いつもより軽い朝
翌朝、目を覚ました文は、しばらく天井を見つめてから体を起こした。
いつもならなんとなく伸びをして、傍らに用意された服に手を伸ばす。
――あ。
そこで、昨夜のことを思い出した。
机の端。
小さなぬいぐるみ。
文は、ゆっくりと視線を向けた。
「……おはよう」
返事は、少し間を置いてからだった。
「おはよう、あるじ」
ゴローがいる。そして、話している。夢ではない。本当にそこにいる。文の胸の中にまた喜びがあふれた。ふと文は、動きを止めた。
「……ちょっと待って」
一歩、近づく。
「今さらだけどさ」
「なに」
「それ、わたしのことだよね?」
「なんのこと」
「その、『あるじ』っていうの」
「他に誰がいるのさ」
文は、思わず笑った。
「うーん、まさか、わたしがゴローちゃんにそう呼ばれるとは思ってなくて。
名前で呼んでるのかなあ、って思ってたんだよね」
ぬいぐるみは、少し不満げに足を動かす。
「なんか、こう、名前っていうのはちょっと……」
「え、なに?」
「別にいいでしょ、なんて呼んだって。
長老が、『あるじ』って呼べばいいって、言ってくれたんだ。理由は僕もよくわからないよ。長老に聞いて。」
「え、そうなの?でもさ……」
文がそう言いかけたところで、誰かが廊下を歩く音がした。
そろそろ朝食の時間だ。
「じゃあさ、朝ごはん食べてくるから。待っててね。」
文はぬいぐるみの頭をなでると、部屋を出た。
食事部屋には、朝の匂いが満ちていた。
焼き立てのパンと、温かいスープ。いつもと同じはずの光景なのに、今日はほんの少し輪郭がはっきりして見える。文は席に着き、深く息を吸った。
――いいね。
今までで一番落ち着いているかもしれない。
「よく眠れましたか」
向かいに座ったエルカディアが、穏やかに言う。
「はい」
短く答えて、文はスープに口をつけた。
以前も飲んだことのあるものなのに、今日は一段とおいしい。
エルカディアはそんな文の様子を見て微笑んだ。
「……そうですか」
食器の触れ合う音だけが、間を埋めている。
「彼には会えましたか?」
文はもう一口スープを飲もうとしていたが、驚いて手を止めた。
「あの、エルカディアさんが少し前におっしゃっていた『会ってもらいたい者』ってゴローのことだったのでしょうか」
「ええ、そうです。彼はあなたが目覚めるのをずっと待っていました。きっと、彼も安心したことでしょう」
少し懐かしむように、エルカディアは続けた。
「ネイア様から、あなたの従者をこちらへ遣わすとうかがっていました」
「ですが、本当に驚きました」
「あなたの魂が命の樹に宿るのと同時に、私室へ見たことのない動物のぬいぐるみが現れたのですから」
「そうだったのですか……」
文はそれ以上、なにも言えなかった。
「これからは、彼にもいろいろと相談してください。この世界では、彼のほうが『先輩』なのですから」
エルカディアはそう言うと立ち上がり、文の肩にそっと手を置いた。それから、食事部屋を出て行った。




