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第07話『情報開示1回目』

「総理、天自艦隊に出向いていた〝てるづき〟から連絡が来ました」


 四月十二日、十九時。

総理官邸、総理執務室にて連絡を待っていた佐々木総理に、片岡官房長官が入室して報告をした。


「そうか。会話は出来るか?」

「そうおっしゃると思ってパソコンを持ってきました。防衛省の専用暗号回線を通していますので外部に漏れる心配もありません」


 官房長官の腋にはノートパソコンがあり、執務机の上に置くと暗号通信設備を整えた。


「私も連絡を受けただけで現地の隊員とは話をしていません。なので何を得たのかもまだ聞いていません」

「そうか。なら共に話そう。笠原防衛大臣はどこにいる?」

「庁舎に戻ってる。呼び出しますか?」

「いや、まずは我々だけで聞こう。笠原君には明日話す」


 佐々木総理はそう判断して持ち込んだノートパソコンを開いた。


『佐々木総理、夜分に失礼します』


 画面に映ったのは波川海将補だ。急な派遣命令とはいえ快く引き受けてくれた。


「波川海将補、急な派遣任務ご苦労様です」

『寛大なお言葉感謝します。現在〝てるづき〟は天自艦隊から離れ、本土に向けて航行途中です。追随していた米海軍の〝ラファエル・ペラルダ〟は当海域に留まっています』


 米海軍の駆逐艦が向かっていることは報告から知っていた。それだけでなくアメリカの国防総省及びアメリカインド太平洋軍司令部からも情報共有の要請が来ていた。

 やはり未来の異星から来た自衛隊艦隊の情報は少なくともアメリカは把握し、どの国よりも早く詳細を知ろうと動いており、日米同盟を使って圧を掛けてきたのだ。

 しかし詳細を知らないのは日本も同様であり、どう情報を扱ってほしいかは天自艦隊が一番気になるポイントだ。佐々木総理はそこを利用して判断を天自艦隊に丸投げすることでアメリカからの圧を逃がした。

 とはいえ、ある程度の開示はしないと軋轢はひどくなる。どこまでを話すべきか探るべく、佐々木総理は波川海将補に尋ねた。


「早速だが、接触した時のことを教えてください。彼らの主張は本当でしたか?」

『自分の見立てですが本物と判断します。あの艦隊は我が自衛隊より優れた技術を有しています』


 海将補は軍事に於いて優れた経歴と判断力、知識を有しなければなれない。その海将補が保身的な言葉を使わず断言したとなればそうなのだろう。

 この瞬間、日本政府は史上初の未知との遭遇に対応をすることが確定した。


「具体的にはどのように? いえ、順を追って説明をしてください」

『分かりました』


 波川海将補は〝てるづき〟が天自艦隊を確認したところから帰島するまでの一時間を説明した。

 世界線と歴史が違っても存在する人が一部は同じであること。

 五十年分の公的資料と、天上自衛隊の自衛官のDNAを手に入れたこと。

 所属不明の魚雷攻撃を受け、目に見える対潜戦闘をせずに処理し、潜水艦の国籍を把握する技術を保有していること。

 この世界へは偶発的に来てしまい、来る意思もなければ侵略的な思想もないこと。

 熱を電気にほぼ変換できる超物質が異星にあったこと。

 次回の対話のための通話コードを貰ったこと。

 会話をする限りでは普段日本人と話しているのと大差がなく、異星語を話すこともなければ異星文化に塗れた雰囲気もない。異星に半世紀いたと言う前情報がなければ気づくことはないらしい。

 それらを波川海将補は説明をした。


「話を聞くだけならどこぞの小説の設定ですね」

『私たちもそう思いました。これは実際に見ないことには信じられないでしょう』

「海将補、ところで説明の中に肝心の異星人のことが触れてませんでしたが、異星人は艦隊にはいなかったのですか?」


 話の内容は日本Bと天自艦隊に関することばかりで、重要な異星に関することを超物質以外語っていなかった。

『いないと思います。これは資料の最初に記されていたのですが……』


 波川海将補は歯切れの悪い言い方をし、カメラに映る様に分厚いバインダーを取り出して付箋の張ってあるページを開いて見せた。


『これが異星人の姿です』


 佐々木総理と片岡官房長官は目を見開いて拝見する。

 そこに映っていたのは一見地球人と変わらない容姿の男女が映っていたが、異質なのは下半身だ。


「脚がくっついてる」

「まるで人魚だな」


 見せられた異星人の脚は閉じた状態で癒着したかのような一体化をしており、足の部分は指もなければ爪もない。カタツムリやナメクジの尾のような見た目をしていた。

 性別は男女と一見で見分けられるほど地球人と違いがなく、女性には胸があって男性は筋肉質。顔の作りも同じだ。

 違うと言えば髪の毛もで、黒や金髪ではなく黄緑色をしており、写真だから勘違いかもしれないが発光しているように思えた。


「海将補、この人たちが異星人なのですか?」

『そのようです。取得した資料にはHDDがあり、一部見ましたがその写真と同じ人種が空を生身で飛んでいる映像を確認しています』

「生身で空を飛ぶのか!?」

『そのようです。まだ一部なのでどうして飛ぶのか、それは先の艦隊を浮かしたのと同じ原理なのか分かりませんが。特徴的に地球人と違いすぎる部分があるので、日本Bに帰化して自衛隊に所属するようなことはなかったと思います』

「……その資料、すぐに見たいな。海将補、ヘリを飛ばして運ぶことは出来ませんか?」

『出来ます。が、この資料は各国が喉から手が出るほど欲しい物です。夜間飛行は危険と判断しますが、それでも輸送しますか?』


 異星での五十年間の資料。本物ならその価値は想像を絶する。ありとあらゆる分野の見分が広がるのが確実で、官民問わず取引材料として意味を生み出すだろう。

 ヘリなら数時間もあればここに届くが、夜間飛行は危険なのは分かるし、何らかの方法で誘導して資料を奪取することも考えられる。

 確実にここに資料を持ち込むなら、このまま〝てるづき〟で運んでもらうべきだ。


「分かった。その資料はそのまま〝てるづき〟で運んでください。横須賀からここまでの輸送は別途で考えておきます」

『了解しました。現在の速力で横須賀到着は明日の午後三時頃。そこから総理官邸までは車で一時間です』

「無事の航海を祈ります」

『ありがとうございます』

「では以上です。任務ご苦労様でした」


 波川海将補は画面越しに敬礼をし、佐々木総理も返礼して通信ソフトを切った。


「……ふぅ」


 分かっていながらも現実離れした事実を突きつけられ、佐々木総理は整理するため溜まった感情を込めて息を吐いた。


「片岡さん、明日衝撃波に関する一報を記者会見をぶら下がり取材で行う。その後、全閣僚と共有して正式な会見を開いて、直に天自艦隊の代表部と通信することにしよう」


 まだ日本政府は昨日の衝撃波については情報収集中として何一つ発表をしていなかった。記者たちからは天災なのか核兵器実験の衝撃波なのかと憶測と推測が交錯する質問が相次ぎ、その都度海自による情報収集中として逃げてきた。

 被害は概算で百億を超えているため、世間の関心は高い。死者こそいなかったのは幸いだが、五百人以上の重軽傷者が出ているのでうやむやには出来ないのだ。


「分かりました。準備しておきます」

「……片岡さん、信じられるか? 別世界でも自分がいた話」

「にわかには信じがたいですが、並行世界と考えるとあり得る話ですからね。その証明も〝てるづき〟艦長の孫とするDNAを調べれば科学的に証明できますが……」

「それでも世間に公表するにはインパクトが強すぎるな。それが正しければ、この世界に天自艦隊の同一人物がいることになるのだからな」


 最低でも五十歳以上の人が天自艦隊にいると、歴史が異なるため確実ではないがある程度の確率でこの世界にも同じ人がいることになる。

 双子ではなく、全く同じ遺伝子を持つ同一人物だ。

 ある意味クローンとも言える。


「段階を経て公表するしかないでしょうね」


 いきなり別世界の五十年後の異星に転移した日本の自衛隊が来たと発表したところで、国民どころか身内すら作り話と思うはずだ。

 これを公表するなら何段階かに分けて行い、少しずつ理解をしてもらうほかないだろう。


「片岡さん、公表のスケジュールを立ててくれ」

「分かりました。ですが事を進めるならチームを編成しますよ? これだけの事案、閣僚だけが知っても進められませんので」

「人選は任せる。ただ公表が終わるまで情報漏洩はしないようにしてくれ」


 ろくに開示する前に洩れれば混乱は必至だ。しかも来たのが異星人ではなく異星日本人となると欧米はともかく隣国は喚くだろう。順序良く開示したところで喚くだろうが、一段目と四段目では大きく違う。


「厳命させます」

「頼む」


 片岡官房長官は頷くと通信システムを片づけて総理執務室を後にした。


「……うまく舵取りをしないとな」


 佐々木総理は幾通りもの未来を思い描く。天自自衛隊がどう出るかで、事態の流れは大きく変わる。いずれにせよ、世界は確実に変わる。

 それが好転か破局かは、日本政府の舵取りにかかっていた。

 国益か、国際協調か。その天秤をわずかでも傾ければ、均衡は崩れる。

 国益を優先すれば、外交圧力で国が干上がる。

 国際協調を優先すれば、アドバンテージを自ら差し出し、果実は大国が持っていく。

 天自艦隊が非協力的になれば、圧力はさらに強まり、最悪の場合は軍事的な動きに発展しかねない。

 だが、舵を誤らずに進めば、この閉塞した時代を打ち破り、飛躍的な発展を呼び込むこともできる。

 何を選び、何を捨てるか。

 内外の圧力に屈せずに進むしかない。

 日付が変わっても、総理執務室の灯は消えなかった。


      *


 政府が国民に向けて発表する内容は確実でなければならない。

 家族間や仲間内ならば未確認な情報を発しても後に訂正すればいいが、大国の政府レベルになると誤報を発してしまえば責任問題になり、前言撤回か面倒になる。

 日本は特に誤報を発することを嫌う。一言の失言で辞任しろなどととネットで騒がれる時代なため、確度が九十パーセント以上の情報でなければあいまいな文言にして逃げるのが今の政府発表の方針だ。

 そして今回は『並行世界の異星に転移した未来の日本列島から来た自衛艦隊』と言う、創作物の設定を政府が公表するとなると、百パーセントに近い情報でなければ甚大な騒動に発展してしまう。

 そこで政府は内閣府、防衛省、国交省、外務省からなる専用のチームを秘密裏に立ち上げた。

 まずは国民への公表として、現在伝えている謎の衝撃波の発生源の調査に護衛艦を派遣している、から一歩踏み出した所属不明の艦隊を確認したとする。

 当然日本の安全保障に関わることからそれに沿った質問が投げかけられるだろうが、避けられない問題なためそこは考えないことにした。

 天自艦隊と〝てるづき〟が接触した翌日の四月十三日。

 午前七時。

 記者の待つ官邸エントランスに佐々木総理は姿を見せ、ぶら下がり取材に応じた。


「総理、おはようございます。一昨日起きた衝撃波について何か進展はありましたか。再び発生して被害が出ないかと国民は不安を抱えています」


 記者の一人が問いかけた。国民への影響を踏まえれば当然の質問ではあるが、その表現は不安を加速させる側面を持つ。しかし、評価や反応を求める質問を記者が投げること自体は避けられず、総理は淡々と対応する。


「衝撃波については進展がありました。衝撃波そのものの原因については引き続き確認中ですが、発生地点と推定される海域に護衛艦を派遣したところ、所属不明の艦隊を確認しました。防衛省からの報告では、安全を最優先に接触を実施し、同艦隊に我が国の安全保障を脅かす意思はないと確認を取りました。接触した護衛艦は現在帰港中であり、政府としては帰港後に詳細な情報を精査し、その艦隊の素性について段階的に確認を行う方針です」

「所属不明艦隊とは、他国の艦隊が侵略しようとしていることですか? 国籍は? どこの国なんですか? それ以前に、自衛隊以外の艦隊がいるなら退去を命じるべきでは?」

「侵略の意思はないことを確認しています。国籍などの詳細な情報は、護衛艦の帰還を待って精査して発表をします。退去に関しては国籍等の調査で判断をします」

「退去を命じない? どこの国なのか分からないのですか? 領海にいるんですか!?」

「安全保障上、どこの海域にいるのかはお話しできません。ですが、我が国の安全を脅かす状況ではないことは確認しています」

「所属不明艦隊は日本に対して危険はないとありますが、今後攻撃する可能性はないのでしょうか。防衛出動は?」

「現時点でないと聞いております。今後については情報の精査と、政府として艦隊との対話を行い判断をしていきます。防衛出動は考えていません」

「その所属不明艦隊に政府として今後どのように対応していくのでしょうか」

「情報の精査と所属不明艦隊との対話によって検討していきます」


 佐々木総理はそこで記者からの質問を打ち切り、記者たちから飛び交う声を背に報道陣の前から立ち去った。ぶら下がり会見が午前七時だったこともあり、その十分後には在京キー局の報道番組が一斉に特集扱いで取り上げ、ネット上では《所属不明艦隊》が瞬く間にトレンド入りした。

 SNSでは情報が錯綜し、憶測と疑念が急速に拡散した。政府が脅威は確認していないと説明していても、総理自身が〝艦隊〟と表現したことから軍艦であることは確実だと受け止められ、自衛隊の艦艇でない以上、なぜ「退去」を命じないのかと疑問が噴出した。

 中国艦や韓国艦が接続水域や領海に接近した際には即日で防衛省が抗議し、海自が現場で退去要求を行うのが通例であるにもかかわらず、今回は対応の温度が明らかに異なるという指摘が広がった。

 その一方で、今回の衝撃波の発生と護衛艦派遣のタイミングが重なることから、《実は自衛隊の極秘実験ではないのか》《衝撃波は新兵器の失敗では》《護衛艦の派遣はシナリオ通りで、所属不明艦隊は隠ぺいのための架空設定なのでは》といった陰謀論めいた投稿も拡散し、国民の間では不透明感がむしろ強まっていった。


 しかし、こうした反応を政府は予想していた。

 伊達に一億二千万人を超える国家運営を担い、国際社会の荒波を乗り越えてきた日本政府が、この程度の反応を想定しないはずがなかった。情報が不足しているほど憶測が暴走することも、早期の否定や断定が逆に燃料になりかねないことも、長年の経験から嫌というほど理解していた。

 よって国内の反応に対して静観することにしている。政府として反応しないことが最も効率的で損害の少ない選択で、騒ぎたい者は騒がせておくほうが初動対応としては合理的でもあった。

 国会答弁でも、今朝の発表に関する質問は事前通告がないため、その日のうちに野党が取り上げることはルールを無視しない限り制度上あり得ない。ただし、数日以内に必ず集中砲火が来ることは確実であり、政府側はそのための答弁整理と情報精査を急ぐ必要があった。

 海外も予想通りの反応を示した。

 日本の周辺諸国は所属不明艦隊の脅威を発表しないことに不快感を示すとともに、把握している情報の開示を求めたり、偽装工作による新兵器の実験ではないかと主張を発した。

 内外でどう反応が起きようと今は初動対応として打診だけをしておき、佐々木総理を始め事情を知る政府関係者は〝てるづき〟の帰港を待ち、急ごしらえで準備をした輸送を無事に終えるのを願うだけである。


      *


 日本のみならず世界各国に、所属不明艦隊が特定海域に出現したと政府が発表し、憶測が錯綜して大騒ぎとなった同日午後四時。

 往復千キロ近い航海を終えた護衛艦〝てるづき〟の艦橋からは、見慣れた母港――横須賀基地の景色が視界に入っていた。

 天自艦隊代表部との対話を終え、大量の資料を携えて帰投に就いてから二十時間。危惧されていた攻撃は一切なく、〝てるづき〟は横須賀まで残り三十分の距離に迫っていた。

 沖合にあっても国内の動きは逐一伝わってくる。

 今朝、佐々木総理が天自艦隊の存在を示唆したことで、各メディアは一斉に報道合戦へ突入し、関連ニュースは半日近く続いていた。総理は帰投時刻を明示していないものの、「護衛艦は既に帰投中」と述べたことから、横須賀基地の外には多くの報道陣が詰めかけていると推測できた。

 民間の埠頭であれば混乱必至だが、基地の埠頭なら記者らが接近することはない。

 あとは波川海将補をはじめとする政府側の対応に委ねれば、秋庭の任務はここで一区切りとなる。

 護衛艦は通常、航海中の操艦を航海長以下の当直士官が行うが、出港と帰港だけは艦長が操艦する。港内は不動物が多く、艦長自身が責任を持って接岸作業を行うのが決まりである。これは艦長としての技量を測る目安でもあり、未熟な艦長は接岸で船体を損傷させ、評価を下げることもある。

 秋庭は艦長職に就いて以来、一度も穴をあけるような操艦ミスを起こしたことがない。タグボートの技量も重要だが、五千トンを超える大型護衛艦を預かる者としての緊張感を保ちつつも、不安を抱くことはなかった。

 国の防衛資産を任された身として、常に完ぺきを目指すのは当然である。

 秋庭は無線を使ってタグボートと連携し、自艦の機関と舵を細かく操りながら、通常どおりの所要時間で〝てるづき〟は基地の埠頭へと静かに停泊した。


 とはいえすぐに下船とは行かず、次にするのは各科の後処理業務だ。

 客船の客ならばすぐに下船となっても、乗務員は各々仕事がまだある。それと同じで停泊をしたからとすぐに任務が終了して下船とはならない。

 停泊に対しての各システムの切り替え作業に点検、事務作業とすることは山ほどある。

 現在の〝てるづき〟でその作業が免除されるのは接触班の波川海将補他四人だけで、彼らは貴重な『並行世界の異星に転移した未来の日本列島』の資料を持ち帰る任務がある。

 秋庭も接触班だが艦長としての責務を果たさねばならないからここで見送る形となった。

 秋庭は海将補たちがいる士官室に向かうと段ボールを抱えた一尉の自衛官とすれ違った。


「艦長、失礼します」


 自衛官は秋庭に気付くと一礼して隣を通り過ぎた。


「……高谷、それは天自艦隊からもらった資料か?」

「はい。海将補より運ぶよう命じられました」

「くれぐれも丁重に。言われてはいないが防衛秘密扱いでな」

「はい」


 自衛隊に所属していると漏洩してはならない秘密を多数抱える。

 これは日本の防衛に直結するからで、下手に流出させるようなら重罪として扱われるほどだ。今回手に入れた資料は、直接どの扱いにするのか指示は浮けていないが、実質防衛秘密として大差がなく、自主的にそう扱うように声をかけた。


「海将補、基地に到着しました。下船できます」


 士官室に入り、海将補に敬礼をして下船できることを伝えた。


「艦長、急な任務だったがご苦労。貴艦の働きで迅速に動けた」

「ありがとうございます」


「資料を見ましたが、いやはや異星で五十年を経験した日本Bは別のベクトルで発展してますね」

 坂井技術官が感嘆とした感想を述べる。


「並行世界の自衛隊をどう扱うのか、本省と法務省で議論しないと本当に漂流者になりますね。なるべく早く検討をしないと」

 天自艦隊をどう扱うべきか手岸法務官は思考を巡らせる。


「同時に近隣諸国への情報管理もですね。間違っても他国に行かせるわけにはいかない」

 自衛隊なのに他国に渡すわけにはいかない。来須情報官の意見は最もだ。


「典子さんとのDNA検査、よろしくお願いします」

「手続きが必要なのですぐにとは行きませんが、結果は必ず公表前に連絡します」

 天自艦隊を科学的に証明するにはDNA検査は欠かせない。おそらく公表していいかの有無を問われるが、拒否権はほぼないだろう。息子のDNAは抵抗するが自分のであればやむなしだ。

「お願いします」


 秋庭は敬礼をすると海将補たちも返礼をして士官室を後にした。

 下船に向かう海将補たちを見送り、秋庭は自分の雑務をこなすべく艦長室へと向かうのだった。


      *


 実際のところ、日本国内で活動する各国情報機関の工作員は、日本の駆逐艦が通常任務とは異なる行動を取った段階で、何らかの重要情報を得た可能性には気付いていた。

 発端となったのは、最初に使用されたオープンチャンネルでの所属不明艦隊への呼びかけだ。その時点で周辺諸国は状況を把握し、二日後には日本の首相が公式に存在を認める記者会見を行った。

 さらに、ある国が所属不明艦隊の対潜能力を確認するために魚雷を発射し、反応や行動パターンを把握したことも、水面下では共有されていた。アメリカ海軍の艦艇が並行して警戒監視に就いていたことも加わり、情報の信ぴょう性は極めて高いと判断されていた。

 状況がそこまで進めば、各国が次に行う行動は必然的に情報の獲得となる。日本国防軍、天上自衛隊、第一次恒星間転移派遣隊という名称が比喩ではなく実体として存在するのであれば、異星由来の技術体系が現実のものとなるからである。

 特に、東太平洋で勢力拡大を狙うある大国は、どの競争相手よりも先に情報を確保し、独占的に解析することを国家戦略としていた。

 そのため、国内外に潜伏させている情報機関要員に対し、通常の外交・経済手段を超えた方法も辞さずに情報の入手を図るよう指示が下された。

 しかし日本側は、他国の諜報機関が横須賀-官邸間の輸送経路に必ず介入を試みると予測しており、その対策をすでに講じていた。方法は極めて単純でありながら、諜報戦では古典的かつ最も効果的なダミー輸送である。


 横須賀基地内には、六列に並んだパトカーと陸上自衛隊の高機動車による混成車隊が待機していた。高層ビルからの望遠監視、マイクロドローンによる俯瞰監視、さらには衛星のタイムラグ付き監視をすべて想定したうえで、六つの車列は完全に同一の動きを取るよう統制されていた。各車列の自衛官が、同一サイズの段ボール箱を同一のタイミングで高機動車の後部へ積み込む。その動作すら秒単位で同期され、外部観測者が差異を拾うことは事実上不可能だった。

 発進した車列は、国家主席級の要人輸送にも匹敵するほどの厳重さで、それぞれ異なる六つのルートを取り総理官邸へ向かった。ルートは直前まで極秘扱いで、公安警察ですら必要最小限の者しか知らされていない。したがって、他国の工作員が事前に連携して進路上へ待ち伏せや障害を準備することは不可能だった。

 そもそも日本国内に工作員は存在しないという建前がある以上、各国の諜報員は互いの存在を表向き黙認せざるを得ず、国内での協調行動はできない。ゆえに、六本の不明経路へ即興で奇襲を仕掛けることは構造的に不可能だった。

 さらに六つの車列は、警察車両と自衛隊車両による混成隊形で編成されている。民間を装う諜報員が密かに持ち込める火力は限定的であり、単独のパトカーならいざ知らず、複数のパトカーと高機動車による隊列に攻撃を仕掛けることは自殺行為でしかなかった。日本側は火力、情報、権限のいずれにおいても圧倒的優位を確保した状態で輸送を開始したのである。


 それだけ大仰なら、横須賀に護衛艦が来るであろうとして集まっていた報道陣は大々的に報道し、異例の退去を命じない所属不明艦隊に対する特別感を国民に喧伝する効果を生んだ。

 いかにネットが発達し、マスメディアの度重なる偏向報道で国民から怪訝な目で見られても、テレビの影響力は無視できないほどには大きい。

 最低限その所属不明艦隊には何かある印象を国民に浸透させることは出来たのである。

 一方各国の諜報員は本国から情報奪取を厳命されるが、日本と言う社会性によって機会を奪われ、ただただ物陰から見送るしかできなかったのだった。

 そしてパトカーの先導により六つのルートを取る運送車列は全て無事に総理官邸へと到着し、ダミーを含めて所属不明艦隊の情報の入った段ボールは官邸内へと運ばれていった。

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更新お疲れ様です。 注目の的の『情報』!! 世界のパワーバランスや日本の立ち位置をも左右しかねない重要情報の一端を知り苦悩する総理が(><) まあ中国はもとより米国も『あちら』の米国は安保条約破棄し…
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