炭焼き小屋にて
小屋から少し距離を取り、文は石に腰を下ろしていた。
しばらくして、炭焼き職人がふと顔を上げた。
「文様……」
文は立ち上がり、静かに一礼した。
「こんにちは。エルカディアさんから頼まれてきました」
籠を差し出す。
「差し入れです」
「ありがとうございます。
そこの台に置いておいていただけますか」
炭焼き職人は一瞬だけ文の方に目を向け、手で示した。
文はうなずき、示された場所へ向かう。
簡素な椅子と低い台があり、飲み物や軽い食べ物が置かれていた。
台の端には、空の籠も置かれている。
文は差し入れの籠から中身だけを移し、元の籠は足元に戻した。
少し離れたところに立ち、火の様子を眺める。
「……今年の火は、悪くないです」
炭焼き職人が、火から目を離さないまま言った。
「エルカディアさんが、順調かと気にしておられました」
「仕込みはうまくいっています。あとは、このまま持たせるだけです」
「わかりました。そう伝えます」
文は一歩下がり、再び石に腰を下ろした。
火の音だけが、一定の調子で続いている。
足元の籠の中で、小さく布が動く。
文は布の上から、そっと指先を置いた。
しばらく、そのままの時間が流れた。
「ここでもう少し、作業を見せていただけますか」
文は炭焼き職人の背中に問いかけた。
「どうぞ、ご自由に。今日はおひとりですか」
「はい。そうです」
「山は静かでしょう。道は荒れていませんでしたか」
「ええ、特に問題はありませんでした」
炭焼き職人は、再び火に向き直った。
「今年は、木がよかったのです。湿りも少ないですし」
「そうですか」
「このままいけば、不足は出ないでしょう」
「はい、きっとエルカディアさんも安心すると思います」
炭焼き職人はそれきり言葉を切り、完全に作業へ戻った。
釜の様子を確かめ、道具を動かし、また、煙を見る。
その繰り返しだ。
何かを考えようとしているわけではない。
ただ、釜を見ている。
煙の立ち上り方。
熱で揺れる空気。
木が中で変わっていく気配。
それらを、追いかけるでもなく、意味づけるでもなく、ただ見守っている。
呼吸が煙の動きと、同じ速さになっていた。
どれほど時間が過ぎたのだろうか。気づけば、木漏れ日の位置が動いていた。いつの間にか、炭焼き職人も先ほどまでとは違う手順で動いている。煙の匂いは、もう尖っていない。
文は、釜から視線を外した。
それから、ゆっくりと立ち上がる。
「そろそろ、帰ります」
作業を続ける炭焼き職人に向けて、そう告げた。
「お気をつけて」
文は一礼し、来た道を戻りはじめた。
背後で、炭焼き職人が道具を取り上げ、また、釜の前に立つ気配がした。
来た道を戻るうちに、文は、自分の足取りが軽くなっていることに気づいた。
疲れが抜けた、というより、余分なものが落ちたような感覚だった。
山の空気は変わらず冷たく、落ち葉を踏む音だけが、一定の調子で続いている。
やがて、行きにも通った、少し開けた場所に出た。文はそこで足を止め、腰の革袋から小さな容器を取り出す。栓を外すと、湯気とともに、茶の香りが立った。
一口、口に含む。
「……おいしい」
独り言のように言ってから、足元の籠に視線を落とす。
「ねえ、ゴローちゃん。なんだか、すっきりしたね」
返事はない。その代わり、布の内側で小さく気配が動いた。容器を戻すともう一度、来た道の先を見た。
村は、まだ見えない。だが、迷う気はしなかった。
文は外套を整え、再び歩き出した。




