目を閉じているあいだ
目が覚めているのか、それともまだ眠っているのか。文は、はっきりしない意識のまま、天井を見ていた。視界の端がぼやけている。光はあるが、まぶしさはない。
――ああ、今日は、起きなくていい日だ。
理由は分からない。そう思っただけで、体の力が抜けた。
畑から帰ってきたあの日、長椅子に倒れこんでからの記憶が曖昧だ。
喉の奥が、少しだけいがらっぽい。咳が出そうで、出ない。そのまま、息を整える。
遠くで、布の擦れる音がした。足音を忍ばせながら、誰かが部屋に入ってくる。
声をかけられることもなく、触れられることもない。
部屋の中央にある小さなテーブルの上に、コトリと音がして何かが置かれた。
空気が香りとともに整えられていく。
その変化は「心地いい」でもなく、「ありがたい」でもなかった。
ただ、邪魔されていない、と感じるのだった。
調理人は食事部屋の台所で、エルカディアと何かを確認している。
「今日は、弱めにしています」
乾いたハーブと塩が、テーブルに置かれている。調理人は小さなオイルの瓶を棚に戻した。
「文様は、香りや音に敏感だとうかがいましたので」
「ああ。それでよい。眠りが浅いようだからな」
「お目覚めになったら、回復用のスープをお出ししようかと思っております」
「準備を頼むよ。目覚めたら、私に知らせをくれる者がいる。すぐに温められるようにしておいてくれ」
それは短いやりとりだったが、丁寧な仕事をするからこその簡潔さでもあった。
しばらくすると、エルカディアが文の部屋の前にやってきた。
だが、廊下に立ったまま、動かない。扉の向こうには、文がいる。眠っているのか、目を閉じているだけなのかは分からない。
文が眠りから覚めたばかりの頃なら、エルカディアは文が不安定にならないよう気を使っただろう。だが、そろそろその時期は過ぎた。
音を増やさず、時間を急がせず、選択肢を奪わない。
それが、エルカディアの今の役割だ。
文は、再び浅い眠りに落ちた。夢は見ないし、記憶も浮かばない。
ただ、体の奥に残っていたざらつきが、少しずつ、遠ざかっていく。
文が次に目を開けたとき、部屋は変わらず静かで、穏やかな空気に満たされていた。テーブルの上で、小さな香炉から細い煙が立っていた。甘さの奥に、乾いた葉の匂いが混じっている。誰かが、持ってきてくれたようだ。あとでお礼を言わなくてはいけない。
目を閉じているあいだ、ただ何事もなく時間だけが過ぎたようだった。




