最強降臨
こんなことを聞いた事がある。人が極限の恐怖を体験した場合、返って冷静になる、と。今なら何となく理解できる。巨大な死の閃光が襲ってくる、というこの絶体絶命の状況にはリアリティがないのだ。いや、この言い方には少しだけ語弊がある。何故ならここは現実ですらないのだから。VRと言う名の、人類の英知の結晶だ。
言うなれば、仮想空間で味わう途方もなくリアルな死の予感。
矛盾しているようだが、その矛盾こそが今この状況のリアリティの無さの答えだ。故に、死の危険に触れているというのに、こんなどうでもいい考察が出来ている。
そして、動じずにいられる。突然、人影が現れ、閃光を防いだという現状に。
「ぎりぎりセーフってところかな~?」
「えーっと……とりあえずだ。何しに来たんだ。カザミ」
そう問いかけると、少し考えるそぶりを見せ「色々」と、語尾に音符でも付きそうな調子で答えてくれた。しかしその直後、再び閃光が俺達を襲った。一般プレイヤーなら絶叫もんだが、さすがはあの化け物集団、《ノアファミリー》の幹部といったところだろうか。
「……銭型、下がってろ」
そう小さく呟いて、右足を後ろにずらし、素早く両手に括り付けてある盾を構えた。直後、閃光がカザミに襲いかかった。轟音と眩いばかりの光をまき散らし、そして――
――カザミは完全に、HPバーを少しも減らすことなく、当たれば即死の凶弾を防ぎ切った。さらに、それを確認したカザミはこれまた素早く次の行動に出た。弾丸の様に飛び上がると、積み上げられた巨大手錠の上で、反動による硬直から未だに動けないでいるフードへ急接近した。
「さっきの攻撃、そっくりそのまま返すぜ」
いつの間にか、右手の盾が紅いオーラを纏っている。恐らく、俺とあいつが初めて会った時に使っていたスキル《リフレクト・アタック》だろう。盾で防いだ攻撃分のダメージを返す、カザミのもっとも得意とするスキルだ。カザミは躊躇することなく、その右手を繰り出した。ようやく回復したフードは身を仰け反らせその場を離れようとする。が、数瞬遅かった。カザミの右手は僅かにだがフードの体を捕え、数メートル吹き飛ばしていた。その攻撃により、フードの着ているフード(表現がややこしくなってしまったが)が破損した。
フードが避けたために、巻き添えを喰らった手錠が全て粉砕したことからあの攻撃の破壊力の高さが伺える。
「完全に捕えたわけじゃあないが、それでもイエローゾーンくらいにまでは追い込めたぜ」
涼しげにそういうカザミだが、俺は確かに実感していた。こいつら《特異点》は紛れもなくこの世界最強のプレイヤーであり、正に選ばれし狂人だということを。
化け物め。
そう思わざるを得ないほどに、可笑しな強さを持っている。
「……間違えて殺してないだろうな」
「俺を信用しろって。まあまずは、あいつのフードに隠されていた素顔を拝むとしようぜ」
奴の素顔。確かにそれは気になる。あれほどの実力者がどんな面をしてるのか、見てみる価値はありそうだ。そう思い、踏み出そうとした時だった。
ゾクリと。言いようのない恐怖が俺の体を駆け巡った。カザミも感じたらしく、臨戦態勢に入っている。気を張ること数秒。果たして正体不明の恐怖は姿を現した。
それはまるで死の化身の如く、敵を絶望という名の地獄に陥れる。だというのに、その姿は不釣り合いなほど美しい。地獄に舞い降りた天使の皮を被った死神。そんな表現がぴったりだ。
「警報が鳴ったから来てみれば。まさか、カザミ。あなたがいたとはね。そっちのダンディなお兄さんは銭型さん……よね」
よく通る高い声だ。そして、微笑の裏にかなりうまく隠しているが、ほんのわずかに『怒り』の感情を感じ取れる。どう出るか迷っている間に、カザミが一歩出て口を開いた。
「ご名答だ。こいつが銭型だよ。ま、それは置いといて驚いたぜ。一握りの、あんたにとって最も大切なプレイヤーのHPがイエローゾーンに突入した場合、特殊な警報装置が作動する、なんて噂はホントだったんだな。そのフード野郎は、あんたにとっての何なんだ? 姫さんよ」
「……姫?」
思わず口にしてしまったが、律儀にも彼女は答えてくれた。
「《特異点》の一角にして、ノアファミリーのボス。最強の中の最強、ということで誰かが呼び始めたのが始まりよ。名前ぐらいは聞いた事があるでしょう。あたしの名はハート。この世界最強のプレイヤー。そして……あなたたちをここで葬るプレイヤーの名でもある」
そう宣言すると共に、右手を素早く前へ突き出してきた。次の瞬間、俺の視界は封じられていた。完全な暗闇。状況を理解するため、俺は素早く後ろを見やった。
そこで俺の眼に写ってきたのは、どんどんと迫りくる無数の針。
「ッ手錠ギミック《巨大化》!!」
手錠を上へと放り投げる。瞬間、巨大化した手錠が俺を覆う。敵に向ければ牢屋となる達磨落としだが、己に使えば要塞となる。手錠が針を食い止めている間に、ハンドガンを上空へ向けてアタックスキル《バースト・ショット》を放つ。突然真っ暗になったトリックはよく分からないが、何かで覆っているのだとすれば壊れるはずだ。
果たして、俺の真上に光が差した。何かで覆っているという予想は当たりのようだ。スキル《立体起動》で素早く上へ脱出する。
「カザミ!! 無事か!?」
「馬鹿野郎!! 他人の心配してる場合か!! 相手はあのハートだぞ!」
「っは。心配する必要はなさそうだな」
地面に着地して、冷静に周囲を見渡してみる。俺達を襲ってきているのは、どうやら二メートルほどの筒のような物らしい。扉が付いており、その内側には殺傷能力の高い無数の針。俺の一般常識程度の知識に、これらの特徴と合致する代物は幸いというべきか一つだけある。奴の――ハートの会得したユニークスキル。それは――
中世ヨーロッパの処刑器具。『鉄の処女』