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旅の理由は、あとで 〜百年かけて生まれたエルフ〜  作者: こなれたタオル
第1章 始まりの森

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命の樹との契約

 文がエルカディアの私室のドアをノックしたのは、それから少ししてだった。


「失礼します」


エルカディアは文に座るよう促す。


「体調はいかがですか」


「もう大丈夫です。ご心配をおかけしてすみません」


「よいのです。私が、あの場に文様をお誘いしたのですから」


文はうなずくとためらいがちに問いかけた。


「あの儀式はどういうものなのでしょうか?」


エルカディアは少し考えて答えた。


「とても古い儀式です。命の樹と私たちエルフの契約、と言えばいいでしょうか」


「契約……?」


「ええ。私たちエルフは命の樹から生まれ、命の樹に還ります。どんなエルフであろうとも。その流れを決して止めてはいけない。しかし、その流れには時々『よどみ』のようなものが生まれます」


エルカディアは一度大きく息をしてから続けた。


「その『よどみ』は土地だけでなく、我々の心にも影響を及ぼします。

喜怒哀楽は生活にとって不可欠なものでしょう。ですが、時にそのような感情は過多になる傾向があります」


「するとそこに、妬みや嫉み、猜疑心などが生まれ、やがてそれは戦いを引き起こしてしまうこともあるのです」


「争いは突然生まれるものではありません。小さな不満や妬みが積み重なり、やがて誰にも止められない争いへと変わっていきます」


「ですから、その『よどみ』を浄化するために、我々は祈りと祝詞を命の樹に捧げるのです」


文はエルカディアの話を聞いて、午前中に見た、あの命の樹の輝きを思い出した。


「長年失われていた、祝詞の一部を文様に読んでいただいたおかげで、今年は数百年ぶりに完全な祝詞をあげることができました」


「私は、なぜエルカディアさんも読めない字が読めてしまうのでしょうか」


昨日、書庫に行った時から少し違和感はあった。

全く知らない、意味さえわからない言葉と文字。

だが、読めるという感覚。


「そうですねえ。私にもそれはわかりません。しかし、しいて言うならばネイア様のご加護、でしょうか」


「あなたは、本を読むのがお好きなようですね。私がお渡しした建国史もよく読んでおられる。若い人にとってあの本は、内容が難しいというより退屈なものなのでしょう。現に、孫のシオンも未だにあの本を読むのは大変そうです」


「一方で、あなたはとても楽しそうに読んでおられる。これは私の想像でしかありませんが、前にいらした世界で、言語に興味をお持ちだったのかもしれませんね」


エルカディアは、テーブルに置いてある茶の器を手に取ると静かに口に運んだ。


「よく覚えていませんが、そうなのかもしれません。本を読んだり、なにかを書いたりするとき、とても楽しい気分になるのは確かです。もしかしたら、人間だったときの記憶の一つなのかもしれません……」


文はなんとなくしんみりした気分になった。だが、それを振り払うように顔を上げた。


「ともかくお役に立ててよかったです」


「まだ、昼食をとっていらっしゃらないでしょう。食事の用意がしてありますので、食事部屋にいるリュエルに声をかけてください」


「はい。ありがとうございます」


文はそう言うと、立ち上がった。エルカディアに一礼すると部屋を出た。


——エルフと命の樹との契約。


目覚めて以来、自分がこの世界にやってきた理由をずっと考えていた。もちろん、それは祖母であるネイアが関係している。だが、人間ではなくエルフとして生まれた意味を、ほんの少しだけ知ることができたのかもしれない。


文の中で何かが一つ、開いた。

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