第5章:五十日間戦争⑨
「……ってわけでさ。俺がまた勲章ものの働きをしたってことだ。そろそろジークハルトから団長の座を譲ってもらってもいい頃合いだと思わないか?」
「すまないね。そのジークハルト君という人物を、俺は知らないんだ」
この功績を挙げたのは、意外と言うべきか、やはりと言うべきか――カールであった。
「へっ!あいつも大して名が知られてねえんだな!」
「とはいえ、君の名前も知らないが」
「さっき言っただろ!カールだよ、カール。“突撃のカール”だ!」
「なるほど。覚えておくとしよう」
応対しているのはライヒェナウである。
彼はエルデンライヒ軍の包囲網を辛うじて突破し、間もなく落ち延びられる――そう思った矢先、なぜかエルデンライヒ軍の騎兵部隊に発見され、執拗な追撃の末、捕縛された。
しかも、その指揮官が目の前の男――カールだった。
逃げ足には自信があった。戦場で捕まるなど、ライヒェナウにとって初めての経験であり、どう振る舞うべきか判断がつかなかった。
「で?どいつがオットー3世だ?」
――運がいい。こいつは馬鹿だ。
ライヒェナウは内心でそう判断した。
幸か不幸か、カールはオットー3世の顔を知らなかった。誰がその人物か判別できない。にもかかわらず、ここに“それ”がいると確信しているのは、本人にも説明できない野性的な勘によるものだった。
ライヒェナウはこれを好機と捉えた。
正体さえ割れなければ、逃走か、あるいは交渉による解放もあり得る――そう高を括っていた。
「とりあえず……お前は違うな。若すぎる」
乾いた銃声が響いた。
ライヒェナウの部下の頭部を、拳銃弾が貫いていた。
――運が悪い。こいつは馬鹿だ。
カールへの評価は、瞬時に反転した。
「……おいおい。乱暴すぎないか?一応、俺たちは捕虜なんだが」
「前にさ、グラウエンシュタインの将校が言ってたんだよ。戦場では兵士にも息抜きが必要だって」
そう言って、カールは肩をすくめた。
「……確かにここは戦場だ。だから――」
二発目の銃声。
また一人、兵士が崩れ落ちる。
「戦場の習わしに従って処分してるだけだ」
「……」
パルミラートの一件で、カールは最も“大人な”対応を見せた人物の一人であった。
だがそれは、彼が敵の非道に憤らなかったからでも、戦場の倫理を理解していたからでもない。
「で?年齢的に言って……お前か?」
合理性が抜き身になった怪物――それが、カールという男だった。
利益になることを迷いなく選び、意味のないことには一切の興味を示さない。欲望に忠実なのでもなく、功名心に囚われているわけでもない。
ただ、その場において“最も正しい”行動を取る。
それが後に評価されるからこそ奮起する。
なぜなら、その行動は他者の目から見ても「正しい」「良い」と認められるものだからである。
その子供のような無邪気さを抱えたまま、彼は大人になった。
自らの性質を言語化する必要も感じず、周囲から馬鹿だと思われても気にしない。
だが、決して頭が悪いわけではなかった。
「……君は、頭がおかしいな」
「まあな。親父にもよく言われたよ」
カールは笑い、手にした拳銃の撃鉄を起こす。
「でもさ。ここじゃ誰もそんなこと言わねえ。仲間はなんだかんだで俺を受け入れてくれる。そんなダチを傷つけられたんだ。頭に来るのは当然だろ?」
ライヒェナウの額に、銃口が突きつけられた。
「だから今回は……勲章より、そっちが優先だ」
「わ、私だ!私がオットー・フォン・グラウエンシュタイン大公だ!だから命だけは助けてくれ!」
引き金が引かれる直前、オットー3世は叫んだ。
それはライヒェナウを救うためではない。目の前の騎兵指揮官が、自分の頭を躊躇なく撃ち抜く――その可能性を、もはや否定できなかったからである。
「……あ?お前かよ」
カールは拍子抜けしたように言い、雰囲気を一転させた。
「やたら喋るから、そっちかと思ったのに」
命拾いしたことを実感しながら、ライヒェナウは問いかけた。
「……君、名前は?」
「だから言っただろ。カールだよ、カール。“突撃のカール”」
ライヒェナウは、生涯その名を忘れることはなかった。
「……こっちは外れか。となると、当たりを引いたのはカールの方だな」
馬上で歩みを進めながら、ジークハルトは自身に課された最重要任務を果たせていないことをはっきりと自覚していた。
オットー3世は首都ノイ・ヴィーンへ撤退した――そう判断したジークハルトは、機動戦闘団の本隊を率いて一路ノイ・ヴィーンへ進軍していた。だが道中、カールが「こんなに集まってても効率悪いだろ。俺は別の場所を当たってくる」と言い残し、単独で離脱してから戻っていない。
カールは馬鹿だ。だが、勘と戦場感覚に関しては侮れない。
戦果が見込めないと判断すれば、あっさり本隊に合流する男である。そのカールが戻ってこないという事実は、彼が“見つけた”と考えるのが自然だった。
「どうするの?引き返す?」
並走するシャルロッテが問いかける。
だが、ジークハルトはほとんど考える素振りも見せずに答えた。
「いや、このままノイ・ヴィーンへ向かう。首都攻略は……さすがに今度こそ怒られそうだからな。抵抗勢力が出てきたら排除して、あとは包囲。主力の到着を待つ」
「……いい加減、シュトラウセン大佐の言うことも聞きなさいよ。あの人の方が上官なんだし、私たちに命令する権限もあるんだから」
「あいつは考えすぎなんだ。同じシュトラウセンでも、ヘルマン先生の方がずっと話が早い」
「それも禁止。本人気にしてるみたいだから、やめなさい」
「はいはい。じゃあシャルロッテ、後方警戒を頼む」
そう言って、ジークハルトは説教を打ち切るように愛馬の脚をわずかに速め、先頭警戒集団の方へと向かった。
「……いつか大喧嘩しても知らないわよ」
シャルロッテのその懸念は、後年になって現実のものとなる。
もっとも、この時点ではまだ“嫌な予感”という程度に留まっていたのだが。




