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第1章:言葉は想いの正装②

「征服者は常に平和愛好的である。シャルル騎士王ですら例外ではない――か」


 エルンストは、車窓の外を流れていく景色にぼんやりと視線を固定させたまま、ヘルマンの著書『戦争の秩序』の一節をふと口にした。


 カルノヴァ分割戦争を契機として、グラウエンシュタインではヴィルヘルムの軍事的補佐役であるヘルマンの軍事思想、ひいてはその戦争哲学を分析するため、こぞって彼の著作を読み解こうとする動きが広がった。その中でも、とりわけ多くの者から批判的に受け止められた一文が、まさにこの文章であった。


 征服者が平和愛好的だと?


 そんなはずがあるものか!


 いかにも軍事大国らしい横暴な論理だ!


 グラウエンシュタインの分析官たちは、その野蛮さを嘲笑した。エルンスト自身も、あからさまに嘲ることはなかったものの、即座に腑に落ちたわけではなかった。歴史的な征服者であり、正統ルガルディア帝国にとって不倶戴天の敵であるシャルル騎士王を、そのように評するのは、どうにも不釣り合いに思えたからである。


 しかし、冒頭に掲げられたヘルマンの戦争哲学を示す一文を読み返したとき、エルンストはようやく気づいた。


『戦争とは、相手に自らの意志を強制することを目的とした実力の行使である』


 この定義こそが、ヘルマンが戦争と国家の論理をいかに捉えているかを示す、明確な指標であった。


 究極の対外政策は戦争である。だがそれは、目的を達成するために用いられる手段であって、決してそれ自体が目的ではない。侵略者や征服者が武力を行使するのは、それが目的達成において有効な選択肢の一つであるからにすぎず、武力行使そのものが絶対条件であるわけではない。むしろ、この高コストかつ高リスクな手段を用いずに済むのであれば、それに越したことはない。


 つまり戦争とは、武力を用いなければ目的が達成できない状況において、やむを得ず発動される最終手段であり、決して初手で切る札ではないのだ。


 では、なぜ人間は戦争という行為をやめられないのか。それは結局のところ、「征服者の要求を被征服者が受け入れられない」と判断し、命を賭して抵抗することを選ぶという、あまりにも生物的な理由に帰結する。極論を言えば、征服者の要求をすべて受け入れ、その目的が望む形で解決されるのであれば、戦争そのものは起こらない。征服者にとって、楽に目的を達成できるのであれば、わざわざ武力を用いる理由はないからだ。


 だが現実はそう単純ではない。その理屈がいかに正しかろうと、それは人間の尊厳や自己保存という点で、致命的な破綻を孕んでいる。ゆえに、人は抵抗する。自身の幸福や願望、あるいはもっと根源的な、日々の生活に宿るささやかな喜びを守るために。そうしなければ、それらは容易く蹂躙されてしまうからである。


 その観点に立てば、常に戦う覚悟を強いられているのは、征服者の要求を受ける側の人間であり、征服者自身は、その行為とは裏腹に、平和愛好的な志向の持ち主であるとも言えなくはない。もっとも、その過程や結末が、万人にとって“平和的”であるかどうかは、また別の問題ではあるが。


 エルンストは、エルデンライヒに帰属し、その外交を司る立場として日々を送る中で、この言葉の意味をようやく理解するに至った。


 つまるところ、彼が行っている外交とは、征服者の要求を平和的に相手へ受け入れさせるための手段にほかならない。そして、その目的が達成されるのであれば、あらゆる手段や示威が肯定されうる。


 軍事的圧力は、外交官であるエルンストも、軍事を司るヘルマンも、そしてその最高責任者である皇帝ヴィルヘルムも、決して積極的に行使したいと望んでいるものではない。使わずに済むのであれば、それに越したことはないからだ。しかしそれは、行使の可能性を考慮に入れていないという意味ではない。


 事実、エルデンライヒ編入に反発した旧貴族や諸侯による反乱は存在し、それらが帝国軍の圧倒的な軍事力と動員力によって徹底的に鎮圧された例はある。ゆえに、武力弾圧の可能性を匂わせることは、単なるブラフではない。脅しであることに違いはないが、結果だけを見れば、それは武力を用いずに目的を達成したという意味で、平和的手段とも言えた。


 確かにこれは大国の論理であり、力を持つ征服者にのみ許されたやり方である。かつて理想主義的な側面を色濃く持っていたエルンストも、この手段を好んでいるわけではなかった。彼が外交官を志したのは、家系の事情に加え、「人間同士、そして国家同士も、対話と交渉によって理解し合い、利益を共有できる」と本気で信じていた、あまりにも夢見がちな理想に突き動かされていたからである。


 彼自身の本質が徹底した現実主義の核を備えており、その資質が外交という仕事に適していたとしても、その理想は根深く残っていた。だからこそ、潜在的な敵対国と目されていたローゼンベルク王国との協調路線にも、破綻するその時まで愚直に向き合い続けることができたのだ。


 しかしそれも、ヴィルヘルムと関わりを持ち、やがて彼と敵対せざるを得ない立場となり、対抗するための連帯の構築に奔走し、ついには望みを失った祖国を見限り、かつての敵国において外務大臣として戦後処理に携わる――その過程で、大きな修正を余儀なくされた。


 残念ながら、世界と人間を理想的に見つめてきた彼の目にも、先の大戦における人間の在り方は、もはや直視しがたいものとなっていた。権利や恩恵、立場を守るためには、戦う覚悟と準備が不可欠であり、それを怠ってはならなかった。すべてを失ってから、子供のように駄々をこねて権利を主張する中年者たちの醜態を目にしたとき、エルンストは、自身が人間を過大評価していたことを思い知らされた。


 彼らは愚かで、矮小な存在だった。見たいものしか見ず、やるべきことをせず、それでいて敗北した後になっても、自分の権利が当然のように保証されると信じて疑わない、救いようのない楽観主義者たち。エルンストは、かつて彼らを同胞だと信じていた自分自身を、ひどく恥じた。


 そうしてエルンストは変わった。


 エルデンライヒ帝国の外務大臣として、帝国の利益のために、その手腕を振るうことを、もはや躊躇しなくなった。


 冷徹で、無慈悲で、あるいは横暴にすら見える手段であっても、是とする覚悟を決めたのだ。


 二度と祖国を失わぬために。


 国家の命運が、再び無責任な楽天主義者たちに左右されることのないように。


 そう、決意したはずだった。


 しかし――


「お兄さん、なんで泣いてるの?」


 不意に通路側から投げかけられた子供の声に、エルンストは顔を向けた。まだ10歳にも満たないであろう少年が、じっとこちらを見つめている。指摘されて初めて、エルンストは自分の目尻を涙が伝っていることに気づいた。


 彼は慌ててそれを拭い、外交官として鍛え上げた笑顔を浮かべて少年に答えた。


「目にゴミが入ったんだよ。お兄さん、列車に乗るのが初めてでね。つい外の景色に見入ってしまって」


 すべて嘘だった。


 エルデンライヒ帝国内に張り巡らされた鉄道網を使い、エルンストは幾度となく各地を行き来してきた。鉄道の利用が初めてなはずもなく、今眺めている景色も、すでに見慣れたもので、新鮮味など欠片もない。そして、涙の理由も、目にゴミが入ったからではなかった。


 だが、事情を知らぬ少年を相手にするには、それで十分だった。世界の理不尽や、自身の内面を、大の大人が子供に語るわけにはいかない。エルンストは内心で、苦笑した。


「申し訳ありません!うちの子が……」


 慌てて母親らしき女性が駆け寄り、少年とともに頭を下げて去っていった。


 終始、少年は不思議そうな視線をエルンストに向けていたが、その眼差しが、大人の本心を無垢に見抜く子供特有のものであることに、慧眼なエルンストですら気づくことはなかった。


 母親に手を引かれながら立ち去っていく親子の背を見送り、エルンストは思考の焦点を車内へと移した。


 列車の中には、旧来の言い方をすれば“市民階級”と呼ばれる、ごく一般的な人々が、何の気負いもなく乗り合わせていた。彼らは特別な存在ではなく、特別な振る舞いも見せない。ただ日常の延長として、当たり前のように鉄道を利用している。


 その光景は、グラウエンシュタインで貴族階級として育ち、鉄道を当然のように利用できたエルンストにとってすら、驚くべきものだった。グラウエンシュタインにおいて鉄道とは、主要都市を結ぶ貴族や高級官僚のための移動手段であり、物資輸送を除けば、市民階級が利用できる代物ではなかったからである。


 しかし、エルデンライヒでは違う。


 発達した鉄道網は帝国内の移動に不可欠な社会基盤となり、人と物資が絶え間なく行き交っている。それは帝国の経済が循環している証であり、その基盤を支える労働者たちが、領域内を自由に移動できていることの証左でもあった。市民階級であっても鉄道を利用できるという事実は、社会基盤の成熟と、彼ら自身の経済力の成長を雄弁に物語っている。


 それは、かつての正統ルガルディア帝国時代には想像すらできなかった光景だった。人々が、発展に彩られた時代を生きている――その何よりの証拠が、今、目の前に広がっていた。


 そしてエルンストは、ふと、自分がなぜ奮闘しているのかを思い出した。


 彼の仕事とは、戦争や武力という手段を用いずに、この人々の生活を守ることである。そのために、戦争や武力を“使えるもの”として外交のカードに載せることは、目的の正当化に他ならなかった。理想だけを見つめ、現実を直視せず、あまつさえ人々の代表でありながら守る努力を怠った者たちとは違うのだと、エルンストは示し続けなければならない。


 ならば、自分も征服者であろう。


 憎むべき敵として教え込まれてきたシャルル騎士王ですら、そうであったように。目の前の光景を守るという目的を達成するための、平和愛好家であろう。それが、たとえ“平和的”には見えなかったとしても。


 だが、忘れてはならないことがある。


 エルンストは、根本において理想主義者だった。彼の冷徹な現状認識も、現実主義的な行為も、すべては彼が夢見る世界を実現するための手段にすぎない。人々が戦争や貧困、恐怖や差別に晒されることのない世界――その未来を、彼は決して手放してはいなかった。


 そのために働いているのだと、そう断言できる程度には、彼は世界を理想的に見つめることを、どうしてもやめられない男だった。

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