泉のほとりで
一行が休憩場所に到着した。ヘルミオは馬車から降りると、ちょうど二台目の馬車を降りたフィルに声をかけた。
「フィル、今何時だ」
「ちょうど昼ですね。十二時ちょっと過ぎたくらいです」
ヘルミオは頷くと、全員に向かって言った。
「ここで昼食をとろう。セレナはフィーネを泉に案内して」
「わかりました。フィーネ、こっちよ」
セレナはフィーネを手招きした。
「はい」
フィーネは返事をすると、ちらりと馬車の荷台に目をやった。ゴローが眠そうにあくびをしている。
少し歩くと、湧き水のある場所に着いた。それほど大きいものではないが、清らかな水が苔むした岩の隙間からこんこんと湧き出ている。
「うわー、きれい」
フィーネは思わずそう言うと、泉に手を浸した。冷たいのに、柔らかい不思議な感触だ。
「ここの水は本当に綺麗よね。旅をする人は必ずここで水を調達するの。不思議なんだけど、汲んでから時間が経ってもなぜか腐りにくくてね。だからほんとに助かってるわ。さあ、まずは手を洗いましょ」
両手ですくうようにして水を流すと、清らかな水が指の間を通って流れていく。水が流れるたびに、疲れが一緒に流れていくようだ。
セレナと二人で馬車を止めた場所まで戻ると、木陰には大きな布が広げられていた。フィルがその上に、次々と昼食を並べていく。リオネルは、馬に水を飲ませるために、泉へ向かった。そういえばラウディスの姿が見えない。
「ラウディスさんはどこにいるんですか」
「隊長は、この泉の周辺を確認しに行ったの。こんなに明るいし、わりとほかの旅人たちもよく集まる場所だけど、警戒はしないとね」
フィーネは、乗ってきた馬車の荷台を覗き込んだ。出発の直前に、カルドがなにか大きな袋を積み込んだところを見たからだ。
――ああ、やっぱり。
カルドが持ってきた大きな袋には、瓶詰の炭酸水がたくさん入っていた。あとで、どこかで冷やして飲もう。うれしくなって荷台の奥を見ると、ゴローがいない。
――あれ、ゴローちゃん?
あたりを見回すと、ゴローは涼しい顔でフィルからパンを受け取っていた。
「フィーネ、用意ができたわ。早くこっちに来て」
セレナが言うと、フィーネだけでなくラウディス以外の面々が集まった。
「ラウディスさんは、ここで食べないんですか」
「ええ、隊長は馬の上で食べるって言って、自分のパンだけ先に持っていってるの。フィーネは気にしなくて大丈夫よ」
セレナは器に茶を注いで、フィーネに手渡しながら言った。
「さて、みんな揃ったな。それじゃ、いただこうか」
ヘルミオの合図で食事が始まった。ゴローは少し離れた木陰で、パンをかじっている。その姿にフィーネは目を丸くした。
――ゴローちゃん、ご飯、食べるんだ……。
吹き出しそうになるのを抑えながら、自分もパンを手に取った。今日の昼食は、エルカディアの屋敷の調理人が用意してくれたものだ。パンに燻製肉とチーズを挟んだものと、干しりんごだ。どれもフィーネが好きなものばかりだった。
「やっぱり、エルカディア様のお屋敷のパンは最高ね。前にいただいた時も、あまりに柔らかくてびっくりしたけど」
セレナがパンを頬張りながらフィーネに話しかけた。
「ええ、わたしも柔らかいパンが好きです。みなさんは普段、旅の途中はどんなものを食べているんですか」
「うーん、だいたい今と同じよ。パンと干し肉とか果物ね。立ち寄った村で買ったり、もらったりすることがほとんどかな。時々、獣を狩ることもあるけど」
「獣というと?」
「だいたい、ウサギが多いわね。そもそも個体数が多いからどこにでもいるって感じなの」
「ウサギ……」
フィーネの手が止まった。
「え、ウサギ食べたことないの?というより、この肉、ウサギだと思うけど。ウサギはね、他の肉と比べて干したり燻製にしたとき、固くなりにくいの。ヘルミオ様、この燻製肉ってウサギですよね」
「ああ」
ヘルミオが茶を飲みながらうなずいた。
「あっ、もしかしたらお屋敷ではウサギは出ないかもね。ウサギは基本的に携帯食として食べられているものだし。さすが、お嬢様だわ」
セレナはフィーネの様子を見て、さもおもしろそうに笑った。
「いえ、そんな……。でも、わたしこの肉はおいしいと思います。ウサギって聞いてちょっと驚きましたけど」
フィーネはセレナに首を振ると、自分もパンを大きめの一口で頬張った。
ゴローはそんな二人の様子を、少し離れた木陰から眺めていた。
気づくと、もうヘルミオやフィルは食事を終えて、今日の午後の行程を再確認しているようだった。
「ああ、おいしかった。これで、元気に午後も歩けそうだわ。ねえ、さっきの泉に水を汲みに行きましょう。水筒を持ってきてるでしょ」
セレナは立ち上がると、手にした水筒をフィーネに振って見せた。
「はい。今、持ってきますね」
フィーネも立ち上がると、馬車の荷台に載せてあった鞄から、調理人の妻にもらった水筒を取り出した。二人でもう一度泉に行って水筒に水を入れて戻ってみると、もうすっかり大きな布は片付けられていて、出発の準備が整っていた。
「さあ、フィーネ、出発しますよ」
ヘルミオが御者席から声をかけた。
「はい」
フィーネは再び、ヘルミオの隣に座った。ヘルミオが馬に鞭をあてる。フィーネは荷台を振り返ってみた。また、ゴローがいない。
「あれ」
後ろを見ていることに気が付いたヘルミオが小声で耳打ちした。
「ゴローは、少し休むと言ってました。たぶん、あの中です」
ヘルミオが荷台に置いてあるフィーネの鞄の方をみた。
「そう……ですか」
――ゴローちゃん、わたしに言ってくれればいいのに……。
「あなたがセレナと楽しそうに話しているのを見て、彼なりに気を遣ったんだと思いますよ」
ヘルミオはそう言うと、前に向き直ってもう一度馬に鞭をあてた。
太陽は高い場所から、森の木々を鮮やかに照らしている。穏やかな風がフィーネの金色の髪をなでていった。




