第08話『ヘキサゴンドローン』
時間は遡り、佐々木総理が天自艦隊の情報を一部発表した四月十三日午前八時。
横須賀より命令を受け、所属不明艦隊との接触するため緊急出航した米海軍〝ラファエル・ペラルダ〟は、一晩の沈黙の後に活動を開始した。
日本の護衛艦と共に接触が出来たならそれに越したことはなかったが、頑なに日本政府も護衛艦も判断を所属不明艦隊に丸投げし、さらに所属不明艦隊も拒否をされては付け入ることが出来ない。
しかし、大統領命令を受けた以上、拒否されたから帰港したなどとすれば艦長の首が飛ぶ。
なんとしても接触をはかり、情報を本国。可能なら未来の異星技術も持ち帰らないとならない。
〝ラファエル・ペラルダ〟はVHF帯による短距離通信で所属不明艦隊に向けて通信を行った。
「こちら、アメリカ合衆国海軍、DDG‐115〝ラファエル・ペラルダ〟。貴隊との交信を望む。返答されたし」
暗号でもない平文での通信だ。確実に艦隊には届き、他国の艦船がいないのは確認済みだから傍受される心配はない。
「返答がない場合、貴隊を武装を装備した危険分子と判断する。帰属する国家が不明なことから、貴隊を軍艦とは認識しない。よって国連海洋法条約に基づき臨検を実施する。貴隊はそれを望まないと思うため、返答を強く求める」
世界共通の認識として軍艦は他国の軍艦の臨検を受けることはない。これは軍艦はその国の一部であるため、軍艦への臨検は他国への攻撃と同義となる。
そのために臨検が出来ないわけだが、帰属する国がなければその対象にはならない。所属不明艦隊は、自称『日本』の自衛艦隊と言っているだけで法的には武装勢力なだけなのだ。
なので〝ラファエル・ペラルダ〟は脅しを掛けたのである。
これで所属不明艦隊が無視をするなら、日米安保条約に乗っ取り日本の排他的経済水域内だが臨検を行使する。
しかし〝ラファエル・ペラルダ〟としては臨検には踏み込みたくなかった。
異星で五十年後の日本の護衛艦だ。音声こそ日本語でも姿かたちは不明だし、どのような装備を持っているのかも不明だ。
魚雷攻撃も身動きせずに迎撃した。それが向こうの標準とするなら個人装備も上昇している。何もかも不明な中で立ち入るのは危険なため、臨検ではなく平和的な乗艦をキャンベル艦長は望んでいた。
『……こちら、天上自衛隊。要件は何か?』
応答があり、キャンベル艦長はホッとした。
「応答に感謝する。私は〝ラファエル・ペラルダ〟艦長のキャンベル中佐だ。我が艦はアメリカ合衆国大統領の命により、貴隊との接触をはかりたい。戦闘の意思はなく、昨日日本の護衛艦がしたように対話を望む。オーバー」
次に帰ってきたのは一分後だった。
『私は天上自衛隊、自衛艦隊代表の新政です。キャンベル艦長、申し訳ないが、貴艦との交流はするつもりはない。我が隊のことに関してはこの世界の日本の防衛省または外務省より受領されたし』
昨日と同じ反応。向こうの自衛隊はここの自衛隊よりは排他的のようだ。
「その理由を問いたい。何度も言うが、我が艦は貴隊に対して臨検をする権限がある。これは双方にとって好ましくない状況のはずだ」
『窓口を一つにするためである。日本、米国、その他の国がそれぞれ我が隊に対して交流をすると予期せぬトラブルに発展する恐れがある。そして、世界は違えど我が隊は日本国に帰属している。我が隊にとってこの世界の日本は他国当然だが、起源は同じ故に優遇するのは社会的心情として当然である』
「米国は米日安保に限らず世界でも最も強固な同盟国である。我が国と日本は同じ窓口と認識してほしい」
『残念ながら我々にとって日本と米国は分離している。貴国がどれだけ主張しようとその考えは変わらない。日本からの発表を待たれたい』
「分離の意図が分からない。貴隊も母国を日本とし、類似する歴史を歩んだのであれば米日安保はあったはずだ」
『我が国は西暦二〇一九年に日米安保は破棄されている。故に、我が隊に日米安保は何の効力もない』
無線の送受信をしていた通信室に衝撃が走った。
戦後に締結され、七十年以上に渡り強固に保たれていた米日安保条約が何年も前に破棄されていた。そんな状況が起こりうるなど、今の米日では考えられずキャンベル艦長は驚きを隠せなかった。
「確認する。米日安保破棄と言ったか?」
『そのことについても日本政府に譲渡した資料に記載されている。知りたければ日本政府の問われたし』
どのような経緯で安保破棄となったのか疑問だが、艦隊からの口ぶりから言い出したのは米国なのかもしれない。だとすれば米国に対して排他的なのは理解できなくはない。
「貴隊の方針は理解する。しかし対話を拒むのであれば臨検を行う」
『米国の対話及び臨検は拒否する。我が隊の門戸は現時点ではこの世界の日本のみに開いている。それでも軍事的強行に出るのであれば個別的自衛権の行使をする』
違う。
短い交信だったが、明確に分かった。
この別世界の自衛隊は、こちらの世界の自衛隊とは気構えも運用理念も根本的に異なる。
こちらの自衛隊なら、憲法の制約もあり、挑発的言動や強硬な拒絶を表立って行うことはまずない。
しかし彼らは、法的、心理的制限が存在しないかのように、国家主体として明確に、そして毅然とした対処姿勢を示している。
おそらくこちらが動けば、向こうも動く。
その動きは遠慮や配慮とは無縁であり、必要と判断すれば撃沈も躊躇わないだろう。
キャンベル艦長は判断を迫られた。
所属不明艦隊の発言を虚勢とみなし、臨検を強行するか。
あるいは静観を貫き、日本政府が公表する情報を待つか。
どちらを選んでもリスクは甚大だった。
武力衝突か命令不履行による処罰。
キャンベル艦長はすぐに判断できなかった。
『従来の予定であれば、我が隊は米国と交流するつもりであった。しかし、この世界に来てしまった以上、様々な相違点はあれど、支援を求めるのであれば同じ日本に願いたい』
「我が国と交流する予定であったのなら、それ自体は問題ないだろう」
『それは元々の世界での話である。この世界とはまた異なる』
取りつく島がない。
「確かに。貴隊の世界の米国と今の米国もまた別の国と言える。予定が狂った以上、その判断は理解しよう。だが、我が艦の臨検を回避するには何かしらの譲歩を貰いたい」
臨検を回避しつつ大統領命令を満たすため、キャンベル艦長は所属不明艦隊に利がないと分かったうえで二択を突きつけた。
脅迫に近いが、国連海洋法上では問題のない手順である。
しばし沈黙が流れ、〝かが〟からの返答が途絶えた。
「DVM-190、応答されよ。オーバー」
『……キャンベル艦長、了解した。この世界の日本にもまだ見せていない装備を、一つ短時間だがお披露目しよう。それならば大統領命令への面目は立つだろう』
「感謝する。その装備品は……もらい受けることは出来ないか」
『貴国は、正体も知られぬ装備品を、国家首脳の命令だけで他国に譲り渡すのか』
最大限の譲歩。これ以上は求めるな、という明確な牽制だった。
「失礼した。写真や映像での記録は許可されるか」
『スペックは開示できないが、撮影は構わない。いずれ露見する装備でもある。五分後、貴艦後部甲板に向けて送る。以上』
ブツ、と通信が切れた。
艦長は即座に艦内放送で後部甲板の開放と警戒態勢を指示した。
言い回しからすると、送られてくるのは空中機動のドローンか、あるいは航空投下型の無人機か。
奇襲の可能性は常にゼロではない。
だが今、この段階で米艦を沈めれば所属不明艦隊は日本政府すら信用を失い、補給すら断たれて孤立する。
合理性の面から見ても攻撃はあり得ないと艦長は判断した。
わずかな安全材料をかき集めて自身の考えを肯定し、艦長は通信室を離れて後部甲板へ向かった。
甲板には、手の空いているクルーがすでに集まり始めていた。
異星由来、あるいは未来由来としか思えない技術を目撃できる機会など、生涯でそう巡ってはこない。
クルーがキャンベル艦長の姿に気付いて敬礼し、艦長も返礼する。
「これから別世界の自衛隊から装備品が届く。口ぶりからして空中機動のドローンだと思われる。攻撃はまず無いと判断しているが、各員、最大限注意しておけ」
「艦長、撮影してもよろしいでしょうか」
「許可する。ただしネットには一切アップするな。日本ですら未確認の装備品だ。これを大統領や国防長官より先に外部へ流した者は……人生が終わると思え。厳命だ」
情報管理の甘さを問われれば艦の責任となり、国家間の外交問題にも発展する。
キャンベル艦長はスマートフォンを構えはじめたクルーたちに、鋭い視線で釘を刺した。
「おい、何か飛んでくるぞ!」
一人のクルーが海上の所属不明艦隊の方向を指さした。
甲板上の視線が一斉に空へ向けられる。そこに黒い点が、風を切る音すらなく近づいてくるのが見えた。
スマホを構えたクルーたちが、黒点を画面に収めようと一斉に位置を調整する。
耳を澄ませても、聞こえるのは風と波の音だけだった。
ドローン特有のモーター音はまったく無い。
黒い点は甲板の真上へ滑るように進入し、そこから急激に高度を下げた。落下してくるようにも見え、一瞬クルーたちは反射的に後退する。
だが、機体は甲板からわずか一メートルの位置で、完璧な静止を見せた。
「ヘキサゴン……?」
それは六角形のプレートだった。
対角線で一・五メートルほど、厚さは五十センチ。色はグレーをしている。
兵士が手で運搬する小型ドローンではない。むしろ無人車両が搭載する中型ドローンに近い大きさだった。
しかし、その形状は既存のどのドローンとも一致しない。
「これ……どうやって浮いてるんだ……」
プロペラも噴射口も存在しない。
音も出さず、ただ空中に浮いている。
半重力のような、完全な異文明系テクノロジーそのものだった。
機体表面を目で追っても、外側にカメラらしい構造は無く、武装や展開溝も見当たらない。
内部格納式だとしても継ぎ目すらない滑らかな外殻だった。
「……私は〝ラファエル・ペラルダ〟艦長、キャンベル中佐だ。聞こえているのなら、何か動作をしてほしい」
外観からはセンサー類の存在が分からないが、このサイズでセンサーが無いとは考えられない。
艦長はそう判断し、声をかけた。
次の瞬間、ヘキサゴンドローンは無音のままふわりと三メートルほど上昇し、左右にアーチを描くように滑らかな挙動を見せた。
人為的制御による、明らかな応答だった。
甲板のあちこちで「おお!」と歓声が上がり、クルーたちは夢中で動画と写真を撮り続けた。
動作をし終えると再び一メートルの高さで留まった。
音声を発しないことからコミュニケーションを取る仕様ではないらしい。
「やっぱり反重力的なシステムで浮いてるのか?」
一人の男性クルーが恐る恐るヘキサゴンドローンに近づいて側面に手を触れた。
「おっ?」
触れて何かに気付いたのか、次は両手で側面に触れて押し込もうとする。しかし、足が滑るだけでヘキサゴンドローンは微動だにしない。
「なんだこれ、空中に浮いてるのにビクともしないぞ」
明らかに不自然な挙動に、別のクルーが駆け寄る。
三人、四人と加勢して押してみるが、まるで見えない壁に固定されているかのようにドローンは微動しない。
空中に浮きながら、地面にボルト留めされたかのように安定している。常識外れのホバリング性能と挙動。
その異質さは、軍人である彼らの感覚に深く刺さった。
従来型ドローンとは比較にならない機動性と姿勢制御能力。
もし、これが現実の戦場で運用されれば戦争そのものの形が変わる。
ドローンが戦場を次の段階に押し上げたと言われるが、これは段階が変わるどころではない。
戦争の考え方を0から組み直さなければならない。
もしこれが日本が独占して量産したら、艦隊が経験したように米日安保の必要性も問われる。
これを最初で出すのならば、それを上回る兵器を持ってる可能性が高い。
改めてキャンベル艦長は所属不明艦隊の脅威を感じた。
ヘキサゴンドローンは結局五人の兵士が押しても身動きせず、頃合いを見てかゆっくりと上昇しだした。
同時に兵士たちは離れると、一瞬で百キロ近い速度を出して艦隊の方へと飛んで行ったのだった。
キャンベル艦長は外に設置されている通話ボックスに近づいた。
「CIC、艦長だ。いま艦隊から来たドローンが戻っていった。レーダーで捉えてるか?」
『レーダー上では何も映っていません』
色合いからしてステルス塗料を塗っているだろう。六角形だから向きによってはレーダー波を返さないからRCS《レーダー反射断面積》が極端に小さく、波の反射に紛れて映らないのかもしれない。
「分かった。そのまま監視を続けてくれ」
『了解』
通話を終えたキャンベル艦長は、艦隊へと消えていくヘキサゴンドローンを見送る。
「これは気合を入れないといけないな」
異質の片りんを垣間見て、キャンベル艦長は一人静に気合を入れなおした。
〝ラファエル・ペラルダ〟は横須賀への航路を取ることにした。




