかもしれない。フィーネは茶を飲みながら、部屋の中を見回した。華美ではないが品のいい家具が揃えられている。確か、ヘルミオがこの村の特産は木材だと言っていた。この家具もその木材で作られているのだろうか。
しばらくするとハルドが口を開いた。
「フィーネさん、夕食までにはまだ時間があります。先に、部屋で一度お休みになりませんか。その間にヘルミオ様とも話したいことがありますので」
「ええ、そうですね。そうさせていただきます」
「サリア、ご案内して」
サリアはうなずくと、フィーネに向き直った。
「こちらです。どうぞ」
サリアはそう言うと、盆を抱えたまま歩き出した。
ハルドの家は、エルカディアの屋敷ほどの規模ではないものの、一般的な村の家の三倍くらいの広さはあるようだった。廊下を進むと中庭を挟んで応接室のちょうど反対側のところでサリアは足を止めた。
「さあ、どうぞ」
扉を開けると、エルカディアの屋敷のフィーネの部屋に似た雰囲気の部屋があった。ベッドに小さなテーブルと椅子、窓際には小さな棚や長椅子、そして姿見。フィーネは部屋に入ると、まず、窓から外を眺めた。
「ここは小高い丘の上ですから、眺めがいいでしょう」
サリアがフィーネの隣にやってきた。
「村全体が見渡せるように、村長の家はこの場所に作られたんです。ここから少し下ると、皆が集う広場や水場があります」
そう言われてよく見てみると、確かに、開けた場所が見える。その周りに家々が建っているようだった。暗くなる時間を前に、ぽつぽつと灯りがともり始めた。
「みなさん、中央広場を囲むようにして家を建てているのですね」
「そうですね。この村は昔からこういうふうに続いています。若いころは別の村によく行くこともありましたけど、やっぱりこの村が一番好きですね」
サリアはそう言うと、さっと踵を返した。
「あとで、こちらにもお茶をお持ちしますね。護衛の方は右隣の部屋にいらっしゃいますから」
「ありがとうございます」
サリアが部屋を出て扉が閉まると、部屋は急に静かになった。
フィーネは肩にかけていた鞄をテーブルの上に置いた。鞄の中を見ると、ゴローがちゃんと入っていた。
「やっぱり、ここにいたんだ。急に姿が見えなくなったから、どうしたのかなって思っていたけど」
「まあね、これが僕の本来の姿なんだから仕方ないよ」
ゴローはぬいぐるみの姿で、鞄から顔だけ出していた。フィーネは伸びをしながら、長椅子に座ってもう一度外を眺めた。
「フィーネ、私よ。少しいい」
ノックの音と一緒に、セレナの声が聞こえた。ゴローはさっと鞄の中へ頭を引っ込めた。
「どうぞ」
セレナはそっと扉を開けて、部屋には入らないまま立っていた。
「入らないのですか」
「ええ、私は護衛よ。むやみに、護衛対象の部屋には入らないの。私は右隣の部屋にいるから、なにかあったらすぐに言ってね。これから、家の周りを確認してくるから、ゆっくり休んでて」
言い終わると、セレナは扉を閉めて外へ出て行った。




