第3章:コンプレックス④
後世に広く知られ、今日では民間レベルにおいても実用化されている『精神科』という医療分野、ならびに『心理学』という学問分野は、おおよそこの時代にその萌芽を見いだすことができるとされている。
その開祖と目される人物こそ、エルデンライヒ帝国陸軍に所属していた軍医、モーリッツ・ヴァイスマンである。
エルデンライヒ帝国は、あるいはその前身であるローゼンベルク王国時代から一貫して、領土拡大のための戦争を幾度も繰り返してきた軍事国家であった。ヴァイスマンもまた前線に従軍し、戦場で戦う兵士たちを診察してきた軍医の一人である。
彼はその現場において、従来の医学では説明のつかない異様な患者を数多く目にした。
身体的外傷もなく、外見上は健康体であるにもかかわらず、足が動かない、声が出ないといった感覚麻痺を訴える者。あるいは発作や震えを伴い、突然泣き崩れたり、何をされても反応を示さない無表情の状態に陥る者。明らかに異常な反応であるにもかかわらず、当時の医学――解剖学的・神経学的知見の範囲では、いかなる異常も見いだすことができなかった。
そのため、これらの症状は長らく「医学的根拠のない諸症状」として扱われてきたのである。
しかしヴァイスマンは、それらを身体の病ではなく、心あるいは精神の病であるという仮説を抱き始めた。彼は後に「精神分析」と呼ばれる手法によって、患者たちの症状の分析を試みる。そしてその過程で、投薬や物理的処置ではなく、患者にただ「語らせる」ことこそが、最も効果的な治療であると気づいた。
医師が命令を下したり、行動を矯正したりするのではない。患者に胸の内を存分に語らせ、医師はそれを黙って聞く――それだけの行為であった。傍目にはあまりにも素朴で、「治療」と呼ぶには心もとない医療行為に見えたが、それによって症状が軽減、あるいは消失する兵士が相次いで報告されるようになる。
この結果を受け、ヴァイスマンは、これらが共通した要因によって生じる精神的疾患であるという確信を深めていった。
さらに戦後、徴兵などで戦場を経験した者の中に、戦場体験を引き金として日常生活を送れなくなる者が少なからず存在する事実を知り、彼はこの病が軍人に限られたものではないと認識するに至る。ここに、身体医療から独立した分野としての精神科および心理学の誕生を見ることができる。
もっとも、ヴァイスマン自身は、その発見の端緒を開いた人物として名を残したにすぎず、理論を洗練させ体系化していったのは、主として彼の教え子たちであった。生前において、彼が特別な栄誉を与えられることはなかった。それは、軍人を“堕落させる危険思想”であるとして、彼の研究が警戒されていたことも一因である。
それでもなお、彼の功績が一つの医療分野における重要な発見であり、実際に多くの人々が救われたことは紛れもない事実である。
ヴァイスマンは理論の体系化にあたり、『無意識』と呼ばれる心理構造領域の存在を指摘した。そして、記憶・感情・価値判断・恐怖などが複雑に絡み合い、本人の意識とは無関係に思考や行動へ介入する観念群を『コンプレックス』と定義した。
『ヴァイスマン理論』によれば、コンプレックスとは、強烈な恐怖や罪悪感、恥といった核となる体験によって生じ、理性では処理しきれないほどの感情エネルギーを抱えた結果、それに関連する言葉や価値観が連鎖し、無意識下に抑圧されたまま形成される“観念の集合体”である。
後世において大きな誤解を受けがちだが、コンプレックスは単なる“劣等感”を指す言葉ではない。劣等感とは、自覚され、言語化可能な感情であるのに対し、コンプレックスは自覚も言語化もされないまま、行動として表出する心理構造全般を指す概念であると、彼は明確に区別した。
軍医であったヴァイスマンは、主たるコンプレックスの類型を把握するため、軍隊構成員を無作為に診察し、特に顕著な事例から名を取って、いくつかの代表的なコンプレックスを整理した。
父親という存在を通じて形成された権威・評価・禁止のイメージが無意識下で人格や行動を支配し、過剰な服従、反抗、あるいは自己の優越性を証明しようとする執着へと向かう心理構造を、後に『エリアス・コンプレックス』と呼ぶようになった。
また、自己評価と外部評価との乖離によって生じ、過度な自己卑下に苛まれる状態、あるいは現実から著しく乖離した優越感を抱く心理構造は、『フォーゲル・コンプレックス』と称された。
これらはヴァイスマン自身が正式に命名したものではなく、あくまで俗称的な呼び方である。後世においては、「父親コンプレックス」「劣等コンプレックス」「優等コンプレックス」といった名称で、より厳密に定義されていくことになる。
もっとも、特定の人物名を冠するほど顕著な事例として記録に残った点については、一定の考慮が必要である。代表例として語られる彼らが特異だったわけではなく、記録に名を残さなかった同様の症例は数多く存在した。事実、ジークハルトもまた、パルミラート事件後に精神分析の対象となり、ヴァイスマン自身の診察を受けている。
彼らに共通するのは、精神的に“弱かった”わけではないという点である。無意識下の行動や反応は、個人の意志とは無関係に働く、構造的な心理現象によって引き起こされるものなのである。
最後に、モーリッツ・ヴァイスマンの有名な言葉をもって締めくくろう。
「人間は理性の首輪のもとで生きているのではない。
認められなかった感情に囚われて生きているのである」




