甘さはひかえめに
その翌日、文は朝のうちに台所を訪れた。まだ日が高くなる前で、窓から入る光も柔らかい。入口でいったん足を止めた。昨日と同じことをするつもりだが、今日は目的が少し違っていた。
「……あの。また、台所をお借りしてもいいですか」
調理人は、手を止めて文を見た。昨日より、ほんのわずかに表情がゆるんだ。
「どうぞ。今日は、何を?」
「昨日と……同じものを。今日は、数を増やそうと思って」
「そうですか」
それだけ言って、調理人は作業を続けた。
文は、調理台に向かう。
牛乳を温め、砂糖を溶かす。
手順は、もう迷わない。
棚の端から、ミルフィルの葉を少しだけ取る。
温めた牛乳にくぐらせ、すぐに引き上げる。
香りは、残すだけでいい。
卵を溶き、網で漉す。
さらりとした液体が、静かに落ちていく。
小さな耐熱の器を、いくつか並べる。
多すぎない数。
足りなければ、それでいい。
蒸し器に湯を張り、弱火。
ふたに布巾を挟むのも、もう迷わなかった。
湯気が立つ音を聞きながら、文はじっと待った。
待っている間、昨日より落ち着いている自分がいることに気がついた。
頃合いを見て火を止めると、器を調理台へ移した。
表面は、なめらかだ。
揺らすと、中心だけがわずかに動いた。
――できた。あの人たちのところへ届けよう。
文は指先で器に触れ、うなずくと、器を籠に並べ、布をかけた。
「行ってきます」
そう告げると、調理人は振り返って頷いた。
「お気をつけて」
畑へ向かう道は、いつもと同じ。
とはいえ、時間帯が違うだけで、音も匂いも少し変わる。
作業の合間になる頃、文は畑の端で立ち止まった。
「……あの」
畑仕事を一旦終えた人々が汗を拭いたり、畑の様子を話しながら戻ってきた。
皆、文がいることに気が付くと、なんとなく話すのを止めた。
「ここ数日、いろいろと気にかけていただいたので」
籠を持つ手が、わずかに緊張する。
「お礼、というほどではないのですけど……作ったものがあって。もし、よければ」
言い切らずに、差し出した。誰も、すぐには動かない。
すると、いつもなにかと文を気にかけてくれる年配の女が、一歩前に出た。
籠をのぞき、器を一つ手に取った。
「あら……ミルフィルの葉の香りですね」
丁寧に蓋を開けると、文からスプーンを受け取り、一口、静かに口に運んだ。
「甘さひかえめですね。私どもの好みです」
女は少し考えてから付け足した。
「……私は、好きですよ」
そう言って器をそのまま持ち、水場のほうへ向かっていった。
その様子を少し離れて見ていた男が、近付いて来た。男は文から器を受け取って一口食べた。
「仕事の合間に、ちょうどいいですね。みんなには私から渡しますので」
文から、残りの器を受け取ると、軽く会釈してみんなの輪に戻っていく。
文は、ホッと深く息を吐いた。
「……ありがとうございます」
自分が作ったものを、食べてもらえた。今まで畑で仕事をしても、一緒に食事をしても、なんとなく距離を感じることはあった。しかし、本当はそうではなく、文が一線を引いてしまっていたのかもしれない。
屋敷への帰り道、籠は軽くなっていた。空ではない。でも、重くもなかった。
足元の影を確かめると、日差しはもう昼に近かった。
甘さは、ひかえめに。
主張しすぎないように。
相手を知りたいと思うなら、自分も何かを差し出さなくてはいけないのかもしれない。
文は、歩みを緩め、空を見る。
雲は、朝よりも高いところを流れていた。




