第3章:コンプレックス①
エリアス・フォン・シュトラウセンを歴史的人物として紹介する際に、しばしば用いられる肩書がある。それは『ヘルマン・フォン・シュトラウセンの子』や『小シュトラウセン』といったもので、いずれもエリアスをヘルマンの付属的存在、あるいはヘルマンを中心に据えた人物として扱う点で共通している。
そのため、『エルデンライヒ帝国陸軍参謀本部第2代参謀総長』という名誉ある肩書を持ちながらも、彼がその肩書で呼ばれることは少ない。しかし、それもやむを得ないことである。なぜなら、エリアスよりもヘルマンの功績の方が大きく、ヘルマンの役割はヴィルヘルムという稀代の大君主の治政下で輝かしいものとして位置付けられていたからである。
とはいえ、だからといってエリアスが凡庸であったわけではない。彼もまた、軍事史上、有能な指揮官・参謀として高く評価されるに値する人物であった。特に、綿密な計算と計画、緻密な進軍統制や補給体制の徹底において、彼は『戦場の構成作家』という異名を誇るに足る人物であった。大規模軍事作戦における彼の作戦計画は、参謀養成の教育機関で教本として採用されるほど模範的であり、作戦参謀を志す者にとっては『エリアス・フォン・シュトラウセン』の名を備考欄で目にすることも多い。さらに、彼の能力と姿勢は参謀本部の心臓部である作戦局を鍛え上げる上で決定的であり、彼がいなければ参謀本部は真の組織的戦略機関へ成長することはなかったであろう。
しかし、そうであっても、エリアスの功績はヘルマンの影に隠れる地味なものであった。また、彼の完璧主義的性格や視野狭窄的な合理主義は、周囲の全面的な尊敬を得ることにはつながらなかった。彼が一定の評価を受け、ヘルマンの後継者となったのは、一重に“純粋に作戦参謀としてだけの職務で果たした功績”と“ヘルマンの息子であったこと”によるものである。
「閣下、ヴィルヘルム・シュナイダー少佐、参りました」
「よろしい、休め」
皇帝と同じ名を持つ参謀将校は、直属の上官である参謀本部次長兼作戦局局長エリアス・フォン・シュトラウセンの命により、作戦局分室の一室へと呼び出されていた。
そこは、かつて参謀本部が置かれていた旧貴族の私邸を転用した庁舎ではない。旧ローゼンベルク王国の中枢、『ローゼンベルク王城』であった。
ローゼンベルク王国がエルデンライヒ帝国へと改まるに際し、皇帝の住まいは旧王国由来のものではなく、民衆によって選ばれた皇帝のための新たな象徴であるべきだ――そう考えたヴィルヘルムは、帝都ベルデン中央広場に隣接する地に新宮殿を建造させた。
その名は『クレオサリア宮殿』。エルデンライヒと同じく古代語に由来し、「栄光と名声」を意味する名を冠した宮殿は、民衆から選ばれ、世界にその名を轟かせる帝国皇帝の居城として、荘厳にして威厳ある姿を誇っていた。
それは決してヴィルヘルムが派手好みであったからではない。彼はむしろ、洗練された簡潔な意匠を好む人物であり、この宮殿もまた、世界帝国にふさわしい象徴としての計算の上に築かれたものであった。
皇帝が新宮殿へ移り住んだ後、主を失った旧王城は『帝国陸軍統帥府』として新たな役割を与えられる。元来、戦のために築かれた城であるだけに、軍の中枢を置くことに違和感はない。
そこには軍政を司る『軍務省』、戦時の作戦司令機能を担う『元帥府および総司令部』、皇帝直属の戦闘群である『中央軍本部』、そして作戦立案と情報分析を主任務とする『参謀本部』が集約されていた。まさに帝国陸軍の“牙城”であった。
その参謀本部の中枢を担っているのが、現在のエリアスである。彼は参謀総長代行という臨時の地位を得て、事実上、帝国陸軍最高指揮官の座にあった。
エリアスは、机上に広げられた巨大なエルデンライヒ帝国領図から目を離すことなく、部下であるシュナイダーに命を下した。
「シュナイダー参謀少佐。貴官には第101機動戦闘団付参謀将校として同戦闘団に随伴し、帝国東部・旧カルノヴァ地域における反乱鎮圧作戦の補佐、ならびに参謀本部との連絡任務を命ずる」
「はっ!」
即座に敬礼したシュナイダーであったが、その胸中に疑念がなかったわけではない。
「発言を許可願います」
「……何だ」
「はっ!第101機動戦闘団はすでに参謀本部隷下の中央軍所属です。改めて参謀将校を派遣する必要はない、との御意向が参謀総長閣下より示されておりましたが」
参謀総長――すなわちヘルマンのことである。彼はジークハルトの戦況把握能力と戦場での判断力を高く評価しており、最低限の命令のみで多大な戦果を挙げてきた精鋭部隊として、第101機動戦闘団に広い裁量を与えていた。
その意味で、機動戦闘団は半ば聖域と化していたのである。
しかし、参謀総長代行の見解は異なっていた。
「かの戦闘団は独断専行が目立つ。我々参謀本部の作戦を、連中のスタンドプレーで台無しにされてはたまらん」
エリアスは顔を上げぬまま、視線だけをシュナイダーに向ける。
「理性と厳格な規律を至上とする帝国陸軍において、統制を欠く部隊など存在してはならない。貴官には、あの戦闘団の“首輪”となってもらう」
一拍置いて、冷ややかに言い添えた。
「陛下のお気に入りであるからといって、特別扱いが当然だと思わせぬためにな」
軍人の資質と職務適性について説いた『ヴィルヘルムの資質的組織理論』に照らせば、エリアスは疑いなく参謀向きの人物であった。高い知性と強靭な意志を備え、勤勉に職務へ取り組む姿勢を併せ持つ彼は、参謀という役職において理想的な特性を示している。
だがエリアスという人物を語る上で看過できないのは、その資質があまりにも強く、かつ極端であった点である。彼は自分と他者とを明確に区別し、その差異を冷徹に理解した上で、容赦なく線引きを行う人間であった。端的に言えば、彼の中には「自分以外の大多数の人間は、頭が悪く、自己中心的で、怠惰であり、重要な仕事を任せるに足りない存在である」という認識が根深く存在していた。
この傾向は、彼が他者を見下し、自身を特別視していると批判される原因ともなっていた。しかし、エリアスだけを一方的に責めることはできない。事実として、彼は多くの人間――いや、この世界のほとんどの者たちよりも圧倒的に思考の回転が速く、状況把握に優れ、そして自らの手で数多の成果を積み重ねてきた人物であった。誇張ではなく、天才の領域に達していたと言ってよい。
さらに厄介なのは、彼がその事実を正確に自己認識できていた点である。自らの能力の限界を見誤らず、過不足なく把握できるその冷静さは、必ずしも物事を円滑に進める方向には作用しなかった。
エリアスは、何でも一人でできてしまった。士官学校時代、同期生の中に彼と比肩しうる人材は存在せず、「さすがはヘルマンの息子」と評されるのも当然であった。
だがその結果として、彼は他人が自分ほどにはできないという現実を早々に悟ってしまった。誰かに任せるよりも、自分一人で思案した方が効率的で、かつより良い成果を上げられる――そうした経験則が、彼の思考を決定づけていったのである。
それはレオンハルトの副官として作戦立案や部隊統制に携わった時代から既に顕著であり、彼が単なる机上の空論家ではないことは実戦によって証明されていた。
ゆえに、エリアスは他人を信用しない。愚鈍な他者に任せるより、自分がやった方が確実であることを知っており、しかもそれが致命的な誤りを生んだことは、これまで一度もなかった。彼の頭脳によって練り上げられた作戦を忠実に実行すれば、勝利は自ずと手に入る――それは過去の戦いが明確に証明している。成果という点において、彼を非難できる者は存在しなかった。
だが、いや、だからこそ彼は、人の忠誠心を引き出し、人望を集めるという資質を欠いてしまった。誰の力も必要とせず、むしろ他者の意志が介在すること自体が、狂いを生む原因だとすら信じて疑わなかったのである。
その結果、エリアスは部隊を徹底的に自身の統制下に置き、自らの思考通りに戦わせることを何よりも重視するようになった。そして、ジークハルト率いる機動戦闘団は、彼が真っ先に目をつけた“異分子”であった。
シュナイダーは、エリアスの部下として働く中で、彼が人との間に見えないが確かな壁を築き、すべてを一人で解決しようとする人物であることを見抜いていた。
彼はジークハルトを憎んで機動戦闘団を縛ろうとしているわけではない。むしろ、その戦闘力と価値を正しく理解している。しかし同時に、それらは自身の統制下に置かれてこそ、初めて最大限の戦果を生む――そう確信していたのである。
「閣下、さらに発言の許可を」
「……何だ、手短にしろ」
「参謀総長閣下は、どのようにお考えなのでしょうか」
その問いに、エリアスの動きが完全に止まった。
「父上は関係ない」
そして、きっぱりと言い切る。
「父上は病床にあり、職務を十分に果たせない。ゆえに私が参謀総長代行として参謀本部を統括している。貴官らはその指揮下にあり、命令に従う義務がある。内心で何を思うのも自由だが、それを職務に持ち込むな」
あえて繰り返すまでもないだろうが、これこそがエリアスが『小シュトラウセン』と呼ばれる所以であった。




