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第5章:五十日間戦争⑩

「実に上々だ。戦場での勝利においても、政治での勝利においても」


 かつて戦場であったアルトグレーツを見渡しながら、ヴィルヘルムは感嘆の声を漏らした。


 包囲殲滅戦の様相を呈していた戦場は、もはや長くは持たなかった。総司令官オットー3世の逃走によって正統帝国軍の指揮系統と士気は瓦解し、前線部隊はそれぞれの指揮官の独断で降伏や投降を申し出たのである。もっとも、仮にオットー3世が戦場に踏みとどまっていたとしても、戦局をグラウエンシュタイン側に有利に導けたとは言い難い。それでも指揮官の逃亡は少なからぬ動揺をもたらし、結果として『アルトグレーツの戦い』は、ヴィルヘルムの率いるエルデンライヒ軍による圧勝という形で幕を閉じた。


 損害の差は歴然としていた。エルデンライヒ軍の死傷者はおよそ9千にとどまった一方、正統帝国軍の死傷者は5万を超え、生き残った兵の多くも投降して捕虜となった。その数は実に10万に達する。あまりにも膨大な捕虜を前に、全員を収容するのは現実的でないと判断したヴィルヘルムは、グラウエンシュタイン軍以外の帝国諸侯軍の一部を武装解除のうえ解放した。彼らは小国の軍勢に過ぎず、解放したところで再び大きな脅威となる可能性は低い。捕虜として拘束しようと帰還させようと、危険度に大きな差はなかったのである。


 降伏の混乱に乗じて逃亡を図った部隊も存在したが、ヴィルヘルムは当面これを黙認した。本音を言えば殲滅し、抵抗力を完全に奪いたいところではあった。しかし、彼らの旗印であった総司令官オットー3世の身柄はすでに押さえている。組織的抵抗を再構築する余力はもはや見出せず、この戦いはほとんどヴィルヘルムの完勝と言って差し支えなかった。


「おめでとうございます、陛下」


 同じく現地に駆けつけていた参謀総長ヘルマンが、ヴィルヘルムの勝利を祝福する。


「ヴィルヘルム陛下は本日の戦闘のみならず、この戦争そのものに勝利なされました」


 その気の利いた言葉に、ヴィルヘルムは満足げに微笑んだ。


「ああ、我々の勝利だ」




 『帝国盟主大戦』とは、正統ルガルディア帝国を舞台として勃発した一連の戦争を総称する呼称である。その中心を成したのは、エルデンライヒ大同盟と正統帝国軍との激突であったが、戦火はそれのみにとどまらなかった。


 『サルヴィア大反乱』や『サンテルラン央王国の侵攻』をはじめとする、二つの“帝国”を名乗る勢力同士の衝突を火種とした戦役も各地で相次ぎ発生している。これら無数の軍事的衝突と政治的動乱の連鎖は、名実ともに正統ルガルディア帝国の崩壊を意味するものであった。それらすべてを包含する歴史的事件群を、人々は『帝国盟主大戦』と呼ぶのである。


 そして、この大戦の中核を成した、二つの帝国による直接対決のみを切り取った個別の呼称も存在する。


 その名を――『五十日間戦争』


 大陸暦1274年3月20日に開戦したこの戦争は、同年4月23日の『アルトグレーツの戦い』において、エルデンライヒ軍が正統帝国軍に決定的勝利を収めたことで、事実上の趨勢が定まった。以後も散発的な小規模戦闘は続いたものの、いずれも戦局全体を左右するには至らなかった。


 諸抵抗を排除しつつ進軍を続けたヴィルヘルムは、ジークハルトを先発させたうえで、グラウエンシュタイン大公国の首都ノイ・ヴィーンへと向かい、同年5月8日に同地へ到達する。そして翌9日、この戦争は完全なる決着を迎えた。開戦から終結まで、日数は正確に50日間。戦争の規模に比してあまりにも短期間での終結は、ヴィルヘルムの卓越した才覚を強く印象づける、歴史的偉業として後世に語り継がれることとなる。


 要するに、この『雷鳴王の親征戦争』は、ヴィルヘルムを世界史的次元の重要人物へと押し上げるための前哨戦に過ぎなかった。この五十日間戦争こそが、彼の“帝国”の誕生を告げる産声であったのである。

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