王の兄
「良いではないですか、王よ。」
その声の方を向けば、白に近い銀髪に、王様と同じブルースカイの瞳の男性が立っていました。
「兄上…。」
「これは、イルバニア殿下。殿下までこのような…」
王様の、お兄様?
「これは、王、久しいですね。何やら可愛らしいご側室をおもちで。」
王様には、ご兄弟が何人かいらっしゃるようですが、全て母君が違うと聞いています。この方は…?
「ご側室の、いえ、ご寵姫の我が儘には史上最強と謳われる王も逆らえないらしい。よろしいではないですか。その毒殺未遂の娘、再審議しようではないですか。」
「なっ!我が儘って!」
イルバニア殿下の言葉に私はカッとなるも、
「ハナコ…。」
王様に諌められる。
「兄上。この者の我が儘ではなく、余自身もこの刑の執行には思うことがあります。故に、再審議を望みます。よろしいでせすね?」
「これはこれは、噂通りの溺愛ぶりだ。ええ、私の方からもそう話しておきましょう。では、王、ご寵姫様。」
そう言うと、イルバニア殿下は去っていく。一見、穏やかな雰囲気の方。ですが、王様と同じそのブルースカイの瞳は最後まで笑うことがなかったです。
「ごめんなさい…。」
後宮、青の間。
あの後、侍女の死刑執行は正式に再審議されることとなり、現在再び自室のリビングルームです。
「ハナコ?」
王様以外に、グレースさんもいらっしゃいます。
「私のとった行動が、あのような場で、我が儘と…王様の、側室、寵姫、の我が儘と言われてしまいました。」
私は自分のとった行動に後悔はしていません。何より、あの侍女の再審議がされることとなりました。
…私の、王様の寵姫の我が儘で。
「そう気にしすぎるものではありませんよ、ハナコ嬢。」
「でも…。」
そんな風に言ってもらえるのは嬉しいですが、これでは王様が、我が儘を言う側室を甘やかしている王、という、何とも言い難い不名誉なレッテルを貼られた気がします。
「ハナコ、俺は今回のことは良かったと思っている。ハナコの言う通り、あの者の刑の確定は些か強引であったしな。それに、そもそも黒幕、あの侍女に指示を出した者をこのままにしておく気はない。」
「指示を出した者…。」
ヒルレイナ様主催のお茶会に、ヒルレイナ様の侍女って…
と、誰もが暗黙の答えを口に出そうとした時、ノックの音が聞こえました。アイリーンさんが対応します。王様がいらしているときに、他の方が来られるのはあまりないのですが…。
「ハナコ様、ルシフィーナ様がお会いしたいと…。」
「今ですか…?」
「はい。そのようでございます…。」
ルシフィーナお姉様、何かあったのでしょうか?
王様に伺うように視線をやると、頷き返してくれます。
「お通ししてください。」
アイリーンさんに言うと、かしこまりました、と言い、遣いの方に言伝てします。それから間もなくしてルシフィーナお姉様はやって参りました。
参ったのですが…、
「これはこれは、王、ご寵姫との憩いのお時間に失礼します。」
と、きっちり臣下の礼を尽くしながらも、王様への挨拶はあっさりと終らせ、
「ふふ。子猫ちゃんは相変わらず可愛いわね。しかも聞いた話ではなかなか勇敢ね。」
そう言って、私の髪を撫で、
「まあ!グレース様!お久しぶりですわ!!ふふふ。相変わらず何てお美しい方。ふふふ。」
と、グレースさんに熱い視線を送っております。
…えっと、フラグ、ですか?
ああ、でも、ルシフィーナお姉様、大胆ではありますが、実はお耳が真っ赤です。なんだか、色っぽいお姉様の可愛らしいところを垣間見た感じです!!
「お姉様…」
「なぁに、子猫ちゃん。」
ルシフィーナお姉様が色っぽく首をかしげて私に問い返します。
「私!応援します!」
「まあ!」
「ブフォ!」
「ハナコ嬢!?」
私の言葉に嬉しさからか頬を蒸気させ、抱き締めて下さるルシフィーナお姉様。
何故かお茶を吹き出す王様に、そして珍しく悲鳴の様にグレース様が私の名前を叫びます。
此処は王の後宮…いやしかし王は…
と、グレース様が何やらブツブツおっしゃり、それを、ルシフィーナお姉様はうっとりと見つめており、王様は俯き、顔を片手で覆い、何故かぷるぷる震えています。
「えっと…」
皆様色々忙しそうですが、今はそれどころでは、と私が思い直した時、
「あら、ごめんなさいね、子猫ちゃん。私は何もグレース様に会いたいがためだけに、この様に失礼を承知で押し掛けたわけではないのですわよ。」
と、ルシフィーナお姉様がおっしゃいます。
「そうなのですか!?お姉様。」
ルシフィーナお姉様は、勿論よ、とグレースさんに相変わらず熱い視線を送りながら話始めました。
「もう間に合わないかと思ったのですが、子猫ちゃんのお陰で間に合いましたわ。ヒルレイナ様の侍女のうち、毒殺未遂の犯人とされる侍女と仲の良かった者が、今回の毒殺未遂は、ヒルレイナ様の自作自演だと、そう証言しましたわ。」
「な!?それは本当ですか!?」
「だが、証拠がなければ…」
グレースさんが驚き正気に戻り、王様がお顔を上げます。
「所詮、たかだか小娘の考え。我が家の手の者に探らせましたらしっかり残していましたわよ、毒を依頼する家紋入りの書簡。」
「ガルニア家の手の者か…。」
王様が何故か忌々しそうに呟きます。
「あら、王。失礼ながら信用出来る、極限られた者だけではたかだか侯爵家でもまかりならないのですわよ。何とやらは使いよう。人間誰しも危ない橋は渡りませんこと。裏切る必要がないときは裏切りませんし、その者の、家の利に叶う場合はきちんと仕事をするものです。信用出来ぬからと誰も彼も近付けぬのは、些か心狭きこと、だと私は思いますの。」
王様が冷たい瞳でルシフィーナお姉様を見据えます。
「そうですね!王様は些か人見知りが過ぎるかもしれません。」
「ハ、ハナコ!?」
「ハナコ嬢…。」
王様が驚き、グレースさんがやや呆れ気味に言うと、ルシフィーナお姉様が、子猫ちゃんはわかってるじゃない、と、得意気にふふふ。と笑います。
「だって王様は王様なのに、お側にはグレースさんかグレンリードさん、後は最低限の方しか近寄らせませんし…王様と言えばある程度は人を側に置き、見なければなならないような…」
私は帝王学的なことはわかりません。国政のことも、グレンリードさんから教わったことでしか、知りません。それこそ比べようがないですが、王様と比べたなら、私の知識など子供のそれと変わらないことはわかりきっています。ですが、
「見る、だと?」
王様が、やや憮然と私に聞きます。
「は、はい。私は無知で国政のことなどよくわかりませんが、どんなに優れた王様と宰相様がいても、一国をその方々だけで担うのは無理だと言うのは、わかります。だからこそ、他にも各大臣やら何やら沢山おられるわけで。今でも勿論、王様はご立派に国を治めておいでですが、もう少し、周囲を見て、信頼とまではいかなくても、頼りにされたりしたら、ご負担が減るのでは、と…。」
王様も、グレースさんはとてつもない激務なのです。朝から晩まで働きづめと言っても過言ではありません。
「要は、もっと周囲を王のその目で見て、上手に使え、と、そういうことよね、子猫ちゃん。」
上手く言えない私の言葉をルシフィーナお姉様が纏めます。
「は、はい。簡単に言ってしまえば。」
王様はこの国を、世界をきちんと見ている、そう街の方々はおっしゃっていました。だから、その目でもっと周りの方々も見てみると良いのでは、とは、あの閉鎖的な王様の執務室でお仕事をしている時から思っていました。
勿論、私などが口で言うほど簡単な事ではないとは思うのですが。
「見る、か…。」
王様が呟きます。
「ふふふ。王ったら、良いご側室をおもちね。」
…ルシフィーナお姉様、貴方も側室の一人です…。