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旅の理由は、あとで 〜百年かけて生まれたエルフ〜  作者: こなれたタオル
第1章 始まりの森

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夜の来客

 小雨の降るある夜、エルカディアの屋敷に来客があった。雨が木の葉を打つ音が遠くの気配を隠していた。人の声は近くしか届かない。


森の入口に立つ門番が客人の名を聞き、急いで道を開けた。

護衛は少なく、灯りも最低限しかない。だが、夜の森を進む足取りに迷いはない。

ここへ通じる道を、彼は昔から知っているかのようだった。


エルカディアが執務室で、古文書の整理をしていると、門番から屋敷に知らせが届いた。


――すぐに話をしなければならない。


エルカディアは静かに立ち上がった。


「通しなさい」


客は正門ではなく、森側の裏門をくぐり、昼には使われない廊下を歩いた。

案内されたのは、エルカディアの私室だった。執務の場ではなく、私的な話をする時や、夜間に客を迎えるならここが最適だ。エルカディアの強力な結界のおかげで、扉が閉まると、外の気配がそこで切り離された。


「夜分に、失礼いたします」


エルカディアと長く付き合いのある商人、ヘルミオは丁寧に頭を下げた。雨の中を急いで来たようで、外套も帽子もずいぶん濡れている。


「構わない。そなたが急ぐ理由はわかる」


ヘルミオは、小さく息を整える。


「王都で、噂が立ち始めております」


「……そうか」


しばらくの間、二人とも黙ったままだった。


「金の瞳を持つエルフがいる、と」


私室の空気が、わずかに張る。


「旅人の間だけではありません。

 商人、兵、下役――

 口の軽い者から、順に広がっております」


「早いな」


エルカディアは小さく呟いた。


「ゆえに、まずはお知らせせねばと存じました」


「知らせは、受け取った」


ヘルミオは、少しだけ言い淀む。


「……いずれ、王都から正式な問い合わせが参りましょう」


「誰の名で?」


「王の名で、です。やはりあの方の存在は特殊ですから」


エルカディアは、目を伏せた。


「そうか」


「王都は放っておきますまい」


「問い合わせが来てから考える。今は、まだ何も聞かれていない」


ヘルミオは、深くうなずく。


「承知いたしました」


エルカディアとヘルミオの話し声は、深夜になっても途切れることはなかった。


雨は静かに降り続いている。

文の名はここでは出なかった。


当の文は、世界が外から近づいてきていることを知らぬまま、静かな寝息を立てていた。

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