第20話『艦隊投票』
戦後日本と転後日本による合同記者会見を終えたことで、現地接触班である秋庭たちの業務内容に変化が起きた。
元々は同じ業務畑であることから内情を理解し、それを防衛省へと伝達することだった。しかし、合同記者会見をしたことを契機に内情の把握から受け入れ態勢への調整へと変わった。
佐々木政権は会見後の閣議決定で、転後日本をもう一つの日本として承認。帰還するまでの期限付きで転移してきた3542名を乗せた十隻の護衛艦を転後日本政府の管理権と指揮権が及ぶ区域として扱うこととした。
そして戦後日本がそれを閣議決定したことで、政府と防衛省を中心とした各部署とパイプをつなぐ必要が出る。
戦後日本政府と転後日本代表部。防衛省と天上自衛隊。防衛省+経産省と天自艦隊の保持する技術管理部署、等と関係省庁同士の繋がりを、秋庭たちに任せることで時短を図ることにした。
本来なら経産省や国交省など関連官僚が派遣されるところだが、転後日本はほぼ全員が転後日本の防衛省の人間で構築されているから、同じ畑のほうが話が通しやすいと業務内容を修正したのだ。
世間はゴールデンウィークに突入した。
大勢の人々が連休とあって関心がメディアの先の並行世界の国家より、身近な自身の行動へと移る。国内外に旅行に行ったり、趣味をしたりと、極大な話題が国内であろうと当事者でなければ関心は移り行く。
もちろんネットなどでは依然と過熱を極めても、デジタルとアナログでは温度差は出るものだ。
そのため、その話題の爆心地となっている硫黄島は比較的穏やかな雰囲気が保たれていた。
天自艦隊を先導するために随行していた〝てるづき〟は、任務を終えたことで横須賀基地へと帰港し、秋庭たちはそのまま天自艦隊に残留となった。
波川海将補は天自幕僚部とやり取りをして双方の防衛省との齟齬の穴埋め。
坂井技術官は天自艦隊の技術科とやり取りをして、どのように経産省へ繋ぐか。
手岸法務官は転後日本で新設、改定されている自衛隊法こと国防法との差分確認。
来栖情報官は転後日本の歴史の精査と、合同記者会見後の各国官民の動向を整理する。
秋庭前艦長は現場組として時代錯誤がいかほどかを役職に関係なく会話をして理解する。
地味だが、戦後と転後のズレを把握しなければ相互理解は叶わず、各省庁のパイプ繋ぎもままならない。
もちろん転後側は語れない情報が数多くあろう。歴史でも技術でも、先の会見で話した知的財産も絡めてだ。
それでも秋庭たちは交流を続けて転後日本の価値観を蓄積させていく。
「――受け取りました。では確認をしてお渡しします」
五月三日。
来賓区にて秋庭典子三曹は、秋庭たちから受け取った書類をファイルごとにまとめた。
いくら交流の許可を得ても、艦隊外に流出させるには一度検閲をしなければならず、その書類を典子は受け取りに来たのだ。
「頼むよ」
合同記者会見を経て、秋庭たちは艦内を自由に動けるようになった。居住は来賓者用の来賓区をそのまま使用し、時間に関係なく艦内を移動できる。要望があればそのほかの艦に移動もできる。
ただ、五百メートルと戦後地球でも存在しない軍艦となれば見る場所は多い。同時に見せられない場所も多く、数日間移動して対話をしても全部は見切れない。
だから数日経てもまだ〝かが〟ですることはまだあった。
「それにしても戦後と転後、どっちも〝かが〟がいると紛らわしいですよね」
手岸法務官が今更なことをつぶやいた。
小惑星レヴィアンの有無で歴史が分岐し、戦後世界と転後世界で護衛艦の名称もまた変わった。
戦後ではCVM184が〝かが〟であり、転後世界ではDDH184は〝しなの〟と命名された。そのためこの世界には二隻の〝かが〟がいて、戦後か転後、ハルナンバーをつけなければ混同してしまうのだ。
「仕方ないさ。天自艦隊が来るまで想定すらしてないんだから。これまで通り、戦後〝かが〟か転後〝かが〟で呼ぶしかないだろ」
「それは自分たちも同じですね。とはいえ、艦名を変えるわけにもいきませんし」
艦名はその艦の誇りだ。重複するからとおいそれと変えていいことではない。不便ではあるがうまく使い分けていくしかない。
「それでは自分は退室させていただきます」
秋庭たちの仕事は終わっても典子の仕事はまだある。書類を抱えて退室しようと移動を始めた。
『全艦に達する。総員、Nichiまたは艦内モニターを視聴せよ。代表より重大な報告がある』
シンプルながら重苦しい放送に、秋庭たちは壁に掛けられた薄型モニターに目線を向けた。
「……これ、自分たちも聞いていいのか?」
代表からの報告ということはここ〝かが〟に留まらず艦隊全体のはずだ。情報を持ち出すのを主にいる秋庭たちが聞いていいことはないだろう。
もちろん秋庭たちがいることは知っているから、それも込みでの艦隊放送なのかもしれない。
「艦隊全体への放送だ。こちらを排除する意図がない以上、傍受ではなく正式に共有された情報と受け取ろう」
波川海将補は腕を組みながら冷静に答えた。
「多分遅かれ早かれ戦後日本政府に知られる内容なのでしょうね。だから一緒に聞いて問題ないんでしょう」
来栖情報官は壁掛けモニターの電源を入れた。
『隊員の皆さん、新政です。日々の業務ご苦労様です。予定にない全体放送ですが、しばしの間視聴をお願いします』
画面には椅子に座る新政代表がいて、一度会釈をして語りだした。
『先の戦後日本政府との合同会見で、我が艦隊はこの世界に認知され、戦後日本政府の後ろ盾の元所属不明の武装勢力とは見なされなくなりました。これも、全体を通して秩序ある行動を行い続けたからにあります。世界、時間を越えてもなお使命を全うする皆さんを誇りに思います。その誇りを守るためにも、私たちは皆さんの生命と安全を守りつつ、元の世界に帰る努力を惜しみません。
今日、全体放送をしているのはまさに、元の世界に帰ることに関してです』
「うそ、帰れる目途がついたの?」
典子がぼやいた。確かにそれなら重大な報告だ。
一体何に関することなのか、秋庭をはじめ海将補たちは画面を見つめる。
『先日、コンピューターによる帰還予測シミュレーションの計算結果が出ました。それを元に代表部、幕僚部、各艦長と副長による艦隊会議を実施。ですが、計算結果から算出された帰還計画は想定より厳しく。艦隊全体で大きな方針転換を余儀なくされます。そのため、民主主義に則り幹部のみの決定はせず、派遣法第十条に定められた隊員投票制度に則り艦隊投票を実施することにしました』
「転後日本のコンピューターはすごいな。突然世界を渡って来たのに三週間で帰還までの計算結果が出るのか」
「1980年代と今でも比較にならない性能差だ。さらに五十年先なら、予測能力も別物だろう」
秋庭は坂井技術官に振り向いた。
「そんな違うのか?」
「半導体の質が根本から違うんだ。万単位で違う。しかもレヴィニウムとか他の素子とかで向上できれば、特異点のさらに先に行ってるかもしれない」
そうした技術的な情報はまだ秘密とされていて、高性能なコンピューターがあるだろう程度でしかわかっていない。
だが世界や時間を越える転移現象を解析し、帰還計画を算出できるだけの演算能力を持つことは明らかだった。
『しかしながら、計算結果が出たとして、帰還が確実となったわけではありません。端的に申し上げて、希望的観測の下、様々な条件がうまくかみ合った結果、約十年後に帰還への条件が揃うことが分かりました。まず、なぜ物理的転移のみならず世界と時間を越えたのか、その原因はまだ分かっていません。そして、帰還するためのゲートの建設は、この世界の協力を得ることが最短です。複数の国家に技術を伝授し、必要な機器と施設の建造を委託せねばなりません。原因が判明するまでは、コンピューターによる演算を継続してまいります。その間にフィリア技術を供与し、全てが良い結果になったことで、我々は元の世界に帰れます。ふがいない話ですが、現時点でこの日になれば帰れる、と申し上げることは出来ません』
新政代表は頭を下げた。
全員最悪の結果も込みで派遣隊に参加したとはいえ、予期せぬことばかりで予定通り進まず、帰る算段も不確定ともあって責任者として陳謝した。
『この結果により、艦隊会議の意見は三つに分かれました。十年後の帰還を目指して新たな計画を策定するか。このまま転後日本として帰還を放棄、国家として承認されてこの世界の一員として歩むか。または戦後日本に帰属するかです。
一つ目の十年後の帰還を目指すのは、我々が元の世界の日本の一員としての矜持を忘れず、自分たちの課せられた任務を果たすためです。
二つ目の世界の一員になるのは、艦隊と保有技術を転後日本の国有財産として維持し、この世界で独立国家として生きていくことです。
三つ目は、不安定な立ち位置である前二つとは異なり、皆さんの生命と安全を確保するため戦後日本へ帰属し、その国民として生きていきます。その際、艦隊と保有技術は全て戦後日本へ引き継ぎます』
説明を要約すると、帰還、主権、安全のどれかで意見が割れたと言うことだ。
三つの選択肢は、順に安定度が高くなっている。3500人の生命と安全を守るには、技術と艦隊を対価として戦後日本に引き渡せば、受け入れられる可能性は高い。戦後日本だけが享受すると諸外国は反発するがそれは政府の問題だ。
〝二つの日本〟として存立する場合、時限式ならいいが恒久的となるとやはり日本同士での反発が起ころう。技術の占有も優位性と脅威から軋轢も生まれる。
帰還継続は最も波紋を呼ぶ。戦後日本を含めて技術流出を前提だから、受領する国、出来ない国と軋轢が生まれる。間違いなく大国は自国も枠組みに加えるよう圧力をかけてくるから、一筋縄ではいかないだろう。
しかも原因が分かるまで演算し続けるということは、十年という見通しも、あくまで確率上の最短に過ぎないと言うことだ。
人は終わりが見えないことに何よりストレスを抱える。明確にいつと分かればそれまでペース配分を考えればいいが、それがないと緩急が付けづらい。十年とあればそこまで突っ走っても、出来なければ隊員たちの心象の変化は計り知れない。
だから代表以下幹部は自分たちでは決めず、全体で決めようとしたのだ。
「十年か……重いな」
本来の任務は三年程度としていた。小惑星が落下して被害を被っても半世紀もすれば転後世界も技術は成長している。それに加えて〝第一次派遣隊〟と言うように、第二第三と派遣隊が来ることで建造ペースを上げ、二年で建造を開始して三年目でゲートを完成させるのが当初の計画だった。
その三倍が掛かる上に任務失敗が前提となると、典子を始め隊員たちの心境は秋庭たちには測れないだろう。
「これ、自分たちに言わせれば七十年代の世界で生きろと言うようなものですからね。生活環境が違って気疲れしちゃいますよ」
実のところ、この天自艦隊の内部は現代の護衛艦とはシステムが違っていた。〝もがみ〟型のように省人化を極めたかのように自動化が進んでおり、雑務の多くが機械任せとなっている。その機械類は全て統合システムで管理していて、不調があればすぐに原因から分かるようだ。
これによって故障の早期発見と原因究明の手間を省いてすぐに修理が可能となっている。
メンテナンスも同じだ。人の手を介さず自動で行う設計だから人は通常の業務に集中出来る。
もしこれらの半自動化管理システム一式があるだけで、他の護衛艦も人員も負担も減らせると期待できた。
天自艦隊の隊員たちはそれらの黎明期の時代で十年生きるよう強要され、秋庭たちに言い直せばより不便な七十年代で生きろと言う。
精神的負担は大きい。
「私としてはこの世界の国々の負担も考えますね。もし任務続行となると、日本以外にもゲート建設のために技術供与するとなれば多くの国が自分たちもと言うでしょうし」
「下手な国に技術を渡せば流出する。するなら徹底した協定を結んで防がないと」
新政代表の説明を基準に手岸と来須が意見を述べる。
『細かい内容に関しては本日中に各員の端末に送信します。投票は明後日五月五日に行います。隊員の皆さん。いま各々様々なことを考えていると思います。一人で抱え込まず周囲の仲間と考えを出し合って自分の答えを出してください。仲間がこれを選ぶから自分もと追随せず、自分の本心と信念、直観に従って答えを出してください。そして、自分が選んだ選択以外が採択された場合は、その採択した選択肢に全力を注いでください。私を含め幹部全員、採択した選択肢を主軸として判断していきます。皆さん、どれを選んでも間違いではありません。ただ、自分の意思を示してください。』
「そうやって全体の考えを統一してるのか」
派遣隊の結成は転後日本政府の判断だが、こちらの世界へ来て以降、彼らがどう意思決定をしているのか秋庭には分からなかった。どうやら全体方針は隊員全員で決め、個別の実行は幹部がトップダウンで統制する形らしい。
3500人しかいない派遣隊だからこその秩序維持の仕方なのだろう。
『最後に、この放送を聞いていると思います戦後日本の方々にお伝えします。皆さんにこの放送の視聴を止めなかったのは、遅かれ早かれ日本政府に伝わるからですが、この投票に関しては隊の方針が選択されるまで待ってください。まだ採択がされていない中で伝わってしまいますと不要な混乱を生んでしまいます。ですので五月五日まではこの件は忘れるようお願いします』
最後に新政代表はしっかりと秋庭たちに釘を刺した。
代表の言う通り、転後日本の方針が決まる前にこのことを伝えても意味はない。むしろどれを選ぶんだと混乱させてしまう。
「仕方ないな。全員、今の件は忘れてくれ。どの道決まらないと何も進まないからな」
今は天自艦隊との信頼関係の構築が重要だ。一足先に情報を仕入れたとしても、定かでない情報をリークすればただ混乱だけを与え、信頼を損なってしまう。
波川海将補はそれらを考えて秋庭たちに命令をした。
「……典子君」
秋庭は自分の選択を考えているのか書類を抱えたまま固まっている典子の名を呼んだ。
「あ、はい」
「大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。ただ色々と考えてしまって……」
「だろうね。重大な意思決定をするんだ。すっと決まるもんじゃない」
人生に関わる選択だ。たった三択の中とはいえ最低でも十年はこの世界で活動しなければならないのだからすぐに決まるわけがない。
「――お爺ちゃんならどれを選びます?」
「ふふ、聞くと思ったよ」
重大な選択が迫れば人は他人の意見を聞きたくなるものだ。
「考えるなら、君にとっていたい場所はどこかだな。母国の地なのか、別の地でも転後日本人としていたいのか、それとも全部捨ててもいいのか」
「それで秋庭二佐はどれなんです?」
手岸が聞く。
「俺は家族がいるから帰還の一択だな。もし彼女も結婚もしてなかったら面白い方についたかもだけど」
さすがに家族を残して別世界で生活する選択は取れない。だが、帰らなければならない理由がなく、水準は下がっても日本に沿った生活が出来るなら割り切って面白い方を選ぶだろう。
「海将補はどれを選びます?」
秋庭は波川に流れで尋ねた。
「私は、海将補としての立場で言えば部下の安全を選ぶ。三つで選ぶなら日本との合流だな。隊員の安全を政府が保証して定住を考える」
「意外ですね。帰還は考えないんですか?」
「帰れない覚悟を持って来たのであればな。それに転後側にとっては既存の転移技術も、未経験の世界と時間も越えることを考えると不確定要素が大きい。それで世界を相手に外交戦をするなら早いところ馴染める日本と合流するほうが安全だ」
人も立場も変われば考え方も変わる。
「ただ、まったく別の惑星だったなら帰還を選ぶ。あくまで別の地球だからの選択だよ」
「そうですね。分岐しただけの地球だからまだいいですけど、転後の日本が経験したように全く違う星に来たのなら帰還しか選べないです」
国家が転移するのと艦隊が転移するのとでは基盤は違う。今回の事例だから、帰還、独立、合流が選択できても、まったく違う星ならば帰還しか選ばないだろう。
「新政代表の言う通り、どれを選んでも間違いじゃない。ただ、自分が後悔しない選択を自分で決めるしかないよ」
3500人が考えた選択の一つを3500人全員が守る。
全員が仲間だから、違ったとしてもその選択を守り、通ったとしても選んだ責任を持つ。
単純だけれど中々できない信頼に沿った統一法だ。
「そうですね。ありがとうございます。ではいただいた書類の確認をさせていただきます」
「よろしく」
典子は敬礼をして来賓区を後にした。
「……天自艦隊はどれを選びますかね」
「さぁな。ただ選んだ選択肢を我々は尊重するだけだ」
同じ日本でも戦後と転後で主権は違う。戦後日本の意にそぐわない判断をしたとしても、尊重するのみだ。
そうして秋庭たちの本日の業務は終了し、各々の部屋へと戻っていった。
*
新政代表の放送からの二日間は、大っぴらに話題とはしなかったがひと際艦内が引き締まり、重い空気が漂った。
自分たちの進む道を選ぶのだから当然だ。
本来なら転後地球に行き、現地政府と交渉をして旧日本列島にゲートを建設。フィリアとの接続を果たすという、SF映画顔負けのプロジェクトを実行しようとした。
しかし、予想に反して世界と時間を越えて異なる歴史を歩む地球へと来てしまった。
小惑星レヴィアンが発見も衝突もしなかった、2019年を過ごした世界。新型感染症が流行し、生成AIが急成長している時代。
未来、そして異星の技術を持って来てしまった天上自衛隊は異端中の異端だ。
歴史の連なる歯車にそぐわぬいびつで巨大な歯車。かみ合えばいいが、少しでもかみ違えば後々に修正できない問題が起きる。しかし元に戻るには十年後か、もしかしたら叶わないかもしれない。
歴史がいびつになることを承知で残るか、それとも波乱の十年を過ごすか。
いや、どの選択肢を取ろうと、歴史がいびつになることは確定している。
取り消すことは叶わず、どう処理していくかだ。
天自艦隊が進む三つの道筋は、戦後世界の未来の道筋にもなる。
自分たちの行く末と、来てしまった世界の顛末。双方ともに適解を目指すか、片方の最善を目指すか。
3500人は考える。
大局的な考え。個人的な考え。道徳、良心、信念と様々な思いを重ねて。
五月五日。
投票期間は公職選挙法に倣って午前七時から午後八時とし、投票は各自に振り分けてある認識番号に紐づけしたアカウントから行う。
国政選挙とは投票方法が違うが、この艦隊においては正規の手続きとして認可されている。艦隊投票は、通常の投票所へ行けない隊員のため、公職選挙法上の不在者投票に準じて行われる特例投票だ。
天自艦隊の隊員たちは中一日開けて熟考した、自分で判断した選択肢を投票する。
艦隊投票と言うだけあって、投票資格者は全員だ。
新政代表から下士官の天士までの3542名が、各艦ごとに投票して最後に各艦の票が旗艦〝かが〟に集計される。
デジタル投票だから集計は一瞬だ。
一人、また一人と三択の内一つを選択していく。
三等天曹の秋葉典子も、考え抜いた一つを選択して投票した。
3542名の投票は午後六時には全員終了し、これ以上待つ必要がないため法に沿って繰り上げ開票となった。
通常業務を必要最小限に留め、隊員全員がスマートウォッチNichiまたはタブレット端末、艦内モニターを注視する。
画面には新政代表が映し出された。
「隊員の皆さん。投票結果が出ました。有効投票の八十%が、十年後の母国日本への帰還を選択しました。よって我々日本国防軍、天上自衛隊、第一次恒星間転移派遣隊は、十年後の母国日本への帰還を正式方針とします」
有効投票の内、帰還が八十%。独立が五%。戦後日本との合流が十五%だった。
帰還案は時間こそ戻らないが事態を元に戻す案だ。しかしそれを完遂するには難関がいくつもある。果たして本当に戻れるかも分からない。
だが帰還を選んだ2834人は、それらの困難も乗り越えて帰る選択をした。家に帰りたい者。家族に会いたい者。本来の任務をやり直したい者と様々だろう。
残りの708人は採択されなかった心残りもあるだろう。だが狭い艦隊社会だ。自分の意思は示しても、最終的には帰還案にまとまるだろうと感じていた者も多かったはずだ。。
ただ、代表の言ったように、同調圧力に屈せず自分の意思を発したことに意味がある。自分の意見を飲み込まずに正式に発することで鬱憤を逃がし、決まった方針に従って進むことが出来る。
転移失敗してから約一ヶ月。燻っていた艦隊の意思は一つとなり、帰還に向けて十年がかりの計画に取り掛かるのだった。




