書庫での探し物
ある朝。文は目覚めても、しばらく天井を見ていた。
頭の奥に、眠りすぎた朝特有の重さが残っている。
起き上がって窓を開けると、冷たい空気が入り意識が少しずつ澄んでいった。
身支度を整え、食事部屋へ向かう。
席に着くと、温かな茶が用意されていた。向かいにはエルカディアがすでに座っている。
「少し遅い朝ですね」
「……はい」
「体はいかがですか」
「大丈夫です」
静かな時間が流れる。やがて、エルカディアが口を開いた。
「今日は、書庫へ行ってもらえますか」
「書庫、ですか」
「ええ。探してほしい書があります。奥の棚に、今ではもう読まれなくなった言葉で書かれた書がありまして。あなたなら、それがどの書なのかわかるはずなのです」
「あまり自信はありませんが、お役に立てるなら行ってきます」
「大丈夫ですよ。あなたは必ず探し当てることができます」
エルカディアは優しく微笑んだ。
文は食事を終えると、エルカディアから渡された鍵を持って書庫へ向かった。
書庫はエルカディアの屋敷の隣にある。まるで蔵のような建物だ。
書庫の扉を開けると、紙と木の匂いが満ちていた。
差し込む光の中で、静かな棚が並んでいる。文は奥へ進んだ。
似た背表紙の中に、ひとつだけ違うものがあった。なにがどう違うのかを自分では説明できない。ただそれが特別であることだけはわかった。
文は迷いなく、手を伸ばしてその本に触れた。
その瞬間、かすかな光が本の表面を走った。拒まれているような感覚はない。文はそれを書棚から抜き取り、表紙をまじまじと眺めた。
紫色の表紙に、金色の文字が刻まれていた。
「始まりの記」
文は本を開いて、最初の数行に目を通した。古い言葉なのだろうか。いつもエルカディアから渡されて読んでいる本とは書体が違う。だが文には読めた。
儀。整え。流れ。樹。
意味はよくわからないが、たぶんこの本で合っているだろう。
文は本を閉じた。
そのとき。
「ねえ」
小さな声がした。
振り向くと、小さな少女が立っていた。淡い金髪に大きな瞳。
まっすぐに文を見ている。
「あなた、だあれ?」
文は穏やかに答えた。
「……文、といいます」
「あや?」
「はい」
少女はじっと文を見つめた。何かを確かめるような目だった。
遠くから声が響く。
「――ミオ様」
足音が近づく。
「ミオ様、どちらに――」
「ここだよ」
迎えの者が現れ、少女ミオの手を取った。ミオはもう一度、文を見る。
「……あや」
小さく呼び、外へ向かった。書庫に再び静けさが戻る。
「誰だったんだろう……」
文は首を傾げながら、ミオが出て行った扉の方を見た。
文は本を抱え、食堂へ戻った。エルカディアは茶を飲みながら、席に座ったまま待っていた。
「……ありました」
本を差し出す。エルカディアの指が表紙の上でわずかに止まった。
「読めましたか」
「はい。ほかの本とは、違う感じがしました。言葉で説明するのは、難しいのですが」
エルカディアは目を伏せる。短い沈黙のあと、本を静かに閉じた。
「……そうですか」
そして顔を上げる。
「少し、相談したいことがあります。今夜、夕食のあとに時間をもらえますか」
「はい」
文は食事部屋を出るエルカディアの背中を見送った後、自室に戻った。
何かが静かに動き始めていた。




