旅の準備
二週間後に旅に出発することが決まってから、にわかに文の周辺が騒がしくなった。文が旅に出ることを知って、大勢のエルフたちがそれぞれ文のために何か贈り物をしたいと考えたからだ。
エルカディアはヘルミオに、王都で扱っている鞄を注文した。マルエナはエルカディアの屋敷に野菜を届け、その野菜は、調理人によって保存食へと姿を変えた。
文に刃物の砥ぎ方を教えた男は、扱いやすい小さめのナイフを手に入れ、念入りに砥いだ。それらが次々とエルカディアの屋敷に届けられ、文の部屋に集まってきていた。
もちろん、文自身も準備を進めていた。
外を歩くための服を、エルカディアの屋敷にいる専属のお針子に仕立ててもらうことにした。調理人に、落ち着きたいとき飲むお茶の茶葉を分けてもらおうと、台所へ行くと、すでに用意されていて、リュエルがちょっと笑いながらそれを手渡してくれた。
そうしている間にも、旅の工程はエルカディアとヘルミオによって決められていく。
期間はおよそ一か月。まずはエルカディアの森の周辺に点在する村から回る。文の存在をある程度理解しているそれぞれの村の長たちのもとに宿泊する予定なので安全も保証されていた。
部屋に一人でいると、もう少し何か自分ですべきなのではないかと考えてしまうくらい、着々と旅の準備は進められている。
――こんな感じでいいのだろうか
なんだかすっかり誰かに頼りきってしまっている自分がひどく無力なような気がして、旅に向けてワクワクしているはずなのに、同時に落ち込んでもいた。
「ちょっと外の空気吸ってきたら」
振り向くと、ゴローが文の外出用の小さな鞄を手にしていた。
「うん。そうだね」
文はゆっくり立ち上がると、鞄の中にそっとゴローを入れて布をかけた。
「カルドさんのところに行こうかな」
水守のカルドの小屋には定期的に通っていて、一緒にお茶を飲むのを楽しみにしている。寡黙で仕事熱心なカルドは、文が何も話さなくても特に気にする様子もなく、ただ、水の様子を見守っている。そんなカルドの態度が文には心地よかった。
文はいつも通り、調理人にカルドへの差し入れを相談し、籠の中に詰めた。ちょうど廊下ですれ違ったエルカディアに挨拶した。すると、文に少し待つよう声をかけ、エルカディアは一旦私室へ行き、果実酒の瓶を手に戻ってきた。
「こちらをカルドに」
「わかりました」
文は丁寧に瓶を籠にしまうと、屋敷を出た。
以前は遠くに感じていた小屋も、最近は慣れたせいか近いとさえ感じるようになっている。
「こんにちは。カルドさん」
文は小屋の前でちょうど刃物を研いでいたカルドに声をかけた。
「文様、いらっしゃいましたか」
文は近くにあった丸太を移動させると、カルドの隣に座った。
カルドはしばらく黙ったまま作業を続けていたが、一息つくと文に向き直った。
「差し入れです。果実酒はエルカディアさんからです」
「ありがとうございます」
文は持ってきた籠の中身をカルドに手渡した。保存のきく固めにやいたパンと、果実酒の瓶。カルドは受け取ると、小屋に入り、すぐに出てきた。その手には小さな袋があった。
「これを」
「なんですか」
「文様は、旅に出られるそうですね」
「ああ、もうカルドさんもご存じでしたか」
「マルエナが教えてくれました」
「そうでしたか」
文が手を出すと、カルドがそっとその上に袋を置いた。
袋には文が思っていたより重みがある。開けてみると、小石が五個ほど入っていた。
「これは、どういうものですか」
「水を浄化する石です。この皮袋に水を入れれば、どんな水でも飲めるようになるのです」
「ありがとうございます」
文は袋の中の小石を一つ手にとってみた。不思議な冷たさのあるその石は、小屋のすぐ近くを流れる水路の中にある石と変わらないように見えた。
「何を悩んでおられるのです」
カルドは文の方を見ずに、前を見たまま言った。
「カルドさんはするどいですね」
「水が少し違うのです。あなたが来るといつも流れは静かになるのに、今日は流れが強いようなので」
文は驚いて、水路の方へ目をやった。
「今、旅の支度をしているんです。でも、わたしはたいしたことはできていなくて。ほとんどエルカディアさんや、ヘルミオさん、屋敷のみなさんの手で進めていただいているんです」
「一緒に行くわたしが、こんなに何もしなくていいのかと考えてしまって」
カルドは手近にある枝を手に取ると、ナイフで皮を剥ぎ始めた。
「それでいいではないですか。あなたはこの国や世界を知らない。今はそれでいいのです」
「誰かに頼ることを怖がってはいけません」
文は思わず目を見開いた。
「旅は一人でするものではありません。たとえ一人旅だとしても、誰とも関わらずに旅を続けることはできないでしょう。できる者が支え、支えられた者が、今度は誰かを支えればよいのです」
カルドは手を止めると、文に優しい視線を向けた。
「今は、支えていただけばよいのです。いつか、あなたが誰かを支えるのですから」
優しい口調ながらも、カルドの指摘は的確だった。
確かにそうなのかもしれない。まだ、なにも知らない自分が、なにかできるはずとじたばたするのは少し違う気がしてきた。
「そう……ですね」
文はなんとなく自分が悩んでいたことに恥ずかしさを覚えた。
「ありがとうございます」
カルドは満足そうにうなずくと、立ち上がった。
「お茶を用意してあります、どうぞ、こちらへ。ああ、炭酸水もありますよ」
「はい」
カルドに続いて文も立ち上がると、小屋へ入った。そのままカルドとしばらく話をして、水の様子を確認し帰路についた。エルカディアの屋敷に着いた頃には夕焼けが美しく村を染め上げていた。




