第23話『米中の反応』
アメリカ合衆国 ワシントンD.C. 午後十時
ホワイトハウス。
誰もが知るアメリカ合衆国大統領が住まい、そして執務を行う、ある意味で世界の中心地。
午後十時を回ってもホワイトハウスが沈黙することはなく、大統領もまたプライベートの時間を取ることなく、首席補佐官や国防長官、国務長官が大統領執務室に集まっていた。
執務机には、一期目の就任から二年目ながら支持率七十パーセントを超える高水準を維持し、アメリカファーストを掲げた前任者とは異なり、世界のリーダーシップを担う政策を前面に出す大統領、ハワード・J・ヒューズが座っていた。
閣僚らは執務机の前にある応接用ソファーに腰掛け、首席補佐官はその近くに立っている。
各人はノートPCまたはタブレットを使い、一万キロ以上離れた同盟国で行われていた会談を視聴し、つい先ほどそれを終えたところだった。
「なかなかに面白いことになったな、諸君」
くすりと口角を吊り上げながらヒューズ大統領は語った。
「熱発電のレヴィニウム。常任管理国に核融合プラント、そして転移ゲート。これらを一括で管理できるならば、実質、世界の監督者と言えるのではないかね?」
どれを取っても次世代の社会インフラの中核となるシステムばかりだ。歴史的偉業とそこから生まれる利権を鑑みれば、名実ともに世界の監督者と呼べる立場となり、今後数百年単位の優位を築くことさえ可能となる。
「そうですね。常任管理国は言うまでもなく、世界初の核融合プラントに関するノウハウに加え、転移ゲートの管理権。そしてレヴィロン機関をはじめとした転後技術の管理権。どれを取っても、世界的インフラの実権に関わるものです」
「転後技術と一括りにしても、コクーンやレヴィロン機関、ドローンなど、民生利用と同時に軍事転用できるものが多い。だからこそ転後日本は警戒しているのでしょう。これらが中国やロシアに渡れば、現代戦のドローン戦法は大きく様変わりします」
「確かヨコスカの駆逐艦を向かわせて、ドローンの映像を撮らせていたな」
「はい。国防総省では隊員が撮影した動画を分析しており、先日の共同声明で公開された映像と合わせて検証しています。二つのドローンは同型と見てよく、機動性にもほとんど差はありません」
「もしあれが兵士一人ひとりに配備できれば、戦場での戦死者を減らせるのではないか?」
「減らせるでしょう。装備を持たせ、必要なら兵士自身が乗って移動する。背後に配置すれば後方警戒にも使えます。使い方次第では、一人の兵士に複数の役割を持たせられます」
「なんとしても常任管理国になり、転後技術を得る必要があるな」
「日本ならば要請をすれば応えるでしょう。常任管理国は国連安保理の常任理事国とはまた別の枠組みですので。技術力、軍事力、資金力、どれを取っても我が国を入れない理由がありません」
「日本政府はまあ大丈夫だろうが、気になるのは転後日本だな。彼らの思想が分からん」
ヒューズ大統領は腕を組んで唸った。
戦後日本とは長い付き合いがあるからどう考えているかは分かる。どれほどの駆け引きで折れるのかも分かっているつもりだ。しかし、転後日本にはそれが当てはまらない。
パラレルワールドの日本で二〇一九年、厳密には一九八七年から分岐した歴史を持ち、二〇七三年から来た。異星でどのような歴史を歩んできたのか公式発表のものしか分からないため、駆け引きの線引きが分からないのだ。
戦後日本と同じように扱えばいいのか、それともイギリスのような独自性の強い同盟国として扱うべきなのか、判断するためのデータが不足していた。駐日大使館やCIAに情報収集の指示は出しているものの、今回が初の本土上陸であり、普段はイオウ島にいる。
アメリカが直接接触を望んでいることは向こうも承知しているだろう。それでも、これまではまともに接触する機会そのものがなかった。
「転後日本の代表団がいるうちに、対面での接触を図るよう働きかけろ」
「分かりました」
「そういえば、代表団に一人下士官がいたな」
ヒューズ大統領は、日本が報道した映像を思い返して呟いた。
「……これですね」
首席補佐官がタブレットを操作し、動画投稿サイトに投稿された報道の切り抜き動画を見せてきた。
画面には、マイクロバスから降りて官邸に入る一瞬を撮影された女性下士官の姿があった。
肩には階級章があった。自衛隊の系譜を引き、その様式にも大きな違いがないのであれば、記憶の通りE-5級の下士官であろう。
「中佐や大佐ならまだしも、なぜ下士官が総理官邸に行くんだ?」
ホワイトハウスに来るとしても将校以上だ。それは日本でも変わらないはずであり、代表団の中に下士官がいることは不釣り合いに思えた。
「何か特別な任務があるか、彼女自身に用があるのかもしれません」
「……そこを足掛かりにするか。この下士官の名は分からないか?」
「不明です。天自艦隊の名簿はまだ秘匿されており、今回の会談の出席者もアラマサ代表以外は伏せられています」
「おいおい、天自艦隊がイオウ島に着いてから三週間以上経っているんだぞ。しかも洋上訓練もしている。それだけの時間があって、代表団にいる人間の名前一つ君たちは手に入れられないのか?」
ヒューズ大統領の不満の籠った文句に、閣僚たちは何も言い返せない。
「まあいい。狙うならこの女性下士官だな。どうにかしてコンタクトを取るように仕向けろ」
「了解しました」
「くれぐれも丁重にな。常任管理国の席を確保するまでは日本政府に刺激を与えるなよ。あの国は礼儀を重んじれば応じるが、それを無視すれば反発してくるからな」
あの国は鏡に近い。横柄な態度を取ればそれに合わせた反応を見せ、礼儀を示せば礼儀で返してくる。まだアメリカを常任管理国にするという言質を引き出すまでは、多少は身を引くべきだろう。
「国内のメンバーにも通達しておけ」
忖度しすぎてはならない。日本が気づかない程度に柔和な態度を取り、時を見計らいアメリカを常任管理国とするよう仕向ける。
「あとは他の三ヶ国だな」
「順当に考えるのであれば、欧州はイギリス、フランスかドイツ、アジアは韓国かシンガポール。南半球はニュージーランドかオーストラリア。北米ではカナダが候補でしょう」
スタートが西側の日本故に、該当する国はみなその国々で経済も内政も安定している国々ばかりだ。
「我々を差し置いてカナダを選ぶ理由があるのか?」
「どの地域から何ヶ国選ぶかは明言していません。北米地域で我が国とカナダが選ばれる可能性もあります」
「アジアであれば、中国は名乗り出そうだがな」
あの国の野心と躍進はすさまじい。対中政策をとっているから分かるが、転後技術を物にできるならば管理国になろうと暗躍するだろう。
「むしろ名乗り出ない方が不自然です。もし会談のように、遠隔で転後技術を管理できるのであれば、技術を盗んだだけでは止められます。正式に国内で使うならば管理国になるしかありません」
管理する側に立てば、他の管理国の目があろうとやりようはいくらでもある。その肩書き自体が権利となり、転後技術を様々な用途に利用できる。
アメリカがそれを考えているのだから、考えないはずがないのだ。
「日中関係は冷えていますが、貿易関係では切っても切れない関係です。日本国内にも手が及んでもいますから、絶対にないとは言えませんね」
「向こうは早々に勧誘やチキンレースもしてるからな。焦れて直接〝かが〟を奪いに来ることもありえる」
「コクーンやレヴィロン機関を持つ天自艦隊の鹵獲は困難と思いますがね」
「……もし我が国が対峙すれば、戦況はどうなる?」
「現時点で確認されている能力を前提に、空母打撃群一個、増援なしの正面戦闘に限定するなら勝算はありません」
「なに、勝算がないだと?」
世界最強を自負する軍を持ちながら、勝算がないという評価にヒューズ大統領は眉間にしわを寄せた。
「残念ながら。コクーンを突破しない限り有効打撃は期待できず、飽和攻撃が通じないとなれば、事実上、百%敗北すると評価しています」
世界最強を自負するアメリカ軍にとって、敗北という言葉は軽々しく口にするものではない。それでも百%負けると言い切る以上、あらゆる条件を検証した末の結論なのだろう。
「まさに映画さながらの兵器だな。突破は出来ないのか?」
「向こうの言い分を信じた場合ですが。ドローンについては幾度か実際の性能を確認できていますが、コクーンについては向こうの主張を聞いているだけで、こちらでは検証できていません。ですが、あれほど重大な性能についてブラフを張るリスクは大きいため、国防総省では事実と認識しています」
「コクーンの実性能の確認もするべきだな」
「それは急務ですね。我が軍に配備するにしても、連続稼働時間や耐久限界の把握は必須です」
配備をするならその限界を把握するのは必然だ。そうでなければ引き際が分からない。
「元々、転後日本は転後世界の我が国と最初に接触する予定でした。予定が狂い、戦後日本と最初に接触をしましたが、そう遠くないうちに会合をすることは可能かと思います」
「その遠くないうちとはいつだ」
曖昧な文言にヒューズ大統領はいらだった声を上げた。
「戦後日本はレヴィニウムを百キロ手に入れて常任管理国の席もほぼ決めてる。転後日本も戦後日本を大いに頼っている。その間、我が国はそのうち接触を図るのか?」
ヒューズ大統領は国益を考えたまっとうな苦言を口にする。
本来なら別世界だがアメリカが先に接触し、技術供与についても先行できたはずだった。それが同系世界へ転移したことで、日本が圧倒的なアドバンテージを手にしてしまった。
中国も地理的距離から一気に詰め寄ってくるだろう。日米同盟やアメリカブランドで暢気に構えては、一気に後発組になってしまう。
世界の指導者を自負する我が国が後発とは決してあってはならないのだ。
「我が国の管理国入りは固くとも、転後日本との関係構築は急務だ。向こうとも安全保障条約を結ぶのも手だな。同系日本とはいえ転後日本をうまく扱いきれるかも分からんからな。第一は難しくとも第二の友好国として成立するよう手を回せ」
「分かりました。まずは……アジア地域の軍事衝突懸念の解消とする題目で、アメリカインド太平洋軍司令官を天自艦隊に派遣出来るよう働きかけます。いくら転後日本も無視はしないでしょう」
インド太平洋一帯を管轄する太平洋軍の司令官。その肩書きと地位は高く、決して無視はできない存在だ。その意見がインド太平洋地域におけるアメリカ軍の運用に大きな影響を与える立場となれば、混乱を避けたい転後日本も派遣を受け入れる政治的判断をする可能性がある。
「他国に後れを取るな。いつこの帰還計画を公表するのかは知らないが、すれば日本の窓口を叩く音は大きくなる」
未来の異星技術が現実にあって無視できる国はないと言っていい。今でも窓口を叩いているところで、帰還計画に伴う技術管理・供与となればより強く叩くことになろう。
一足先にその計画を知り、世界最大の同盟国というアドバンテージを使わなくていつ使う。
ヒューズ大統領は改めて関連閣僚に指示を出した。
「ペオ・ランサバオンと呼ぶ転移ゲートも、どう運用するのか綿密な管理体制が必要だな」
「ある意味核兵器を上回る兵器にもなります。説明を聞く限りでは大掛かりな施設なため、秘密裏な運用は難しいですが、今後一ヶ国で運用できるほどコストが下がると、今以上に核抑止が難しくなります」
弾道ミサイルを使わず、核爆弾を直接ターゲットに転移できるのだ。迎撃ミサイルの概念が崩壊するため、人の移動、物流にとっては恩恵はすさまじいが、軍用に使われると常に爆弾が贈られる恐怖を抱かなければならない。
ゲートからゲートでも、ゲートから対象地域でも、その恐怖は変わらない。
「転後世界ではどのように運用しているのかも知りたいな。司令官を派遣した時にはそれも聞き出してくれ」
「分かりました」
「科学者チームはレヴィニウムについてなにかないか?」
「レヴィニウムに関しては賛否両論ですね」
「賛否か。どうせ利益が減るなんてくだらない否定だろう」
現代科学では再現できない、カルノー限界に迫る極めて高効率の熱電変換。電力会社からすれば発電コストの大幅な削減につながると喜ぶと同時に、電気料金の引き下げを求められるジレンマとなる。
だが、生み出した熱の大半を無駄に放出している社会に終止符が打てるのだ。
地球温暖化が騒がれて数十年。急激な歯止めが掛けられ、かつ莫大なコストである電気代を減らせれば、その浮いた資金で何が出来るのか夢が広がるというものだ。
それを目の前の利益だけで難色を示すなど、経営者として愚の愚の考えと言える。
初手こそ利益の低下は避けられないが、その後の需要拡大を考えれば些細なものだ。
「問題はレヴィニウムの量だな。フォロンは核融合プラントで生産が可能らしいが、レヴィニウムには言及がなかった。向こうの言動から出来るようにも思えるが、皆はどう思う?」
「資料が正しいのであれば、レヴィニウムもフォロンも惑星フィリアに天然に存在する、地球には存在しない物質です。仮にレヴィニウムが未知の元素そのものだとすれば、人工的に作るには化学反応ではなく原子核そのものを変換しなければなりません」
「金を人工的に作るようなものか?」
「原理だけならそうです。ただし、問題は投入するエネルギーの総量だけではありません。目的とする原子核を大量かつ安定して生成できる反応経路と、その生成効率です」
「もっと分かりやすく言うと?」
「現代でも人工元素そのものは作れます。しかし、種類によっては長期間実験を続けても数個の原子しか得られません。レヴィニウムを発電設備に使えるほど、キログラムやトン単位で人工生産するとなれば、現在の科学技術とは桁が違います」
「不可能か?」
「現代科学では、と付けるならば事実上不可能です。ただ、転後日本が同じとは断定できません。もし彼らがレヴィニウムまで人工生産できるのであれば、それは核融合発電とは別に、我々の核物理学を根底から変える技術を持っていることになります」
「それを異星に単身で渡り、たった五十年で身に着けて戻って来たのか」
「だとすれば、転後日本はありとあらゆる元素を自在に生成することが出来るのか?」
「そこまでは断定できません。特定の原子核を生成する技術と、任意の元素を自由に生成する技術は別物です」
「だが仮にそれが出来るなら、転後日本の様相は今とはまるで違うはずだぞ」
任意の元素を好きなだけ生成できるのであれば、資源という概念そのものが大きく変わる。
鉄、銅、レアメタル、ウラン。必要な元素を必要なだけ人工的に作れる社会ならば、転後日本が資源を扱う姿勢にもそれが現れているはずだ。
「せいぜい、レヴィニウムやフォロンの生成に特化したものではないか?」
「その可能性が高いと思います。あるいは生成できる物質や原料、反応経路に厳しい制約があるのでしょう」
「レヴィニウムを売って外貨を得るくらいなら、安定資産である金を生成して売ればいい。それをしていないことも気になるな」
「もっとも、金を大量生産すれば自分たちで金相場を暴落させることになります。それでも任意の元素を低コストで生成できるなら、外貨獲得の手段はレヴィニウム以外にもいくらでもあるはずです」
「……つまり、少なくとも好きな元素を好きなだけ作れる技術ではなさそうだと」
「現時点では、その見方が妥当でしょう。フォロンについては核融合プラントで生産できると明言していますが、レヴィニウムについては何も語っていません。天然資源を利用しているだけという可能性も残っています」
「……ますます話をしたいな」
ここで話を繰り返しても、ただ時間を浪費するだけだ。前に進むには当事者と話をしないと始まらない。
「諸君、今代は歴史的大改変期と言える。上手く回せば何世紀にも渡って監督者として君臨できるが、失敗すれば冷戦以上に緊迫化した状況になる。母国のため、子孫のため、全力を持って対処してほしい」
ヒューズ大統領の言葉に閣僚らは力強くうなずき、執務室を後にしていった。
それを見届けたヒューズ大統領は、椅子の背もたれに体重を乗せる。
「ふ……大統領になった甲斐があるな」
大統領と言う地位と権力は世界を動かす。だが体制の監督者になる機会は多くない。
今回、安全保障理事会をも上回る体制の監督者になれる機会が来た。
大統領としてその席を取らない理由がない。
何としてもその席を公式に得るべく、ヒューズ大統領は思考を巡らせることにした。
*
中華人民共和国 北京市 中南海
外部から閉ざされた中国政治の中枢、その一室。
中華人民共和国国家主席にして、中国共産党中央委員会総書記、中央軍事委員会主席を兼ねる周克明が、席に着いた党・政府・軍の最高幹部らを静かに見据えていた。
この場にいるのは五人。
中国経済と産業政策を統括する国務院総理。
党中央の立場から外交戦略全般を取りまとめる中央外事工作委員会弁公室主任。
各国との外交交渉を担う外交部長。
人民解放軍を代表し、天自艦隊やコクーン、ペオ・ランサバオンをはじめとする転後技術の軍事的価値を分析する中央軍事委員会副主席。
そして、対外情報活動と防諜を担う国家安全部長。
党、政府、外交、軍、情報機関。それぞれの中枢にいる者たちが一室に集められた理由は一つだった。
日本政府と転後日本との間で行われた非公開会談。
本来、中国政府が知ることのできないはずの、その内容である。
「報告を始めろ」
周克明の短い言葉を受け、国家安全部長が手元の端末を操作した。
「日本政府と転後日本との会談について、新たな情報を入手しました。転後日本は、およそ十年後を目標として元の世界への帰還を目指しています」
室内にいる者たちの視線が、一斉に国家安全部長へ向けられた。
「その過程で五ヶ国による常任管理国制度を設け、核融合プラントの建設、転移設備の建設、そして転後技術の管理体制を構築する方針です」
「常任管理国か。常任理事国を模すとは、いかにも日本らしい」
「転後技術の拡散を防ぐため、核拡散防止条約より強固な体勢を目指していると思います」
「レヴィニウム、レヴィロン機関、コクーン、転移技術、核融合技術。まあ、これらを無秩序にバラまけば世界はたちまち終わるな」
誇張や妄言ではなく、確実に磨いた技術ではなく貰った技術を広めれば、制御が効かずに暴走する。
常任理事国を模した制度だが、間違っているわけではない。
「その情報は間違いないのか?」
「帰還計画の会議の音声によるものですので間違いはありません」
どうやってその会議の音声を手に入れたのか、周首席は問わない。
「その常任管理国の具体的な候補は挙がったのか?」
「内容を聞く限り戦後、転後日本共にどの国が候補かは言及していません。ただ地域別で決めるらしく、アジア、北米、欧州、南半球から五ヵ国が選出されるようです」
「四地域から五ヶ国ならば、二ヶ国は一地域のみ。日本は不服だが半ば内定しているだろう。であれば各地域から一ヶ国が選出される」
戦後日本は転後日本の窓口となってしまっている。同じ日本だ。選ばない道理はどれだけ不満を並べようとない。
「常任管理国の条件はなにがある?」
「条件として、総合的な判断と地域的な均衡。国内経済と情勢の安定性を総括的に判断するみたいですね。その中の一つが飛びぬけていても決定打にはならないかと」
「要は平均的に優れた国と言うわけか」
「総合的に高水準で安定していることで、技術管理の確実性を高めるためでしょう」
「ならば我が国も候補に入るな」
内政的に安定しており、経済も世界二位だ。常任理事国もしている中国はその候補として立つには十分な資質を持っている。
懸念すると言えば、中日関係が冷えていることだ。
歴史問題、領土問題、サプライチェーン問題に政策性の違い。それらから中日間は表面上の国交はあっても感情面では悪いと言える。
「……我々が大っぴらに動けるのは帰還計画を公表した後だが、その前にやれることは今すぐやる必要がある」
「おっしゃる通りです。準備や間接的に出来ることをしておき、公表と同時に動くべきです。仮に公表から動きが早いと言われても、帰還そのものは公表していたので事前に準備していたと言えます」
「一番なのは堂々とアジア枠として我が国が管理国入りすることだ。制度の外から変更を求めるより、内部に入り運用と規則の制定に関与する方がはるかに容易だ」
「ならば日本国内にいる〝協力者〟を動かして扇動させましょう。親中派議員はすぐに動かせます」
「いや、逆だ。むしろ動かすな」
周首席はそう告げた。
「我が国の国内世論はこちらで統制できる。だが、日本の世論はそうはいかない。煽れば煽るほど世論が騒いで門戸を閉じるだろう。むしろ煽らず、友好的な姿勢を見せるんだ。そして西側諸国だけを管理国にする危険性を説いて、地域的代表性と多国間主義を前面に出し、我が国を排除する方が不自然な状況を作れ」
煽らせるのは簡単だが、それでは世論はより門戸を閉めようとする。しかし不自然にならない程度で柔和な態度を取り、多様性の必要性を説いて日本国内の世論を誘導し、そうならざるを得ない環境を作る。
選定するにしても半年は掛かろう。日本国内の法案制定もある。
むやみに引っ掻き回して悪感情と時間の浪費をすれば、常任管理国の席は遠のくというものだ。
不服ではあるが政治的選択として決断する。
「アジア地域で我が国以上に管理国に相応しい国はない。強いて言えば韓国だが、向こうは打算をせずに日本批判をするからな。今の社会的動きと合理性から日本がむしろ我が国を選ぶよう外堀を埋めさせろ。そうだな、支援している他国にも口添えをさせるようにもさせよう」
「分かりました」
「主席、情報ではレヴィニウムを百キロを日本政府に売るそうです。レヴィニウムは我が国のエネルギー政策に大きく貢献します。百キロと少量ですが、一部を入手しますか?」
「分析して原理を解明し、再現できればエネルギー問題の大半が解決します。国内産業だけではありません。宇宙開発、軍事、輸送、あらゆる分野が大きく前進します」
「盗むような真似はするな」
周主席は即座に否定した。
「たった百キロしかないのなら、日本政府も厳重に管理するだろう。数グラム消えただけでも調査される。まして我が国の関与を疑われれば、得られるものより常任管理国入りで失うものの方が大きい」
「では、諦めますか?」
「誰がそう言った」
周主席は指先で机を軽く叩いた。
「正規の手段で手に入れろ。日本政府が研究機関や民間企業へ供給するのであれば、その枠組みに入ればいい。我が国と関係を持つ企業、大学、研究機関を使い、共同研究でも資金提供でも構わん。合法的に試料へ接触できる環境を作れ」
「日本国外への持ち出しを認めるでしょうか」
「最初から中国へ持ち出す必要はない。日本国内で分析できるならそれでいい。必要なのはレヴィニウムそのものではなく、その物性と原理だ」
流出した物質なら回収できる。
だが、一度得られた研究成果まで回収することはできない。
「我々が欲しいのは百グラムの鉱物ではない。中国国内で百トンを作れる技術だ」
その言葉に、科学技術を担当する者が小さくうなずいた。
「再現可能であると判明すれば、国家級研究計画として扱いますか?」
「当然だ。必要なら研究機関、大学、企業をまとめろ。資金も人員も惜しむな」
「非公開の手段については?」
その問いに、周主席は少しの間だけ沈黙した。
「常任管理国入りを危険にさらすような行動は禁止する」
「承知しました」
「だが、各国が何を研究し、どこまで解析しているかについて情報収集は続けろ。我々だけが遅れることは許さん」
「分かりました」
「今は一グラムのレヴィニウムより、一つの常任管理国の席の方が価値がある。優先順位を間違えるな」
「承知しました。そのように進めます」
「だが、それを進めるにあたって、どうにかしてあのチキンレースの清算をせねばな」
「天自艦隊に突入した件ですか」
「公にはなっていないが、各国にはあの件が知れ渡っている。常任管理国の席を取るとなれば、必ずそこを暗に攻めてくるだろう」
転後日本の対応や戦後日本の軍艦による砲撃について抗議したいところだが、それをすれば、危険と知りながら突入した人民解放軍側の行動まで表沙汰になってしまう。
しかも、その砲撃によって衝突を回避できた、言い換えれば戦後日本側に助けられたとなれば、強国を自負する中国の面子にも関わる。これまた常任管理国の席を遠ざける材料となりかねない。
辛酸を嘗めることになろうとも、今は抗議を控えるしかない。
その代わり水面下で転後日本側へ事情を説明し、中国政府としてあの行動を是認していたわけではないことを伝え、後顧の憂いを断つ必要がある。
「未知の艦隊に対する過度な警戒から生じた現場の独断専行であり、帰還後には関係者を厳正に処分した。その説明で一貫できるよう整えておけ」
「分かりました。準備しておきます」
「……現状、四つある席の有力候補はどこだ」
周主席の問いに、中央外事工作委員会弁公室主任が手元の資料へ目を落とした。
「地域的均衡を重視するという前提であれば、北米はアメリカが最有力です。次点でカナダ。欧州ではイギリスが有力で、フランスとドイツが続きます。南半球ではオーストラリア、次いでニュージーランドでしょう」
「アジアは?」
「我が国です」
即答だった。
「経済規模、人口、工業力、科学技術力、国際的影響力。そのいずれを見ても、我が国を上回る候補はありません。次点を挙げるのであれば韓国かシンガポールですが、総合力では大きな差があります」
「インドはどうだ」
「国力だけなら候補になり得ます。しかし、日本や転後日本との関係、技術管理能力、国内事情まで含めれば、我が国より優位とは考えにくいかと」
「なるほどな」
周主席は腕を組んだ。
日本を除く四席。
アメリカ、イギリス、オーストラリア、そして中国。
国力と地域的均衡だけを考えれば、その組み合わせが最も分かりやすい。
問題は、日本と転後日本が同じ考えをするかどうかだった。
「最悪なのは?」
「我が国だけが外され、アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダなどで固められることです」
「西側諸国だけによる管理体制か」
「はい。そうなれば転後技術の管理制度そのものが、新たな対中包囲網として機能する可能性があります」
中国にとって、アメリカが常任管理国になること自体が最大の問題ではない。中国がその外に置かれることこそが問題なのだ。
内部に入れば発言し、規則の制定にも参加できる。
技術の運用にも合法的に関与できる。
だが外に置かれれば、どれほど国力があろうと、他国が決めた規則に従う側へ回される。
「ならば方針は変わらんな」
周主席は一同を見渡した。
「第一目標は常任管理国入りだ。日本政府と転後日本に、我が国を選ばない方が不自然だと思わせろ」
「はい」
「帰還計画が公表されるまでは、こちらが内容を知っていると悟られるような行動は慎め。外交部は声明と協力案を準備しておけ。公表された時点ですぐに動ける状態にしておくんだ」
「承知しました」
「軍にも改めて通達しろ。余計な挑発はするな。今必要なのは力を見せることではない。我が国を信頼できる管理国だと思わせることだ」
中央軍事委員会副主席が静かにうなずいた。
「経済面では?」
「帰還計画に必要なものを洗い出せ。資金、資材、建設能力、技術者、製造設備。中国を選べば帰還計画そのものが早まると理解させるんだ」
「中央転後技術委員会についても準備を進めますか?」
「進めろ。ただし今は表に出すな。管理国に選ばれた翌日からでも動ける体制を作っておけ」
周主席はそこで一度言葉を切った。
「我々には時間がある。焦って目先の利益を取りに行く必要はない」
常任管理国の選定には数ヶ月を要する。
その間、中国が取るべき行動は決まった。
対立ではなく協調。
威圧ではなく支援。
要求ではなく、中国を選ぶことが合理的だと思わせる環境を作る。
その先にあるものが何であれ、まず制度の内側へ入らなければ始まらない。
「今は奪う時ではない」
周主席は静かに告げた。
「選ばせる時だ」
その一言を最後に、中国政治の中枢で行われた非公開会議は終了した。




