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旅の理由は、あとで 〜百年かけて生まれたエルフ〜  作者: こなれたタオル
第1章 始まりの森

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還る場所、帰る場所

 ヘルミオに会った日の夜。文はベッドに入っても、なかなか眠れずにいた。


「ねえ、ゴローちゃん。今日ね、ヘルミオさんっていう人に会ったんだ。もし私が外に出るなら、一緒に行ってくれる予定の人なんだけどね」


ゴローは机からぴょんと飛び降り、ベッドの上に来ると、文の頭のそばに腰を下ろした。


「うん」


「なんとなくなんだけど、想像できたんだ。ヘルミオさんと一緒に旅をすることが」


「ふうん」


「わたし、迷っているって思ってるだけで、もう決めているのかもしれない。ただ、ちょっと不安なだけで」


「あるじは慎重だよ。でも、一度決めたら早いんだよね、あきれちゃうくらい」


「え、そうなの?」


「そうだよ。ここに来てからは、少し足が止まってただけ」


ゴローは小さく笑った。


その通りなのかもしれない。目覚めてから、ずっと立ち止まっていた。この世界のことも自分のこともよくわからないまま、ただ与えられたものを受け取ってきただけ。


「それはそうだよ。何も覚えてないし、姿も変わってるし……ぬいぐるみは動くし」


文もわずかに笑って、ゴローを抱き寄せた。


「大丈夫だよ。あるじは進める。ずっと見てきた僕が言うんだから」


その言葉に、文はすぐには答えなかった。

腕の中の重みを確かめるように、そっと抱きしめる。


「あるじ?」


「……うん。ありがとう」


小さく息を吐いて、文は言った。


「わたし、決めたよ」


体を起こし、ゴローを右腕に抱いたまま、窓辺へ歩く。


夜の森は深く、音も少ない。


その奥で――命の樹が、淡く光っていた。


エルフの命の根源であり、還る場所。 

文にとって、今の自分を支える大きなよりどころだ。


冬の一月に目覚めてから、いろいろなことがあった。エルカディアと出会い、自分がエルフになったことを知った。畑仕事をしたり、薪を割ったり、お菓子を作ったり。


思い返せば、そのどの場面にも、村のみんなの笑顔や声があった。優しく見守ってくれた人たち。心配そうに声を掛けてくれた人たち。その温かな時間が、今も心の中にはっきりと残っている。


初めは知らない場所だったのに、今では、この村は一番落ち着くところであり、「帰る」場所なのだと思えるようになっていた。


だからこそ、村の外へ出て、まだ見たことのない景色を見て、いろいろな人に出会ってみたい。そんな機会があるのなら、一歩踏み出してみてもいいのではないか。そう思えた。


文は命の樹が放つ光を見つめたあと、目を閉じた。

心のどこかに残っていた迷いは、もう形を持っていなかった。

代わりに残っていたのは、外に出てみたいという気持ちだけだ。


外に出たらなにがあるのかはわからない。見たくないもの、知りたくないものにも出会ってしまうかもしれない。それでも、歩かなければ見えないものがある気がした。


焦らず、自分の目で見て、自分で考え、自分で選ぶこと。


エルカディアが教えてくれたことを忘れずにいられれば、きっと旅は素晴らしいものになるに違いない。


「行こう」


誰に向けたわけでもない、小さな声。

しかしその声は、力にあふれたものだった。


明日になっても、きっとここから見える景色は変わらないだろう。だが、文の中で確かになにかが変わっていた。



ゴローはそんな文を見上げると、安心したように小さくあくびをした。

文は思わず笑みをこぼし、そっとゴローの頭をなでる。


ベッドへ戻ると、不思議なほど心は静かだった。

先ほどまで眠れなかったことが嘘のように、文は穏やかな眠りへと落ちていった。

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