触れた光
次の日。文はエルカディアについて、儀式の場に向かった。
少し緊張しながらエルカディアの後ろについて歩いて行くと、到着したのは命の樹のふもとだった。
「文様、こちらへ」
エルカディアが指すほうを見ると、命の樹の下に祭壇のようなものが設けられている。そこには初めて会うエルフの青年と、書庫で出会ったミオがいた。青年は恥ずかしそうに会釈をし、ミオは子供らしく元気に手を振ってきた。
文は二人に向かって小さく会釈すると、祭壇から一番離れた場所に立った。
この儀式に参加しているのは、文を含めて全部で四人だけだ。
一体どんな儀式なのだろう。昨日エルカディアが少し教えてくれたが、詳細は語られないままだ。
ただ、命の樹とエルフに関係する重要な儀式であることは理解できた。
エルカディアは祭壇の前に立つと、なにか言葉を唱え始める。最初はよくわからなかったが、どうやら昨日文が読んだあの本の中の言葉のようだ。
「……樹の前にて、流れを整え」
「……巡りを保ち」
「澄みたるままに、清きものを巡らせよ」
エルカディアが唱え終わると、辺りが静寂に包まれた。
いつも森の木々を揺らしている風が止み、鳥たちの鳴き声も聞こえない。命の樹はゆっくりと根の方から淡く光を帯びていき、やがて枝へ、葉へと輝きは広がっていく。
そして眩しい光が命の樹から空へ駆け上がった。
それと同時に、文は胸の中になにか温かいものが流れ込んでくるのを感じた。ひどく懐かしいような、だが怖いような感情が文の中を駆け巡った。
そして次の瞬間、文はめまいのようなものに襲われた。
青年がさっと手を差し伸べてくれたおかげで、文はどうにか倒れずにいられた。
「すみません。ありがとうございます」
文は青年に向かってそう言うと、一人で立とうとした。
「文様、シオンが支えますので、どうぞそのままで」
エルカディアが振り返って言った。
「儀式は終わりました。さあ、屋敷に戻りましょう」
「はい」
文はうなずくとそのままシオンに体を預けながら、屋敷に戻った。
屋敷に戻ると、文は自室に戻って一度横になることにした。あの命の樹の輝きを目にしてからどうにもめまいが収まらない。
「あるじ、大丈夫なの?」
ゴローが帰ってくるなりバタリとベッドに倒れた文に声をかける。
「うん……なんだろう。命の樹を見た瞬間、体の中になにかが流れ込んできたような感じがして……」
「へえ。さすが命の樹だね」
「え?ゴローちゃん、あの儀式のことなにか知ってるの?」
「知ってるよ。これでも一応この国に百年いるしね。
でも、長老が詳しく言ってないなら、僕も教えられないよ」
「そうか。そうだよね……」
ゴローは文にわからないよう回復魔法をかける。
「このめまい、どのくらいで治る……」
いい終わらないうちに文の寝息が聞こえ始めた。ゴローはいつもの机からちょんとベッドにおりると、その寝顔を見た。
「まったく……やりすぎなんだよ」
呆れたようにゴローは言うと、文に毛布をかけた。
昼すぎにようやく文は目を覚ました。
エルカディアのところに行ってみようか考えていると、ドアがノックされた。
「文様、お目覚めでしょうか。お茶をお持ちしました」
調理人の孫のリュエルだった。
「ありがとう。いただきます」
リュエルは恐る恐る文の部屋に入ると、テーブルに茶の器を置いた。そういえばリュエルが部屋に入るのは初めてかもしれない。ふと部屋を見回したリュエルは、不思議そうに暖炉へ目を向けた。
「あの、文様。このお部屋の暖炉は使われていないみたいですけど、どうやってこんなに温かくしてらっしゃるのですか」
「あれ、確かにそうですね。どうなっているんだろう」
そういえば、文はこの部屋で窓から入る風を冷たいと感じることはあっても、部屋の中の温度が高い低いを感じたことはないかもしれない。常に、一定に保たれているようなそんな感じだ。
――まさか。
文はベッドから降りて椅子に座ると、机の方を振り返った。ゴローはぬいぐるみの顔で座っている。
――あとで聞いてみないとね。
「お茶を飲み終えたら、エルカディア様のお部屋へいらしてください」
「わかりました」
リュエルはそういうとまだ不思議そうな顔をしながら、一礼して部屋を出ていった。




