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旅の理由は、あとで 〜百年かけて生まれたエルフ〜  作者: こなれたタオル
第1章 始まりの森

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ともに行く者

  次の日。文は食事部屋でエルカディアに会うと、すぐに午後の面会の約束をとりつけた。エルカディアは文の様子に少し驚いたようだったが、文の気持ちを察してくれた。


「わかりました」


エルカディアは短く答えると、手にした茶碗をくるりと揺らしてから、飲み干した。


文は午前中、いつもの畑に行って畝の様子を観察し、帰り際にマルエナから野菜を分けてもらった。


 午後。エルカディアとは昼食後に私室で会うことになっている。文は部屋を出ようとした瞬間、机の上の存在が消えていることに気づいた。


「え。ゴローちゃん?どこにいるの?」


声をかけてみたが、どこからも声はしない。ゴローと話ができるとわかってから、その存在を見失うことは一度もなかった。ただ、今のゴローはただのぬいぐるみではない。未だにどうして話せるのか、そもそもどういうものなのかよくわからないし、ゴローもそれを説明しようとはしない。


たぶん、まだ知らなくていい、ということなのだろう。文は少し不安を覚えつつ、部屋を出た。


 エルカディアの私室の前まで来ると、部屋の中からヘルミオの声が聞こえてきた。エルカディアはすでに文の決意を察して、この面談にヘルミオを同席させることにしていたようだ。文は息を整えると、慎重にノックした。


「どうぞ」


エルカディアの声が聞こえる。扉を開けると、そこにはヘルミオのほかに、冒険者のような装いの男女と、どこか騎士を思わせる年配の男性が一人。

それから彼らとは違う存在感を持つ黒髪の若い男性の姿もあった。不思議なことに、彼のことを誰も気に留めていないようだった。


文がエルカディアの隣に座ると、まずはヘルミオが口を開いた。


「文様、今日もこうしてお会いできてうれしく思います」


「こちらこそ。ありがとうございます。昨日の話のことで、一晩考えてみました」


「はい」


部屋にいる全員が文の次の言葉を待った。


「みなさんと一緒に村を回ってみたいと思います」


エルカディアはゆっくりとうなずいた。


「お決めになったのですね」


「はい。ここでの暮らしは落ち着いていて、本当に楽しいです。でも、外の世界にも触れたい、触れなければいけないと思いました」


「素晴らしいご決断です。我々も、文様と一緒に旅ができることは大きな喜びです」


ヘルミオはエルカディアと目を合わせ、それから文に一礼した。


「細かいことはもう少しお時間をいただいて決めますが、我々は二週間後に出発をしたいと考えております」


「二週間後ですか」


「はい。その際には、今こちらに控えております、護衛もともに参ります。さあ、文様にご挨拶を」


ヘルミオがそう促すと、護衛の中で一番の年長者と思しき男性が、前に進み出た。


「お初にお目にかかります。ヘルミオ商会の商隊で護衛をしております、ラウディスと申します」


「初めまして。文といいます。よろしくお願いします」


ラウディスの隣に控えているもう一人の男性が前に進み出た。


「フィルと申します」


最後に唯一の女性が前に進み出た。


「セレナと申します」


文はそれぞれに挨拶すると、部屋の奥にいる若い男性を見た。だが、その男性は少しも動く様子はないし、やはり誰も気にしていない。


テーブルの上には地図が広げられた。


「ああ、それから各村の村長に、あらかじめ私から命の樹を通じて便りを送っておきます」


エルカディアは地図に目を落としたまま、静かに続けた。


「命の樹を通じて、ですか?」


「ええ。この国の各村や町、そして王都には命の樹から分けられた若木があります。その木を通じて我々は連絡を取り合うことができます。あまり多くの情報をやりとりすることはできませんが」


「ああ、そういえば以前読んだ本に書いてあった気がします」


「ええ、そうですね。あなたのことも、各村の村長に周知しておきますので、ご安心ください」


「本では読みましたけど、そんなことができるのですね……。わかりました。ありがとうございます」


ヘルミオは文たちの話が終わったことを確認すると、話を始めた。


「今回の旅は、だいたいこのような計画で……」


エルカディアとヘルミオが旅程について、いろいろな話題を交えつつ文に話した。しばらくすると、ヘルミオと護衛の者たちは一旦部屋を退出した。


「それでは、エルカディア様、文様、失礼いたします」


 一行が退出すると、部屋は急に静かになった。


「お疲れになってはいませんか」


エルカディアが文に声をかけた。


「はい、少し。でも、問題ありません」


「それはよかった。急に大勢で文様を取り囲むようなことになってしまいましたから、心配しました」


「いえ、みなさんからなんというのでしょう、悪い『なにか』みたいなものは感じられなかったので……」


「なるほど。安心しました」


エルカディアはほほ笑むと、部屋の奥にいる男性に目配せした。

すると、その男性はさきほどまでヘルミオが座っていた場所に腰を下ろした。


「あの、先ほどからいらっしいますけど、どなたなのでしょうか」


文はエルカディアに小声で聞いた。


「僕だよ。あるじ」


文はその呼び方に目を見開いた。


「え……。ゴローちゃんなの?」


「そうだよ」


文はあんぐりと口をあけたまま、その男性の姿に目が釘付けになった。


「僕はね、人の形にもなれるんだ」


エルカディアが補足するように続けた。


「今までも、何度かこの姿で文様の手助けをしていましたよ」


「……」


文はなかなか言葉を発することができない。


「僕は、精霊なんだよ。いろいろな形をとることができるんだ」


あまりのことに、頭が追い付かない。

しばらくの沈黙のあと、絞り出すように声を出した。


「そう……なんだ」


「まあ、驚くのも無理はないよね。ぬいぐるみが話すだけでも信じられないし」


ゴローはそういうと、楽しそうに笑った。


「僕も一緒に旅に行くよ。あるじの護衛をずっとしてきたんだもの」


文は少し落ち着くと、ゴローをまじまじと見た。黒髪でなかなかの美青年だ。なんとなく見覚えがあるような気もする。暗がりでその瞳を見たイメージが浮かんだ。


エルカディアは、なにか手元でメモするように書いたあと、顔を上げた。


「文様、私はもう一度、ヘルミオと話さなければいけません」


「わかりました。わたしは部屋に戻ります。ゴローちゃんはどうするの?」


「僕も戻るよ。あるじがここを出た後に」


文はエルカディアに礼を言うと、一人で部屋を出た。扉を閉める瞬間、腕を組んで座るゴローがニヤっと笑う顔が見えた。

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