報告
屋敷に戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。外套の裾についた土を落とし、文は静かに廊下を進む。エルカディアは、書見机の前にいた。椅子に腰かけ、羊皮紙に目を落としている。
「戻りました」
文の声に、エルカディアは顔を上げた。
「無事に行ってこられたようですね」
「はい」
「炭の出来は、安定しているそうです。
火の回りもよく、煙の抜けも問題ないとのことです」
「そうですか」
エルカディアは、静かにうなずく。
「……炭焼きという仕事は、とても奥が深いものですね」
エルカディアの指が、机の上で止まる。
「そうですね」
「火を入れるだけではなく、煙を見たり、匂いを感じたり。様々なことに気を配らなければ成り立たない仕事です」
エルカディアは静かにうなずいた。
「ええ。炭焼きは火を見る仕事ではありません。火を読む仕事なのです」
「半日見ていただけでも、それが分かった気がします」
「そうですか。大きな収穫ですね」
少し間があってから、エルカディアが視線を上げた。
「……ゴローと行ったのですね」
文は、一瞬だけ驚いた顔をした。
「はい。さすがに一人で行くのは心細くて」
「そうですね。まあ、彼もそのつもりだったと思いますよ」
「そうだったのでしょうか……」
「ええ。彼の優先順位はいつでもあなたですからね」
文は少し考えた。
「……なんとなく、そんな気はします。エルカディアさんは、ゴローのことをよくご存知なのでしょうか」
「ええ、彼とはずいぶん長い付き合いになりますから」
「あの……その間、どんな話をされていたのですか」
「いろいろと教えてくれましたよ。あなたの性格や、好きな食べ物や好きな色。そうそう、酸味のあるものがお好きで、熱いものは驚くほど苦手だそうですね。なんと言ったかな……ああ、『猫舌』だそうで。私にはどういう意味なのかよく分かりませんが」
不意に出てきた「猫舌」という言葉に、文は思わず苦笑いした。
「……そんなことまで話していたんですね」
「彼にとっては、大切なことだったのでしょう」
文は照れくさそうに目を伏せた。
「……なんだか、恥ずかしいですね」
エルカディアは文を穏やかな眼差しで見つめた。
「今日はいかがでしたか。お疲れではありませんか」
「体は大丈夫です。ただ、戻ってから、音が多く感じます」
「では、今日は早めに休んでください」
「はい」
文は答えると、部屋を出た。
夜。明かりを落とし、文はベッドに入った。机の隅に座っているぬいぐるみに声をかけた。
「ねえ、ゴローちゃん」
「今日はどうだった?こっちに来て、初めて一緒に出掛けられたじゃない」
「あ、そうだ。エルカディアさんにわたしのこと、どういうふうに教えてたの」
ゴローは黙ったまま動こうとしない。
「ねえ、ちょっと……」
続きを言おうとした、その瞬間、急に強い眠気が押し寄せてきた。瞼が、思ったよりも早く落ちる。
――あ。
そこまでで、意識は途切れた。胸の奥を包む、やわらかな感触だけが残った。
翌朝、文はいつもより少し遅く目を覚ました。頭の奥に、眠りすぎた朝特有の重さが残っている。ゴローはすました顔で、机の上に座っていた。
「ありがとう」
文は小さく呟くと、両手を上げて伸びをした。




