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第6章:皇帝ヴィルヘルムに栄光あれ!⑤

 大陸暦1274年9月1日


 この日、エルデンライヒ大同盟はその名を『エルデンライヒ帝国』へと改めた。


 帝国となったその国家において、主たる“皇帝”は血統によってではなく、人々の意志によって選ばれる。その政治体制は、後世の政治学において『自由帝政』と呼ばれることになる。


 権力者の血統による継承ではなく、そこに住まう人々の自由意思によって国家の絶対的支配者を選出する――この試み自体は、歴史上、幾度となく試されてきた。しかし、そのほとんどは失敗に終わっている。


 シャルル騎士王を生み出したサンテルラン央王国も、彼の退場後は王制と共和制の間を揺れ動き続け、ついに安定した体制を確立したとは言い難かった。また、カルノヴァ=ストリェッツ共和国の民主共和制は、最終的に民衆の感情的衝動に支配される衆愚政治へと堕し、貴族制との併存は内戦という破局を招いた。


 当時、最も安定した政治体制と見なされていたのは『血統君主制』であり、その象徴こそが王であった。例外は存在したものの、血統という正統性に基づく権力委譲が、総体として最も安定的であったことは否定できない。


 しかし、ヴィルヘルムはその前提を是としなかった。


 歴史を知る彼は、血統に対する人々の信仰にも似た信頼に、確固たる根拠は存在しないと断じた。為政者は血筋ではなく、実力によって選ばれるべきである――それは、かつてのシャルル騎士王の思想を継ぐ『シャルル主義』であった。


 もっとも彼は、実力者を決する手段として内戦や権力闘争を用いることの愚かさも理解していた。また、これまで被支配階層とされてきた民衆が、もはや意志なき存在ではないことも、時代の変化の中で見てきた。


 ゆえに彼は、実力者を民衆の意志と支持によって選び出すという、民主主義の萌芽とも言える大胆な権力委譲に踏み切ったのである。


 これに強く反発したのが、彼の政治哲学の父とも言えるアドリアンであった。だがヴィルヘルム自身も、無条件にすべての民衆へ政治参加権を与えることには慎重であった。すなわち、この制度には明確な義務と制限が設けられた。


 両者が最も重視したのは、「国家に貢献した者こそが、国家の進む道を決める権利を持つ」という思想である。軍人、官僚、役人など、国家事業に従事する者たちがまず投票権の中核とされた。彼らは国政に最も近く、かつ命を懸けて義務を果たす存在であり、皇帝を選ぶ資格を持つ――アドリアンはこの点で一切譲らなかった。


 この考え方は、感情によって票を投じる市民を中核としたカルノヴァ=ストリェッツ共和国の失敗を踏まえれば、極めて合理的であった。ヴィルヘルムもまた、この点に異論はなかった。


 だが彼は、国家貢献の範囲をさらに拡張した。


 すなわち、兵士や役人に限らず、国家や社会に貢献する者は他にも存在し、彼らもまた、自らが住まう国の行く末を考え、決定に参与する権利を有すると彼は考えたのである。


 国営工場や国営農場で働く労働者、社会を支える医師や教師、国家が将来重視する分野の専門家、かつて従軍した者や有事に徴集対象となる者たち――彼らもまた、国家と社会に貢献する存在であると定義された。


 同時に、一般の商人や農民でも、一定の収入を得る職業人であればこの適用範囲に含まれると定められた。これは、収める税額とほぼ同義であったが、要は、しっかり働き一定の収入を得ることで、国家や社会の発展に寄与する者に権利を与えるという観点からである。


 この基準は、時代に応じて調整・更新されるが、決して達成不可能な水準ではなく、市民の政治参加を不当に制限するものではなかった。


 加えて、ヴィルヘルムは女性の政治的権利の拡充にも踏み込んだ。


 働く女性はすでに存在していたが、身体的条件や家庭環境から、基準を満たせない者も多かった。そこで彼は、二人以上の子を国家指定の学校に通わせ、成人まで育てる母親に対して、政治参加権を認める制度を設けた。


 人口維持と教育振興、そして「子を産み育てる行為そのものが国家への貢献である」という考えを、ヴィルヘルムとその妃アーデルハイトは譲らなかった。その結果、女性参政権はルガルディア大陸で最も早く実現することになる。


 これらの参政権や投票権は『資格制選挙権』として、市民の平等な政治参加を制限するものとして後世に批判されることもあった。しかし、当時としては画期的であり、これを契機に市民の政治参加は徐々に拡大していった。ヴィルヘルムの国家がその範囲を広げるにつれ、この制度は人々に最も“正統性が担保された政治体制”として浸透していったのである。


 そして同日、エルデンライヒ帝国初の皇帝選挙が行われた。


 投票権は戸籍に基づき、一定の基準を満たす者に与えられたが、後世ではやや批判の対象となる。なぜなら、有権者は大同盟時代からの人物に限られ、グラウエンシュタインなど旧正統ルガルディア帝国の構成国は含まれず、多くの有権者がヴィルヘルムの改革で登用されたか、忠誠を示した者たちであったため、自然と支持は一人の候補者に集まったのである。このため、第1回皇帝選挙は事実上の出来レースであった。


 しかし、仮にすべての問題が解消され、より広範な投票が行われていたとしても、当時の功績と風潮を鑑みれば、他に有力な対抗馬が存在し得なかったこともまた事実である。


 大陸暦1274年9月2日


 集計結果を基に、エルデンライヒ帝国の初代皇帝が選出され、華々しく戴冠した。


 広場に響いた万歳三唱は、帝国の産声であった。


 皇帝ヴィルヘルム万歳!!


 皇帝ヴィルヘルムに栄光あれ!!


 エルデンライヒに栄光あれ!!


 こうして、ヴィルヘルム・フォン・ローゼンベルクは、エルデンライヒ帝国初代皇帝となった。彼の頭上に戴く冠は、かつて正統ルガルディア帝国の“不在の皇帝”を象徴した帝冠を基に再加工されたものであり、そのダイヤモンドの輝きは変わらず眩しかった。


 なお、エルデンライヒ帝国の成立時期については、複数の説が存在する。


 大同盟成立をもって帝国誕生とする説、正統ルガルディア帝国の終焉をもって成立とする説、そしてこの皇帝戴冠の日を正式な成立とする説である。


 いずれの説も、国家成立と国家承認の観点から議論の対象となる。


 すなわち、国家の成立とは「自ら名乗りを上げ、国家体制が完成した瞬間」を指すのか、あるいは「他国にその存在を認められた瞬間」を指すのかという古典的な問いに基づく議論であり、決定的な答えは存在しない。


 前者の観点に立てば、先に挙げた成立時期の諸説のうちどれが正式かを議論することになる。一方、後者の観点に立てば、『皇帝』を僭称する支配者の国家を正式に承認する国家は、ルガルディア大陸には存在していなかった。


 だが一つ確かなことがある。


 政治体制が整い、実行支配が成立し、外部からそれを妨害できない段階に達したとき、その政治的共同体は“国家”となる。


 その意味において、エルデンライヒは国家であり、ヴィルヘルムは皇帝であった。


 彼がそう名乗り、現状において何者にもそれを阻止できなかった瞬間、彼は皇帝となったのである。


 そしてその瞬間、世界は彼の敵となった。


 すなわち――


 エルデンライヒ帝国の成立と皇帝ヴィルヘルムの戴冠は、彼が“世界そのもの”を相手取る戦いへ踏み出したことを意味していた。


 彼の真なる「世界の果てへの旅路」と、「歴史の終焉への戦い」は、この時、ようやく始まったのである。

ここまで作品をお読みくださり、本当にありがとうございます。

これにて【第3編 帝国の盟主】は完結となります。


次回からは新編に突入いたします。ちょうどGWに入る時期でもありますので、投稿頻度を少し増やしてお届けする予定です。

そのため、普段とは異なる時間や曜日での投稿になる場合がありますが、あらかじめご了承ください。


それでは、新編でお会いできるのを楽しみにしております。

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