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旅の理由は、あとで 〜百年かけて生まれたエルフ〜  作者: こなれたタオル
第1章 始まりの森

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再会の夜

 それから数日が過ぎた、ある夜。夕食を終え、ひと息ついたあと部屋に戻ると、すぐに文は足を止めた。机の端に、小さなぬいぐるみが座っている。


「え……ゴローちゃん」


文は思わず机へ駆け寄った。見慣れた形、見間違えるはずのない姿だった。考えるより先に、言葉が出ていた。


子どもの頃、いつも一緒だった。眠るときも、大泣きしたときもずっと……。

かけがえのない存在だったのに。


なぜ忘れてしまっていたのだろう。祖母のことはきちんと覚えていたのに。

文は、ゆっくりと近づいて確かめるように、そっと手を伸ばした。抱き上げると、軽い。記憶の中と、変わらない重さだった。


「おそかったねえ」


腕の中から、声がした。


「あるじ、寝すぎ」


文は、息をのんだ。


ぬいぐるみは、動いていない。しかし、確かに聞こえた。


「……え」


「ようやく、お目覚めか」


少し、からかうような声だった。


「やっと思い出したかと思ったら、ずいぶん落ち着いてるね」


文は、言葉を失ったまま立ち尽くした。


――本当にゴローちゃんなんだ。


子どもの頃から、ずっと話してみたいと思っていた。

返事がくることなんて、ないと分かっていても、話しかけて笑っていた。

そんなゴローと話せる日が来るなんて思ってもみなかった。文はそっと、抱きしめた。


「……ずっと、いてくれたんだ」


ゴローは少し胸を張るように背筋を伸ばした。


「まあね」


軽い返事だった。


「あるじが忘れてる間も。眠ってる間も」


その声を聞いた瞬間、文の視界がにじんだ。

この世界に来てから、初めてだった。


頬にひとすじ、またひとすじ。

声を上げることもなく、ただ、涙がこぼれた。


「……ごめんね」


「なんで謝るんだか」


ゴローは、少し呆れたように言った。


「ちゃんと目が覚めたんだから、それでいいよ」


文は、何も言えなかった。

ただ、ゴローを抱いたまま、その場に立ち尽くした。

静かな部屋に、ときおり小さく息をつく音だけが溶けていった。



 文は、なかなかベッドに入れなかった。ゴローを机の端に戻し、椅子に腰を下ろしたまま、何度も話しかけてしまう。


「ねえ、覚えてる?」

「わたし、昔さ」

「……あ、これ三回目か」


「四回目」


即座に訂正が入る。文は思わず笑った。


「ちゃんと聞いてくれてるんだね」


「聞いてないと、暴走するでしょ」


「失礼だなあ」


「事実、事実」


その言い方が、あまりにも自然で、文は急に胸がいっぱいになる。


「……話せるんだね」


「今さら?」


「今さらだよ」


気づけば、夜は深くなっていた。文はベッドに横になる。


それでも、話す。


安心して。

うれしくて。


久しぶりに、心から安心して話せる相手がいる。


「……あるじ、もう寝なよ」


「まだ眠くない」


「顔が限界だよ」


「ひどい」


「あたま、痛くなるよ」


「大丈夫だって」


「まったく……しょうがないな」


どこか、慣れた調子だ。


「今日は特別ね」


「なにが?」


「眠らせる」


「え?」


問い返すより先に、空気がふわりと変わった。

温かくて重さのない感触が、頭の奥をなでる。


「ちょ、待って……」


「待たない」


「そんな……」


文の抗議の言葉は、最後まで続かなかった。

まぶたが落ちる直前。


「……ゴローちゃん」


「なに」


「そばに……いてね」


少し、間があった。


「当たり前だよ」


その声を聞いて、文は眠りに落ちた。

文の眠りに合わせるように、机の端の小さな影も静まった。


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