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第3章:コンプレックス③

「ギャアアアッ!!」


 技術総監部には、こんな逸話が残っている。


 ――もし、貴方が嬌声とも奇声ともつかぬ叫びを耳にした場所が技術総監部、あるいは軍需工場であったならば、その主は十中八九、マックス・フォーゲルである。


 彼は仕事中、しばしばこのような大声を上げる癖があった。同じ職場の者たちは、当初こそ辟易するものの、一定期間それを聞き続けると次第に何も感じなくなる。むしろ、気にする方が精神衛生上よほど好ましくないのだ。


 そして、その声が発せられる際、彼の姿勢は決まって常軌を逸している。ブリッジをしたまま唸っていたり、なぜか机の上に登っていたり、時には全裸であったりと、もはや奇想天外の一語に尽きる。


 その銃器開発者マックス・フォーゲルは、ジークハルトから「変態銃器技師」と呼ばれていた。もとはザールマルク伯爵領の軍需工場に勤める一技師に過ぎなかったが、その銃器開発に対する異様な情熱と卓越した技能を買われ、現在は技術総監部装備開発実験部第二課長、技術中佐の地位にある。


 彼の担当は、エルデンライヒ帝国陸軍の小銃および共通弾薬を使用する機構銃の開発であり、制式採用された『フォーゲル単発式小銃FV73』や『フォーゲル機構銃』といった、旧正統ルガルディア帝国領において比肩するものなき名銃を世に送り出した天才であった。


 だが、文面上では「天才」で片づけられる彼も、内情を知る者からすれば「頭のおかしな技術屋」――すなわち、紛れもないマッドサイエンティストである。彼は四六時中銃器開発のことしか考えず、生活リズムは破綻していた。数日間まったく食事を取らないこともあれば、狂ったように食べ続け、身体が限界を迎えて嘔吐しながらも食事を止めないこともある。睡眠も不規則で、常に目の下には濃い隈を浮かべていた。


 そんな彼が奇声を上げるのには、いくつかの明確なパターンがあった。自らの会心作とも言える設計が思い浮かんだ時、実戦データの解析から弾道特性を読み解いた時、そして――他者が自分より先に優れた武器を生み出したと知った時である。


「無煙火薬!無煙火薬だとぉぉ!!?」


 今回の叫びは、サンテルラン央王国で開発された次世代発射薬『無煙火薬』が実戦投入され、成果を上げたという報告を初めて耳にしたことに端を発していた。


「なんということだ……!これが実用化レベルにまで達していただとぉぉ!!?」


 その発明は、後に軍事史における革命的転換点と評されることになる。


 当時、銃器に用いられる発射薬の主流は『黒色火薬』であった。これは銃器を戦場の主役に押し上げ、新たな戦争形態への移行を促した存在である。しかし、その数段上の性能を持つ『無煙火薬』が、ついに実用化されたのである。


 その名の通り、無煙火薬は発射時にほとんど煙を出さない。これにより、銃身や機構内部の汚損が抑えられ、発射煙による視界不良や敵への位置露呈も大幅に軽減された。加えて、黒色火薬の数倍に及ぶエネルギー密度を持つため、弾丸の小口径化や高速化も可能となった。


 それはすなわち、武器性能が飛躍的に向上することを意味し、近い将来、戦場の様相が一変することを暗示していた。


 もっとも、この時点でその革命性を正しく理解していた者は多くなかった。無煙火薬の原料となる『ニトロセルロース』自体は以前から知られていたが、極めて不安定で爆発しやすい性質ゆえ、長らく危険視されていたからである。実戦での成功例が報告され始めたとはいえ、その真価が広く認識されるには至っていなかった。


 その中でフォーゲルは、いち早くその先進性と革命性に気づいた数少ない人物であった。だが、彼が奇声を上げていた理由は歓喜ではない。まったく別の感情が、その叫びを引き起こしていた。


「まただ……!私より、先に……革命をぉぉ!!」


 要するにフォーゲルとは、自分がその革命的発明の“最初の生みの親”になれなかったことを、全力で嘆き喚くことで知られた人物なのである。


 人格はさておき、彼が優秀な銃器開発技師であることは疑いようがない。しかし、彼の生み出した武器の多くは、「先駆者が構想したが評価されなかった画期的な技術を、実用化レベルまで昇華させ、傑作へと進化させたもの」であった。『フォーゲル単発式小銃FV73』はドライゼン小銃の後装式に着想を得て金属薬莢化したものであり、『フォーゲル機構銃』もまた、使い道に困っていたガトリッジ回転砲を共通弾薬化し、機構上の欠陥を改良したに過ぎない。


 つまり、彼の傑作銃の大半は“改良品”であり、ゼロからの創造ではなかった。


 フォーゲルはそれを何よりも忌み嫌い、創造の先駆者であることに異常なまでに執着していた。


 天才とは何か――それは後世においても議論され続ける命題であるが、フォーゲルはそれを「創造主になれる気質」と定義していた。これまで存在しなかった発想を現実に具現化できる力こそが天才性であり、それを備えた者だけを彼は「天才」と呼んだ。その基準に照らせば、彼自身は天才ではなかった。


 無数の武器構想が彼の脳裏に溢れていたのは事実である。しかし、それを最初に形にする栄光を、彼は一度も手にしていない。ザールマルク伯爵領の軍需工場時代から幾度となく新式銃の開発を試みたが、成果には結びつかず、「癇癪持ちの偏屈者」として冷遇されてきた。そして、その扱いに反論できない程度には、自身が革命的発明を成し遂げていないことも自覚していた。


 近頃は特に、同じ装備開発実験部第一課長クルーフへの嫉妬に心を囚われていた。彼の開発した『クルーフ後装砲』は帝国陸軍の主力兵器となり、第一課への予算配分は大幅に増加した。成果を上げた者に資源が集中するのは当然であり、それがフォーゲルの劣等感を刺激しないはずがなかった。


 だが、エルデンライヒ帝国軍における武器評価の基準は明確である。それは「国家事業たる戦争を支えるシステムの一部として機能するかどうか」であり、独創性や出自は二の次であった。使える武器であるならば、その誕生過程は問われない――それが帝国の合理主義である。


 そう考えれば、フォーゲルは決して無能ではない。彼自身は模倣と改良に甘んじていると苦悩していたが、彼の手がけた小銃や機構銃は、間違いなく帝国にとっての“傑作”であり、彼はその生みの親であり続ける。


 彼が考慮していない事実として、ドライゼン小銃の発明者ドライゼンは、生前ほとんど評価されることなく老衰で亡くなった。また、連続射撃を可能にする回転砲を生み出したガトリッジも、その価値を認められぬまま開発現場を去っている。あまりにも革新的な発明は、往々にして初期段階では理解されない。改良と洗練を経て実用に耐える形へと導いた後進がいたからこそ、彼らは歴史に名を残したのだ。


 創造主であることは、必ずしも偉大であることと同義ではない。


 そう考えれば、フォーゲルは紛れもなく天才の一人であり、その働きはエルデンライヒ帝国にとって極めて重要なものであった。




 後世において、各国の武器開発の特性を端的に表した、次のような言い回しが語られている。


 もし、多くの武器を作りたければサンテルランへ行け


 そこでは、とにかく「使える武器」を次から次へと戦場に送り出し、その有用性を実戦によって証明する。ゆえに、武器の価値は開発段階ではなく運用段階で判断され、とにかく大量の兵器が求められる国である。


 もし、傑作と呼ばれる武器を作りたければアルバレオンへ行け


 少数精鋭の陸軍戦力を質で補う国家であり、武器選定においては信頼性と完成度を何よりも重視する。開発者にとって採用の門は狭いが、ひとたび選ばれればそれは傑作の証であり、高額であろうとも議会は躊躇なく予算を投じる。


 もし、後世に名を残す武器を作りたければエルデンライヒへ行け


 彼らが重視するのは、数十年先の戦場においても通用する完成度である。先駆者たちの試行錯誤から本質を学び取り、磨き上げ、ついにはその兵器の「完成形」を作り上げる――エルデンライヒとは、洗練された追従者の国なのである。




 この評価は、マックス・フォーゲルの存在を指しているのではないかと考える技術史家もいる。というのも、「フォーゲル」という名は、もはや一個人を示すものではなく、後世においても名銃を冠する名称として広く知られているからだ。


 実際、フォーゲルは近い将来、そう呼ばれるに相応しい武器を生み出すことになる。


 しかし、それすらも彼自身は「先駆者の模倣に過ぎない」とみなしていた。


 ゆえに彼は、生前において、自らが後世にそのような評価を受ける存在になる未来を想像することのないまま、この世を去ることになるのである。

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