夜の来客
小雨の降るある夜、エルカディアの屋敷に来客があった。雨が木の葉を打つ音が遠くの気配を隠していた。人の声は近くしか届かない。
森の入口に立つ門番が客人の名を聞き、急いで道を開けた。
護衛は少なく、灯りも最低限しかない。だが、夜の森を進む足取りに迷いはない。
ここへ通じる道を、彼は昔から知っているかのようだった。
エルカディアが執務室で、古文書の整理をしていると、門番から屋敷に知らせが届いた。
――すぐに話をしなければならない。
エルカディアは静かに立ち上がった。
「通しなさい」
客は正門ではなく、森側の裏門をくぐり、昼には使われない廊下を歩いた。
案内されたのは、エルカディアの私室だった。執務の場ではなく、私的な話をする時や、夜間に客を迎えるならここが最適だ。エルカディアの強力な結界のおかげで、扉が閉まると、外の気配がそこで切り離された。
「夜分に、失礼いたします」
エルカディアと長く付き合いのある商人、ヘルミオは丁寧に頭を下げた。雨の中を急いで来たようで、外套も帽子もずいぶん濡れている。
「構わない。そなたが急ぐ理由はわかる」
ヘルミオは、小さく息を整える。
「王都で、噂が立ち始めております」
「……そうか」
しばらくの間、二人とも黙ったままだった。
「金の瞳を持つエルフがいる、と」
私室の空気が、わずかに張る。
「旅人の間だけではありません。
商人、兵、下役――
口の軽い者から、順に広がっております」
「早いな」
エルカディアは小さく呟いた。
「ゆえに、まずはお知らせせねばと存じました」
「知らせは、受け取った」
ヘルミオは、少しだけ言い淀む。
「……いずれ、王都から正式な問い合わせが参りましょう」
「誰の名で?」
「王の名で、です。やはりあの方の存在は特殊ですから」
エルカディアは、目を伏せた。
「そうか」
「王都は放っておきますまい」
「問い合わせが来てから考える。今は、まだ何も聞かれていない」
ヘルミオは、深くうなずく。
「承知いたしました」
エルカディアとヘルミオの話し声は、深夜になっても途切れることはなかった。
雨は静かに降り続いている。
文の名はここでは出なかった。
当の文は、世界が外から近づいてきていることを知らぬまま、静かな寝息を立てていた。




