中編・上
幹人はそう言ったものの話すのを躊躇っていた。暫しの沈黙の後に重い口を開いた。
「こういうこと言ったら気分害すかもしれないんだけど、淳のあの実家は……気の流れが淀んでいるよな。何か悪い気が泥炭の沼のように堆積してる感じがしたんだ」
淳は幹人のその言葉を聞いた途端に、全身に悪寒が走った。
何故なら、淳も母・博子も幹人とまったく同じ事を感じていたからなのだ。
「僕も母もあの実家の家は……何と表現したらいいか分からないけど。人が住んではいけない家。悪意が満ちた家だと感じていた。だからあの家のことを“悪魔の家”と呼んでたんだよ。幹人がそれを感じ取っていた事にびっくりした」
淳がそう伝える。
幹人は更に話を続けた。
幹人の話では、彼の知人の家も淳の実家と同じだったという。不穏な嫌な雰囲気に満ちていたいたというのだ。コンクリートの塀は黒ずみ、庭は雑草が生い茂る。家に近づくと金属音のキーンという耳鳴り。誰も居ないのに囁きかける声。
その家庭は家庭不和に陥り、最終的には夫が奇声を発して裏山へ向い、そこで首を吊って自殺したのだという。
その家の雰囲気と淳の実家の雰囲気がそっくりであり、立ち入っては行けないと本能的に感じたそうなのだ。
幹人は淳にあの家にはもう行かない方がいいと警告してくれた。
確かに、淳があの家から引っ越す事になる直前おかしなことばかり起こった。毎晩のように家鳴のようなパキンパキンというラップ音。台所ではティースプーンが勝手に中を舞い淳に飛んできた。攻撃的な威圧。まるで早く出て行けと警告しているようである。
父・孝之の多量の飲酒が原因で家庭不和も末期状態であった。母・博子も脳幹梗塞などで入院したり、救急で何度も緊急入院が続いていた。
霊感がある母は頻りに「あの家に居たら殺される」と言って、淳と次男を連れてあの家を出た。
しかし、父はあの家に魅入られてしまい、まるで人が変わってしまったかのように家に執着していた。
己の考えや想いに固執し、もう誰の言うことも聞かない状態であった。
今になって考えると――
あの家には新築で越してからずっと女の霊が棲みついていた。
深夜三時二十分に二階。
階段をあがるった四畳半の踊り場。
その壁に――
死装束姿の真っ白な着物。
腰まで伸びた黒髪。
俯き姿で立っているのを毎晩目撃していた。
淳以外、誰も居ないのに家の中で歩き回る足音。
複数人が会話している話し声。
ガタガタと揺れる閉まっている仏間の扉。
ぽたぽたと湿った水の音。
パキンパキンと小枝が折れるようなラップ音。
観葉植物が次々と枯れる。
野鳥が頻繁に庭先で死んでいる。
飼っている犬が何もないところに向かってじっと見つめていたり、吠えたりしている。
飼っている犬が次々と死ぬ。
幹人の話では淳の父は家に取り憑いている。その悪魔のような存在が淳の父を狂わせ不幸にし、命を奪ったのだと言うのだ。
父・孝之の元に戻って実家で一緒に暮らしていた次男・隼人。「次に命を狙われていた」とも幹人は言った。
父の死後、実家から淳のアパートへ再び戻った隼人に対して、母はその異様を感じて怖がっていた。
淳も隼人の様子がおかしいとは感じていた。
飼い猫もいままで誰にも威嚇したことがないくらい猫にしてはおとなしく穏やかな性格。だが、隼人に対してだけは威嚇したり、近寄らなかったり明らかに嫌がっていた。
淳も隼人のただならぬ雰囲気というか、何か善からぬものが取り憑いている感じがして隼人の目が怖かった。
隼人はあの実家に一人で住むとか言い出したり、明らかに様子もおかしかったのだ。
淳が友人の幹人に警告された事を母と弟に話をした。
あの家に淀む悪しき存在――
次は隼人が狙われていること。あの家には近づかないことを弟本人に伝えた。
あの家に棲みついている悪魔のような力のある悪霊。人の命を蝕みそして奪う力を持っていている。危険である事を淳たちは理解したのだった。
―(つづく)―




