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宇宙の神籬(そらのひもろぎ)  作者: リレイ飛鳥


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第一章 相続 ~その弐~

7月17日(日曜日)

 来訪を知らせるチャイムが鳴る。

 ベッドの中で、ぼんやりとした頭でそれを聞く。間違えて押したのだろうと決めつける。訪れてくる奴などいないからだ。

 ふたたびチャイム。今度は二度せわしなく鳴った。

 力の入り切らない身体を起こし、とりあえずスマホで時間を確認する。

 午前11時30分。久しぶりの休みだから昼過ぎまで寝ていようとしていたのに……多少憤ってモニターを覗く。

 見知らぬ爺さんが映っている。ゴマ塩頭で丸顔の老人だ。一応、返事をする。

「ああ、福山(ふくやま)さんかな。東畑(ひがしはた)やけど……」

 懐かしい響きだ……で、思い出した。父に言われていたことを。今日、敬神会の会長が訪れてくるのだということを。

「すいません! いま開けます」

 と断り、慌ててデニムのパンツを掃き、Tシャツに首をつっこむ。

 ベッドが置いてある居間の扉を閉めて、キッチンを見回す。

 テーブルの上には、昨夜の食いかけのピザとお茶のペットボトルが転がっている。汚れてもいるが、お客を上げるわけでもないので、そのままにしておいて、玄関のドアを開けた。

 二人の男が立っている。一人は東畑と名乗ったお爺さん、もう一人は、スゥーツを着こなした中年の男。

「福山……ええっと……」

「けんしん」

 東畑が俺の名前を言えなかったため、隣の男が捕捉した。

「そうよ。あんたが、福山(ふくやま)憲(けん)信(しん)さんやね」

 フルネームで呼ぶ必要があるのかと訝ったが、そうだと玄関に立ったまま答える。

「お父さんから聴いていると思うけど……あんたの伯父さんの、善方偉さんが亡くなったのやさ……71やね、若かったけど、突然で……」

 俺はうなだれて見せる。

「それで……色々と手続きがあってね」

「手続き、ですか?」

 面倒なことになるのだろうかと、少し気が滅入る。

「そうなんや。それで、説明しなければならんので……」

 言葉を切って、東畑は困ったような顔をする。

 ピンときた。というか、気がついた。部屋に入れてくれということだ。

「どうぞ、お入りください」

 うっとうしかったが顔には出さず、二人の男を部屋へ招き入れる。

 二人を立たせたまま、テーブルの上に散らかっているピザの箱とポテトの袋をゴミ箱に捨て、汚れた皿を流しに放り込む。続いて、乾せている布巾を濡らし、テーブルの上を拭いた。

「どうぞ」

 キッチンには椅子が二つある。来訪者二人はその椅子に座ってもらい、俺は、居間兼寝室からデスクについている椅子を持ってきて、二人とテーブルを挟んで座る。

「名古屋は暑いな……」

 東畑はズボンのポケットからハンカチを出し、額を拭う。

「もうすぐ、エアコンが効いてくると思いますので……」

 すぐにエアコンの調整を強にする。

「こちらは、司法書士の松方(まつかた)さんや」

 東畑は、隣に腰かけている男を紹介した。松方はすぐに名刺を出して、俺に手渡す。

 こちらも名刺を渡すため立ち上がりかけたら、松方は要らないと手で制した。

「確認までに、あんたのお母さんは?」

「静(し)鶴(づる)ですが……」

「そうそう。亡くなっとるもね」

「はい。ずいぶんというか……私が5歳の時にですが」

「何年前です?」

 松方が質問する。

「二十……二年前ですか」

 計算しながら答える。松方は書面を確認する。

「それで……お母さんのお兄さんが……伯父さんの、善方さんやね」

 くどいと思いつつも、「はい」と答える。

「間違いない」

 東畑は松方に頷いてみせた。

「それで……簡単に言うと……」

 と言ったものの、東畑は腕を組んで考え出した。

「……はい」

 と促してみる。 

 東畑は決心がついたとばかり、顔を上げて俺を見つめる。

「善方さんの親族はあんただけだから、継がないといかんのやさ」

「……なにを、ですか?」

「そりゃ……神社やさ」

 じんじゃ!

 頭の中がスパークする。

 神社を継ぐとはどういうことなのだろうかと……? 

 小さいながらとはいうものの、お社(やしろ)を所有することなのか? それとも、神主を遣れということなのか? 御祭神(ごさいしん)はどうする?

「私から説明させてもらいます」

 松方は、埒(らち)が明かないとばかり口を挟む。

「あなたの伯父さんにあたる善方偉さんが、7月の16日に亡くなりました。死因は心臓麻痺で、享年71歳です。葬儀はすでに終わっています。遺品を整理していたら……その前に、血縁者が地元にいませんので、神社の神主をされていた関係上、敬神会の方々に協力を賜りまして、遺品を整理してもらいました。すると、遺言状が出てきました。それが、これです」

 黒い大きな鞄から、A4の用紙を一枚出す。

「えっ?」

 オフィスで普通に使用するコピー紙だったので、一瞬、騙されているのかと戸惑う。

「おかしく思われるのは当然です。推測するに、遺言状を作る準備をしていたものだと思われます。これはメモですが、署名がされていて、本人の文字だと確認されておりますから、これだけでも法的には認められます。ご確認ください」

 と言われても、何を確認すればいいのか分らない。


 ーー舟喜神社を、甥の、福山憲信に嗣がせるーー


 と、ボールペンで認(したた)められている。

「ご覧の通り、神社を、甥である、憲親さんに相続すると記されております」

「……はい」

 返事はしたものの、ミステリードラマの主人公になったような、おぞましいものを感じてしまう。

「神社を相続するというのは、あまりにも抽象的でありますので、解釈としては、神社の建物とその敷地を相続するということにします」

「……はい」

「山は関係ないのだろう」

 東畑が口を挟む。

「そこなのですが、登記を調べてみますと、山の……何ていう山でしたか?」

「舟喜山(ふねきやま)」

「そうです。というか、正式には名前が無くて、舟喜神社があるということで、通称、そう呼ばれているのですが……」

 神社が置かれた山をイメージする。高校生の時に登ったことがある。円錐状の小さな山だ。その中腹に、舟喜神社が鎮座している。

「舟喜山は登記されていないのです」 

 と、松方は俺を見つめる。なにか重大なことを告白したようだ。だが、何のことなのか分らない。

「ここが難しいところでして……舟喜神社は、善方家の所有されているものです。ですから、神社本体は、憲信さんが相続することができます。希望されればですが。しかし、神社を相続するとして、土地をどこまで、それは、山、ですね。どこまで相続すればいいのかが、確定できないのです。ただし、慣例として、名前が示すように、山と神社は一体のものと解釈されていますから、長年、というか、昔から、善方家が所有してきたといえます」

「そこは……神社がある土地は憲親さんで、山は敬神会でいいのだろう」

 東畑が口を出した。

「以前、ご説明したとおり、敬神会には法的な団体としての登録がないのです。ですから、敬神会は山を相続することができません」

「私が会長をしているのだから、私の名義でもいいだろう」

「それはぜったいダメです。もしそうされるのなら、敬神会の総意が必要で、総会を開いてもらわないといけません」

「総会くらいいくらでも開くさ」

「ちょっとお待ちください。その前に、福山さんに理解してもらわないといけませんから」

 よろしいですか、と念を入れてから、松方は俺に話し始める。

「ここでややこしいのは、この神社は、善方家の所有なのですが、善方偉さんの所有ではなく、偉さんの祖父に当たります、ええっと……」

 松方は登記書類を出して見る。

「……正比(まさひ)古(こ)さんが、昭和元年に登記なさっておられるので、その正比古さん、それは、憲信さんの曾祖父に当たる方ですが、未だ、その方の所有ということになっております」

 目眩がしそうだ。

「ですから、早急に、高山市役所の丹沢(たんざわ)支所に出向いてもらいまして、確認してもらう必要があります」

「私が、ですか?」

 面倒なことだと気が滅入る。

「もちろんそうです。ご本人が行かれるのが、面倒がなくていいです」

 面倒がないと言われてしまった。

「それで、来られましたら、そのときにもう一度説明させてもらいますが、いまは聴くだけきいてください。支所で、戸籍謄本を取って頂く必要があります」

「……はい」

「ご自分と、偉さんの分ですが、偉さんに、憲信さん以外に法的相続人がおられないことを確認します」

「……はい」

「そのうえで、今度は、法務局へ出向いてもらい、土地の登記の手続きにうつります。もちろんそれは、私どもの方でもできますので、お任せ頂ければ、やらせていただきます」

 思わず、お願いします、と言いそうになる。

「山の登記もするのか?」

 腕組みしたまま、東畑が松方に訊く。

「もちろんそうなります。もっとも、測量してもらわないといけませんが……何分、昭和初期のことですから……どこまで登記しなければならないかと……」

「山なんか貰ったって、管理なんかできんぞ」

「それは、憲親さんの問題なので」

 敬神会は関係ないでしょう、という話だ。

「神社にしてもそう。誰が神事を執り行なうんだ」

「……」

 松方は黙ってしまった。全ては登記してからだと何度も言っているのに、その後の心配ばかりしているからだ。

 俺も気が滅入ってしまった。神社を譲り受けても、確かに、神事というか、お祭りなどを行うことはできない。結局は、敬神会にお任せということになりそうだ。

 第一、何度も高山へ行くことなど不可能だ。

「とにかくですね……一度、高山に来てもらって、神社を見てください。そこからですから」

 話を纏めるとばかり、松方は遺言書もどきの書面をカバンに戻した。

「ああ、それから、実印を用意してください。併せて印鑑証明を、何枚か、最低でも三枚は要りますから、来られるときまでにお願いします」

 それだけでも区役所へ出向かなければならない。仕事のことを考えると、ため息が出そうになってしまう。

 それを見て、東畑が、

「面倒だろう」

 とこちらを窺う。

「目が回りそうやろう」

「そうですね……」

「だから、相続したら、というか、相続を放棄して、こっちへ、ではなく、敬神会へ任せればいいのやさ」

 どこまでも拘っているようだ。

「それを行うにしても、憲信さんが相続なさってからでないとできないですよ」

 東畑は少し考えてから話し始める。

「言っとくけどな。知っておいてもらう必要があるからだけど……善方は何にもしなかったのや……。社務所だって、こっちで造ったのだし、境内まで道を、山道や、トラックで色んなものを上げないかんで、敬神会というか、俺のとこの会社で引いたんだ」

「そうですか……」

 としか言えない。何も事情を知らないからだ。

「祭事はどうするのよ、という話や。そうやろう」

 東畑は同意を求める。

「あと二月(ふたつき)もすれば、九月の例大祭があるけど、神主がおらんのや。北山八幡宮に禰宜(ねぎ)を頼むにしても、全部、敬神会が取り仕切らないかん」

 ここまで聞かされたので、譲る手続きが今出来るなら行おうと、考える。

 だが、松方は察したのか、遮った。

「まずは、一度、神社をご覧ください。それからでも遅くはありませんから」

 と、こちらを見つめる。

「まあ、取り壊してもいいのやけど……古い社やし……」

 言い分が認められないので、やけ気味に東畑が呟いた。


 古い社……舟喜神社。

 10才だった。

 境内に続く、200段ある石の階段を駆け上っていく。数えつつ行くが、最後まで数えたことはない。

 絵馬殿の横に仮宮を拵え、ご神体を遷す。

 境内には篝火が灯され、誰もが立ったまま傅(かしず)いている。俺は父の隣にいた。父も他の人と同じように傅いていた。

 伯父の偉が、白の狩衣に白い烏帽子、顔を覆う白い布を着けた姿で、神殿から降りてくる。

 見てはいけないと注意を受けていたが、頭を下げつつも、上目で少年の俺は一部始終を目撃していた。

 神事が終わり、社務所で直来(なおらい)が行われた。俺は父の手伝いをして、お酒などを運んでいた。そのうちに眠ってしまった。

 夜中、ふと目覚めた。社務所の中には、父と伯父が寝ている。明かりがないのに部屋の中が明るいことに気がついた。

 寝返りし、窓を見ると、パッパッパッ、と短い間隔で強い光が当たっている。何だろうと見ていると、小さな人影が窓の外を横切っていった。

 激しく驚き、恐ろしくなり、布団の中に潜った。幽霊を見たのだと、ぶるぶると震えていた。見てはいけないと言われていた神事を見たためにバチが当たったのだと知り、無性に怖かった。

 それ以来、手伝いに行っていない。


 神社を継ぐことなどできないが、一度見てこようと、休暇を取ることにした。三日間も。

 仕事の関係上、休日は不定期で、残業も当たり前にしている。三週間連続で働いたこともあるし、夜の九時前に帰宅したことなどない。

 その俺が三日間の休暇を申し出た。室長は、呆れたのを通り越し、「あっ、そう」、とだけ呟いた。良いとも悪いとも言わない。そのままデスクの上の書類に目を落とした。

 俺は居心地が悪くなり、頭を下げると、デスクから身を退いた。

 番場が、顎を上げてこちらを見つめていた。蔑みの表情で。塚本にいたっては、薄らと笑みさえ浮かべていた。どういう心境なのかちょっと計りかねる。

 広いオフィスを横切り、好奇の視線を受けつつ、俺はエレベータホールへ出た。

 ひょっとすると、週明けに来たときには、俺の席は無いかもしれない。

 三日間の休日を申し入れたのには、神社の価値は計れないが、山は売ることができるのでは、という目論見があるからだ。幾らになるのかまったく見当はつかないが……。



  第二章につづく


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