第22話『代表団本土入り②』
羽田空港から首都高速へ入り、霞が関出口で一般道へ下りると、懐かしいビル群がマイクロバスを含む車列を出迎えた。
転後日本では、多くの建物が老朽化や浮遊化に伴う東京再開発によって建て替えられている。だが、百四十年近い歴史を持つ国会議事堂は今なお残されており、記憶にあるものと瓜二つの姿が代表団の目に留まった。
もっとも、今回の目的地は国会ではない。車列はその前を通過し、すぐ近くにある総理官邸へと向かった。
転後日本の総理官邸はすでに建て替えられ、形状も大きく変わっている。そのため、目の前にある官邸は、代表団にとって半世紀前の姿を残した懐かしい建物だった。
マイクロバスは官邸のゲートを通過し、かつてテレビ映像で幾度も目にした広い前庭へ入った。
官邸の入口には大勢の職員が待機しており、マイクロバスはエントランスの正面で停車した。
「お待たせしました。降車をお願いします。まずは新政代表からお降りください。報道陣が待機していますので、言動には十分ご注意ください。質問には答えず、そのまま中へお願いします」
同乗していた政府職員から注意を受け、新政が最初に席を立った。
バスを降りた瞬間、おびただしい数のシャッター音が鳴り響いた。
新政の姿は共同記者会見を通じてすでに世界中へ知れ渡っている。それでも、並行世界から来た日本人が初めて本土を訪れたとなれば、報道陣が殺到するのも当然だった。
新政は記者団へ軽く会釈をすると、正面へ向き直った。
「お待ちしておりました、新政代表。外務大臣の飯田です」
「転後日本、第一次恒星間転移派遣隊代表の新政です。このたびはお招きいただき、ありがとうございます」
エントランス前では、外務大臣の飯田が新政を出迎えていた。
二人は互いに名乗り、静かに会釈を交わした。
外国首脳同士の会談のように握手を交わすのではなく、日本人同士の挨拶として自然に頭を下げる。その姿は、世界が異なっても同じ文化を受け継ぐ日本人であることを、報道陣へ強く印象づけた。
「こちらへどうぞ」
飯田外相の案内を受け、新政は官邸内へ入った。
続いて他の代表団もマイクロバスから降り、相次いで官邸の中へと姿を消していった。
「総理は四階の会議室でお待ちしています」
今後の予定はすでに打ち合わせ済みだ。まず広報用として両日本の代表が一堂に揃う写真撮影をし、帰還計画の説明。昼食を取って、さらに帰還計画を煮詰める。
転後日本からすれば、出発点となる戦後日本の理解と決定がなければ帰還計画は始まらない。一応、他国から始めることも出来なくはないが、その先に待っているのは混沌とした社会だ。
不本意でも来てしまった以上、騒動を軟着陸させて去る責任がある。
今日はその第一歩だ。
「新政代表をはじめとした代表団は総理と会談してもらい、秋庭典子さんは秋庭二佐と共に別室で厚労相とお話をしてもらいます」
「私と秋庭三曹は別室ですか?」
「秋庭典子さんをお呼びしたのは同系存在としてお話を伺いたいからです。そして、二佐以外の波川海将補と接触班も、別室で話をします」
帰還計画の会談に、失礼だが下士官の三曹は必要ない。彼女はその境遇から話を聞くために特別に呼ばれたので、同席することはない。
「秋庭三曹、一人で不安とは思いますがお願いします」
「大丈夫です。祖父である秋庭二佐が同席しますので」
転後メンバーから引き離されるとはいえ、ここにいるのは味方同士で敵はいない。
秋庭三曹は怖気づくことなく答え、案内によって秋庭二佐と共に別れていった。
首相官邸四階の大会議室へ案内され、新政たちが入室すると、佐々木総理をはじめ、転後日本との交渉に直接関係する片岡官房長官、笠原防衛相、霧矢経産相が待っていた。先ほどまで一行を案内していた飯田外務相を加えた五人が、今回の会談に出席する戦後日本側の閣僚である。
今回は初めて官邸で行われる正式協議とあって、会議卓に着くのは閣僚級のみに限られていた。事務方は記録や資料の管理を担う最低限の職員だけが、壁際に控えている。
「……」
新政は静かに一人の職員を確認し、佐々木総理に向き直した。
「お初にお目にかかります。転後日本、第一次恒星間転移派遣隊代表の新政です。このたびはお招きいただき、ありがとうございます」
戦後日本の行政を担う顔ぶれを前にしても、新政は怖気づくことなく挨拶の言葉を述べた。
三千五百名の代表であると同時に、転後日本の総理大臣と同等の権限を与えられている。事実上、新政は転後日本の総理大臣なのだ。別世界とはいえ、過去の日本の指導者たちを前にして気後れする理由はなかった。
「遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。どうぞ、皆さんそれぞれ名札のある席へお着きください」
白い布で覆われたテーブルには、マイクと出席者の名札が並べられていた。佐々木総理の正面には新政の名札があり、その左右には代表部員二名、そのさらに外側には幕僚部員たちの名札が置かれている。
新政たちは、それぞれ指定された席へ腰を下ろした。
「申し訳ありません。皆さま、こちらを向いていただけますでしょうか」
広報担当の腕章を付けた職員が、三脚に据えたカメラの後ろから声を掛けた。
転後日本と戦後日本、両日本の代表者たちはカメラへ顔を向ける。
「そのままでお願いします」
会議室に何度かシャッター音が響いた。
「ありがとうございます。以上です」
撮影を終えた広報担当者は足早に機材を片付けると、一礼して会議室を後にした。
扉が閉じられ、室内に静けさが戻る。
「それでは、始めるといたしましょうか」
佐々木総理の言葉を合図に、両日本の今後を左右する会談が始まった。
「まずはこちらで用意した資料をお渡しします」
持参した鞄から閣僚分の分厚い資料を取り出し、まず佐々木総理に渡してから、他の閣僚にも配る。
表紙には『十年後の帰還を目指した計画書(原案)』と書かれ、配ると閣僚らは眼鏡を掛けたりして資料に目を通し始めた。
一枚目を捲った佐々木総理は、一度新政に視線を向けてから再び資料に目を通す。
一応、安全にオンラインで計画書を送ることはできたのだが、その先での流出を恐れてこの時まで提供しなかったのだ。
熟読はいずれしてもらうとして、まずは概要だけを把握してもらい、その後、新政が詳細を説明して理解してもらう。
すると一人の官僚が会議室に入り、飯田外務相に一枚のメモを手渡した。それを読んだ飯田外務相は、目を見開いて隣の佐々木総理に耳打ちをする。
「なに?」
思わず聞き返す様子とタイミングからして、想定していたことの一つが的中したか。
「……新政代表、今しがたアメリカから連絡がありまして、この会談にアメリカも参加したいという要請が来ています。理由は、日本の同盟国ゆえに情報を共有したいことと、アジア地域の秩序維持のため、というもっともらしいものです」
いざ会談が始まる瞬間の要請は、偶然ではなく意図的であることは誰にでも分かった。アメリカからの要請に戦後日本側はどよめくが、転後日本側は静寂なままである。
「どこかでアメリカが介入してくるとは思っていましたが、この場ですか。なかなかに強引ですね。確か、ハワード・J・ヒューズ大統領でしたね」
戦後地球の社会情勢はネット経由で予習済みだ。
ハワード・J・ヒューズ大統領は共和党所属で、二年前に初当選した一期目。先代大統領のようなアメリカファースト思想ではないが、強硬な覇権主義的思想を持っているという。
要は、アメリカがルールを作ることを目指す大統領だ。
ならば、世界の技術基盤を大きく変える転後技術に首を突っ込まないはずがない。
どこかのタイミングで割り込んでくると転後日本は予想していたが、まさか計画の説明段階という、それはないだろうと思っていたタイミングで来た。
ただ、来ること自体は予想して共有していたため、転後側は比較的落ち着いていた。
「それで、日本政府としてアメリカの要望はどうしますか?」
説明するのは転後日本でも、窓口は戦後日本だ。転後側が口を出すわけにはいかない。
「アポなしでの要請ですので、通常なら突っぱねるところですが、転後技術の獲得に意欲を持っていますし、帰還計画の一部にでも関われれば、その後の権利にも口を挟めます。断れば、さらに圧力を高めるでしょう」
まだ計画の全容を説明していなくても、帰還するためにペオ・ランサバオンを建造するとなれば、この世界に転後技術が残ることは間違いないと認識されている。その技術管理にアメリカが関われれば、あらゆる利権が手に入るため、世界のルールを作るという自負から強行したのだ。
転後日本はアメリカとは完全に分離していても、戦後日本は違う。最大の同盟国であると同時に主要な貿易相手国でもあるため、機嫌を損ねれば直接経済にも影響が来る。
対等な同盟と銘打っても、事実上の主従関係は否定できない。
「意見を申し上げてもよろしいですか?」
新政は、決断までの時間を与えない奇襲的な交渉に近い状況を打開する案を出すことにした。
「転後日本としては、アメリカの参加を否定はしません」
戦後日本側は新政を見る。
「どのみち、この計画は世界規模となり、我々だけで進めることはできません。ですが、ここで安易にアメリカの要望に従っては、外交上の問題となりましょう。ですので、アメリカには見学までは認めても、会談への参加は認めない、というのが落としどころではないかと思います」
戦後日本の今後を考えても、アメリカの機嫌を損なうのは得策ではない。転後技術が戦後日本社会に定着するとなれば、アメリカや中国は露骨に不機嫌となろう。大国に挟まれているからこそ、日本はうまく舵取りと誘導をせねばならない。妥協するなら会談を見学させるまで、と新政は提案した。
「……あくまで我々の会談を見るだけで、帰還計画の一端を見聞きするだけか……」
「無作法には無作法を。少なくとも強引に割り込もうとしたアメリカは、それ以上は何も言えないかと」
これ以上食い下がれば自分たちのメンツにも関わる。厚顔無恥ならばやりかねないが、逆に我儘な大統領というレッテルも貼られる。
新政はボールを日本政府に投げて答えを待つ。あくまで提案するだけで、決めるのは向こうだ。
「……そちらの提案に乗りましょう。向こうからの音声は全て遮断し、こちらから一方向に配信する形で見てもらいます」
佐々木総理は腕を組み、考えた末に決断した。
「アメリカにその旨を連絡してくれ。官邸のテレビ会議設備も準備を」
アメリカの要請を受けつつも、こちら側の主張を通す選択を佐々木総理は下し、職員はすぐさま動き出した。
五分ほどで常設のテレビ会議設備が起動され、職員がカメラの画角と通信設定を調整する。
「接続しました。いつでも始められます」
「始めてくれ」
佐々木総理の許可を受け、職員が配信を開始した。
「それでは代表、始めましょう」
「よろしくお願いします」
新政代表と佐々木総理がお辞儀をし、他の者たちもそれに続いて頭を下げた。帰還計画の説明が始まった。
「まず、我々が作成した帰還計画は、約十年の期間を想定しています。ですが、この期間は楽観的なもので、全てが順調に進んだ場合を想定したものです」
転後日本、正確にはハイパーコンピューターのエミエストロンが算出した帰還計画は、四つの主要工程に分かれている。
一、転後技術を管理、監督する常任管理国の選定。
二、転移施設の中核物質であるフォロンを生成するための核融合プラントの建造。
三、転移失敗の原因解明及び対策の確立。
四、ペオ・ランサバオンの建造。
以上の工程を経て、天自艦隊は元の世界への帰還を目指す。
ただし、これらを全て順番に進めるわけではない。第一の常任管理国の選定と、第三の転移失敗の解析は同時に開始する。
まず、第一の常任管理国の選定は、転後技術が無秩序に広がることを防ぐためだ。
転後技術は社会のあらゆる分野に影響を及ぼす。十分な管理体制を整えないまま広めれば、人類は手に余る技術に振り回され、制御できない混乱を引き起こしかねない。
そのため、技術の提供先や用途を審査し、製造と運用を監督する国家を選定する。これを常任管理国とする。
第二の核融合プラントは、転移技術に限らず、あらゆる転後技術に欠かせないフォロンを人工的に生成するための施設である。
フォロンの生成量と供給先を管理すれば、転後技術そのものの無秩序な拡散を防ぐことができる。そのため、核融合プラントの建造と運営も常任管理国の共同管理下で行う。
ただし、核融合プラントの建造は、常任管理国と管理制度が確定した後でなければ開始できない。
フォロンは転後技術の根幹を成す物質であり、その生産施設を先に建造すれば、建設地、資金提供、運営権などを理由に、管理国以外の国が関与する余地を与えかねない。
そのため、先に常任管理国と転後技術管理協定を確定させ、その枠組みの中で核融合プラントを建造しなければならない。
第一の工程が完了するまでは、候補地の調査や技術資料の整理など、外部に権利を発生させない範囲の準備にとどめる。
常任管理国の確定後に第二の工程へ移行し、フォロンの生産体制を整える。その後、常任管理国が承認した国や企業に対して技術供与を行い、レヴィロン機関などの開発、製造、販売及び運用を認める。
第三の工程は、帰還計画の肝に当たる。
天自艦隊が運用するコンピューターを使用し、なぜ本来の目的地ではなく、この世界へ転移したのかを解析する。試算では、原因と対策を導き出すまでに約六年間の連続演算が必要となる。
この演算は、転移現象を一つの連続した状態として再現しながら行われる。そのため途中で停止すると、停止前と再開後の演算結果に整合性が取れなくなり、それまで積み上げた計算を最初からやり直さなければならない。
一度開始した後は、原因と対策が確定するまで、演算を継続しなければならない。
この六年間に、常任管理国の選定、転後技術管理協定の締結、核融合プラントの建造及びフォロンの生産体制の確立を進める。
解析開始から約六年後、転移失敗の原因と対策が確定すれば、第四の工程へ移行する。
算出された結果を基に改良型のペオ・ランサバオンを設計し、約三年をかけて建造する。施設の基礎部分や送電設備など、解析結果に左右されない部分は事前に準備できるが、転移機能の中核部分は、原因と対策が確定した後に建造しなければならない。
ペオ・ランサバオンの完成後は、一年間の実証実験を行う。
最初にフィリアの転後日本との間で情報の送受信を行い、転移先が正しいことを確認する。その後、無機物、小型機器、生物の順に段階的な転移実験を実施し、安全性と再現性を検証する。
全ての試験に成功した場合、天自艦隊はペオ・ランサバオンを使用してフィリアへ帰還する。
制度と解析に六年、ペオ・ランサバオンの建造に三年、実証実験に一年。
常任管理国の選定と核融合プラントの建造を解析期間中に完了できれば、約十年での帰還が可能となる。
そして艦隊が帰還した後も、この世界には転後技術と、それを利用する社会基盤が残る。
その後は常任管理国による共同運営の下で転後技術を管理し、社会への影響を確認しながら、段階的に浸透させていく。
これが『天自艦隊帰還計画』の概要である。
「前もってお伝えしますが、この期間は全てがスムーズに進んだ場合です。常任管理国の選定、核融合プラントの建造、原因の究明、ペオ・ランサバオンの建造、そのどれか一つでも遅れれば、それだけ我々の帰還時期も遠のきます」
人間社会は一丸となれば進捗は飛躍的に早まるが、少しでも歯車が狂えば遅延する。特に異次元の技術の管理と習得、社会への浸透という条件は、歯車を狂わせるには十分だ。
エミエストロンの試算でも、帰還までの期間は最短で十年、現実的な範囲では二十年程度まで延びる可能性が付記されていた。
さすがに二十年もの滞在は出来ない。
「そして、我々が帰還するまで、転後技術に関する最終管理権は常任管理国ではなく、我々転後日本が保持します。これは、我々が確実に帰還するための保険という意味もあります」
もしこの規定を設けずに計画を始めれば、転後技術がある程度浸透した段階で、帰還計画をないがしろにされる可能性がある。
戦後日本がいるため、その可能性は低いが、それでも欲深い人間社会を考えれば完全には否定できない。
そのため、帰還するまでの期間に限り、転後技術の管理については常任管理国よりも転後日本の判断を優先する。技術を提供する側が最後まで管理権を保持することで、帰還計画そのものを頓挫させないための楔とするのだ。
「佐々木総理、いかがですか?」
新政は尋ねる。
「帰還計画の概要は理解しました。この『天自艦隊帰還計画』を我が国で支援するならば、特別法案を成立させ、担当大臣を置くことになります。予算に関しては随時修正が必要となりましょう」
戦後日本から見て、転後技術は全てが未知の分野だ。転後技術の理解にどれほどの時間と予算が必要なのか。核融合プラントの建造費をどう分配するか。今の段階で予算を決めるのは不可能と言える。
随時補正予算を組み、補っていくしかない。
「原因究明に関しては転後日本に任せるしかないので言うことはありませんが、気になるとなると、常任管理国をどこにするか。そして核融合プラントをどう建造するかですね」
「説明します。常任管理国は、転後技術を安全に管理し、平和的に各国へ浸透させることを目的としているので、安保理の常任理事国とは意味合いが違います。主要となるレヴィロン機関は民生用、軍用ともに汎用性が高く、犯罪に悪用される可能性があり、軍用化すれば文字通り戦争形態が変わります。それらを安定的に管理するのが常任管理国の役割となります。そのため、管理国の選定には総合的な判断と、地域的な均衡を考える必要があります。政治、経済、軍事、社会の安定性などを総括的に判断して選び、一つが秀でているだけでは不十分と我々は考えています。対象地域はアジア、北米、欧州、南半球とし、全体で五ヶ国です」
「五ヶ国である理由はなんですか?」
「管理国が増えれば、それだけ外交上の摩擦も増えます。それを低減するためにも、地域的な均衡を考慮した五ヶ国が上限と考えます」
「計画書には、常任管理国に拒否権に相当する項目がありませんが、管理するなら制御する制度が必要なはずです。そこはどのような考えで?」
「システム上、転後技術は遠隔で制御することができ、その権限を常任管理国と、最終管理権を持つ転後日本が保有します。無許可の使用を行った国にはまず警告を行い、是正期間を設けます。それでも無視するのであれば、合議による判断で、その国が転後技術を使用できないようにします。特定の一国が持つ拒否権ではなく、複数国の合議によって行使する停止措置です」
そうすることで、本来ならば止めなければならない技術の暴走を、特定の国の政策によって妨害されることがなくなる。
「……新政代表、貴方から見て管理国の候補はありますか?」
アメリカ政府が見ている中で、佐々木総理はいやらしい質問をしてきた。その意図は分かっている。
「部外者である私たちが言える立場ではありませんが、候補はあります。ですが、管理国の選定は戦後世界が決めることであり、我々が考えているのはあくまで候補です。今この場で具体的な国名を申し上げることではありません」
新政は一度言葉を切った。
「強いて条件を挙げるならば、それぞれの地域で相応の影響力を持ち、国際社会に対して責任を負える国、とだけ申し上げておきます」
技術保有国である転後日本が国名を挙げれば、それだけで半ば内定したかのように受け取られかねない。アメリカが見ているうえ、公式会談だから議事録も残る。そのため新政は自らの立場と言葉を考え、政治的な返答にとどめた。
「分かりました。選定方法については、また別に議論をしましょう。次の核融合プラントですが、知っての通り、核融合技術はまだ実用化には至っていません。管理国を選定して建造するとしても、現在の技術から始めれば数十年単位の時間を要するのではありませんか?」
「核融合技術についても、こちらから供与可能です。以前お渡しした資料にも記載されていますが、転後日本では核融合技術はすでに実用化され、施設も稼働しています。現在こちらの世界が保有している技術と、我々が供与する技術を組み合わせれば、帰還計画に間に合わせることは可能です」
新政の発言に、霧矢経産相が反応した。
「一つ、代表に確認をしたいのですが、核融合プラントを使ってフォロンを生成するとしても、あなた方はフォロンを備蓄として持参していないのですか?」
「もちろん持参してきていますが、コアユニットの建造に必要な量までは持ってきていません」
「そこが疑問なのですが、あなた方は元々三年程度の計画で転移してきました。転後地球は小惑星の落下で、ある程度の文明の停滞が起きたと推測できます。そこから五十年の年月で、しかも日本を抜きに核融合炉を完成させるとなると難しいと思います。どのような方法で三年でゲートを建設する予定だったのですか?」
「核融合プラントは、今回の帰還そのものに絶対必要というわけではありません。この世界で必要となるフォロンを継続的に生成し、転後技術を社会へ広げるために必要な設備です。元々の計画では、ゲートが完成すればフィリアからフォロンを輸入できる予定でした」
「では、なぜ三年で完成できるのですか?」
「我が艦隊の旗艦〝かが〟が、コアユニットだからです」
!?
新政の発言に、戦後日本政府の面々は驚きの表情を見せた。
「なぜ〝かが〟の全長が、乗員数に釣り合わない五百メートルもあるのか。その理由がそこにあります。〝かが〟は空母としての機能だけでなく、ペオ・ランサバオンのコアユニットとして大量のフォロンを搭載しており、同時にゲートの中核を担うことができます」
「つまり、〝かが〟そのものをゲートの一部として使用する?」
「はい。当初の計画では〝かが〟を一時的なコアユニットとしてゲートを完成させ、フィリアとの接続を確立した後、必要なフォロンや資材を輸送する予定でした。それから固定式のコアユニットを完成させ、〝かが〟を切り離します」
新政は一度言葉を切った。
「ですので、極論を言えば、今回も我々が帰還するだけなら核融合プラントを建設せずにペオを作ることはできます。しかし、それではこの世界でフォロンを自力で生成する手段が残りません」
転後技術を残して転後日本だけが帰還すれば、この世界はフォロンをフィリアからの輸入に依存することになる。それではフォロン欲しさに逆侵攻もあり得る。それを避けるためにも自力での生成が不可欠なのだ。
「我々が帰還した後、転後技術をこの世界だけで維持、管理していくのであれば、フォロンもこの世界で生成できなければなりません。そのために核融合プラントを建造します。〝かが〟は帰還後も使用する艦ですから、この世界に恒久的なコアユニットとして残すこともできません」
「なるほど、あの異様な大きさの理由が分かりました。となれば、この情報は重要になりますね。漏れれば〝かが〟の拿捕に動く国があるかもしれない」
「出来るなら、ですがね。そのために旗艦なんです」
最重要の艦艇だからこそ旗艦として艦隊の中核に位置付けている。拿捕するためには艦隊の防衛網を突破しなければならず、護衛艦よりはるかに難易度が高い。
軍事において、破壊に比べて拿捕は極めて難しいとされる。ましてや小型の武器や兵器の類ではなく、空母となれば誰もが察するところだ。
「最後のペオ・ランサバオンの建造ですが、大きさはこの資料の通り、直径十キロのループ状で間違いありませんか?」
「間違いありません。粒子加速器をイメージした形です。そのループ状の加速器の内部でフォロン力場を亜光速まで加速させ、そのエネルギーを制御して転移現象を発現します。ペオ・ランサバオンは空中に滞空させ、起動すると加速器の中央にある物質を設定した座標へ転移します。ゲート同士であれば座標設定は簡略化出来ます」
「では、一ヶ月前の転移の時は、転後日本の座標を入力して行ったと? 私は物理学はそこまで強くはありませんが、地球は常に宇宙空間を複雑に移動していることは知っています。それを常に計算していたと?」
地球は人間の目線から見れば静止しているように見えるが、宇宙空間に設定した基準座標系から見れば複雑な動きをしている。
地球は自転をし、太陽の周りを公転し、太陽系は天の川銀河を公転し、天の川銀河もまた移動をしている。座標で転移先を指定するならば、それらの運動を基準座標系に対する相対位置として計算し、転移時点での地球の位置を捕捉しなければならない。
佐々木総理はそれに気づいて怪訝な表情で尋ねた。
「そうです。高性能コンピューターを使い、地球の位置を算出して捕捉、確認しました。使用したペオ・ランサバオンは一方通行ですが、現地の映像を静止画像として見ることが出来ましたので」
「なるほど。それで転移結果も確認したわけですか」
「写真ということもあって現地の情報は断片的にしか得られませんでしたが、七十三年相当の転後地球であることは確認できていました」
「……全ては実験が成功したにもかかわらず、本番で失敗した原因か……」
「まだ帰還計画は始動していないので、原因究明の演算は開始していません。まずは戦後日本で特別法案が成立し、施行された時点から開始します」
「六年も掛かるのであれば、今すぐ始めるべきでは?」
「演算には相当のリソースを割くため、見切り発車は避けねばなりません。始めたいのは山々ですが、計画全体がスタートしていないのに、我々だけ先にスタートすることは出来ません」
「分かりました。早急に法案の草案を作成して、国会提出を目指しましょう。何であれ、一連の問題はあなた方を元の世界に帰さないことには解決しません。綿密な議論と修正を前提とした法案として提出し、国会で審議を進めながら必要に応じて修正し、計画書に沿う形で進めましょう」
本来なら関係各所から集めた官僚チームを作り、計画書を精査し、この世界に沿った内容へ修正したうえで法案を作成する。それを国会へ提出し、審議を経て成立させるのが通常の流れだ。
しかし、初動が遅れれば帰還も遅れ、問題は複雑化、肥大化していく。
穏便に置き土産を残して帰れる期間の上限も十年なのだ。佐々木総理はそれを察して、通常なら順番に時間をかけて行う省庁間の調整や計画の精査、法案作成を可能な限り並行して進める考えを示してくれた。
「ありがとうございます」
転後日本の代表団はそろって頭を下げた。
「これは今回とは別に詳細を詰めたいことではありますが、外貨獲得のため、戦後日本政府には備蓄として持参したレヴィニウムを購入していただきたいと思います」
「レヴィニウムを売るんですか?」
「はい。金額などはこの場では決めず、後日となりましょうが、買い取っていただける量は持ち込んでいます。いずれは常任管理国にも渡るものなので、まずは同系存在である戦後日本に売却する形で譲りたいと思います」
熱を電気に変えるレヴィニウムは、この世界では喉から手が出るほど欲しい存在だ。それが天自艦隊の独占状態から戦後世界に解き放たれるとなれば、驚きもしよう。会談を見ているアメリカも同様だ。
「……分かりました。売買取引に関しては後日セッティングしましょう。さすがに今ここで、市場に存在しない物質の相場を決めるわけにはいきませんので」
「まずは百キロを渡す用意がありますので、よろしくお願いします」
こうして初の本土での両日本の会談は、幕引きとなった。
転後日本の代表団は市ヶ谷会館で宿泊することとなり、翌日からは官僚らからなるチームとの間で、帰還計画の詳細や具体的なスケジュールを詰める議論が始まる。
さらにはレヴィニウムの取り扱いを検討するチームも設置されることとなり、戦後日本は新たな社会の構築に向けて奔走を開始したのだった。




