第17話『同系存在』
並行世界、通称〝転後〟世界の2073年より転移してきた人員は3542名。
空母級護衛艦一艦。駆逐艦級護衛艦五艦。補給艦二艦。宿泊艦二艦の全十艦。
最年少は二十歳。最高齢は六十五歳。平均年齢は三十八歳で男女比は7:3。
天上自衛隊は航空自衛隊と海上自衛隊が合併して出来たため、戦後日本の海空自衛隊の人数に当てはめると、実に四パーセントもの隊員がこの派遣に参加していることになる。
もちろんそれは戦後日本と比べての話で、転後日本ではその分母がそもそも違う。
転後世界では戦後世界では難しい条件が全て満たしたことで第三次ベビーブームが起き、一億五千万まで回復した。
純粋に約五十年で毎年亡くなる人を踏まえも2700万人も人口が増えたのだ。
現代の知識で見ると尋常ではない上昇率だが、特殊な土地事情と様々な特需が発生したことで達成した。
そのため自衛隊こと国防軍に入隊する人も多く、好景気と恒星間移動インフラの設置と言う歴史的快挙を成すべく3500人もの志願者が募ってこの派遣計画は実行された。
戦後日本政府は、この3542名の全員の名簿を作成した。転後日本から提出された名簿とは別に自作することで確実性を高め、同時に戸籍と合わせてすでに出生している同系存在(同系同姓同名)を確認する。
小惑星レヴィアンの有無によるバタフライエフェクトによって、遺伝子レベルで同一人物が存在しにくいことは政府と共有されているが、学術的に調べないわけにはいかないし、外交上でもどのようなトラブルが起きるのか予想ができない。警護とまではいかないが政府として実在の確認はしておきたいのだ。
戦後日本は硫黄島を正式に天自艦隊の活動拠点にすることを正式発表した。
地政学的に認知不足の天自艦隊を、日本の支援を得つつ国民感情を逆なでしない場所はここ以外になく、万一不穏な状況になろうと本土への影響は軽微であるためだ。
世論調査では天自艦隊に対して排他的意見は二割程度で、七割は好意的な反応を示している。いくら並行世界から来ても、日本人には違いないし異星の技術が手に入れば発展する期待値も盛り込まれてだ。
排他的な意見は主に侵略目的や、日本が戦禍に巻き込まれるという印象的な意味合いが占めていた。
ただ、いまだに天自艦隊が直々に声明を発表していないことに、国民を含めて諸外国は天自艦隊と戦後日本政府に不満感を抱いてもいる。
まだ状況整理のためとしているが、天自艦隊が出現して二週間を迎えようとしている。
国内外ともに、天自艦隊に支援をするのであれば当人たちの声が必要な時期に差し掛かっていた。
*
「共同会見、ですか」
〝かが〟にある天自艦隊代表部区画の代表執務室にて、新政代表はパソコンを通して戦後日本政府の佐々木総理とビデオ会談をしていた。
政府の通信衛星を介しての通話なため傍受の心配がない。そして諸外国と違って『日本』であるがために比較的安易に会談を行うことができたのだった。
なにより世界中が天自艦隊を求めてる都合上、互いの意思の疎通は綿密に交わしておく必要があった。
『はい。皆さんがこの世界に来てもうすぐ二週間。我々はこうして言葉を介していますが、世間はまだ皆さんの声を聴かせられていない。名簿作成からの戸籍調査は始まっているので、世論の理解を得るいいタイミングだと思います』
「そうですね。私たちの方も上陸をしたことで落ち着きを取り戻しているところがあります。戦後日本政府への感謝の意を伝えるとともに、私たちの声を届けるよい機会かと」
いくら娯楽をメインとして同行している宿泊艦があれど、陸で生まれた以上陸地に足を踏み入れたい本能は止められない。
例え交代で数時間ごとに戻ろうと、自然の大地に踏み入れることでしか得られないものはある。
上陸を経て、ようやく落ち着けられたからこそ自分たちの意思を伝えられるのだ。
『その際に、私が硫黄島に向かいます。戦後と転後、確執がなく理解しあえる間柄と伝えるためにも、共に立ってする必要があります』
「それは大変うれしい提案です。しかしこうして対話をしているとはいえ、総理が来られるのは安全上問題では?」
『ええ、周囲は反対しました。ですが、いま両日本が対等で手を握り合うことに意味があります。世界と時代、星が違っても繋がれる。その証明ができます』
同系同姓同名。同系存在と呼び名を改められたが、それは個人だけでなく国家も同じだ。同じなのに少しズレている。ズレているからこそ違和感を覚えて排他的になり、手を携えなくなる。
だが、互いの長が建前だけでなく本音も含めて手を握り合えれば、繋がりは強固になる。
転後地球では難しいことだ。
『国連からも声明が求められてるのもあるので、この際に周囲のやかましい声を黙らせたいと考えます』
佐々木総理の提案を聞いて新政は考える。
現状、艦隊を総括するハイパーコンピューターによって恒星間転移ではなく次元転移をした原因を追究しているが、まだそのとっかかりも掴めていない。
元の母星であるフィリアに戻ることが最優先事項だが、原因が特定出来なければゲートを建造したところで戻ることは叶わない。
それはつまり、必然的にこの世界に滞在する期間が延びていくことになる。
原因を究明してからゲートを作るか、前例を再現するようにゲートを作りつつ原因を探るか。
なんであれ天自艦隊単独での建設するには資材が足りない。戦後日本でもコスト面から難しい。
元の世界でも建造費は日本円で二兆円は掛かっている。
戦後日本だけでなく、世界にも思想を認知してもらうためには、自分たちの声を伝える必要がある。
元々声明は出すつもりだった。ただ、それはオンライン上での配信で、リアルタイムは避けたかったが佐々木総理の言う通り、手を握り合える存在だと知らしめるいい機会だ。
『もし了承していただけるなら、同行している海将補たちを介して調整をします』
「……そうですね。波川海将補たちが硫黄島航空基地との中継ぎをしていますし」
転後日本と戦後日本がスムーズに馴染めているのは、新政たち政治トップのやり取りもあるが現場レベルでの中継ぎチームがいるのが大きい。
双方を知っているからこそ齟齬を取っ払い、単なる他方面の隊員と接するようにやり取りをすることができた。
「やりましょう。共同会見」
『日程の調整に一週間ほどいただきますが、その間に原稿などの準備をお願いします』
「分かりました。内容の合わせは日取りが決まってからですかね」
『内容の確認はしますが、内容に関してこちらから言うことはありません』
「いいのですか?」
『同系存在でも主権は違います。なのに内容を検閲しては主従関係を疑われてしまう。仮に戦後日本が転後日本の上に立つ見方をされるとこちらとしては困りますし、その逆もしかり。上下関係のない対等の立場を目指すためにも内容に口出しはしません』
「随分と我々を信頼してくださるのですね」
『謙虚な侵略者などいませんからね。圧倒的威圧か、不気味なくらい親しみを込めてですよ』
佐々木総理の言う通り、天自艦隊は転移して以来、侵略者に見えないように振舞ってきた。
異星と言うフィルターがある以上その可能性は除外できないが、そうしようとする姿勢はちゃんと伝わっていたようだ。
『それに、恩を売って情報と技術供与を得たいですからね』
「はは、そうしたいのはこちらも山々なんですがね。影響力が甚大すぎてはいどうぞとは行きません」
『しかし、渡さない選択は難しいでしょう。管理は絶対ですが転後日本が持つ技術はこの地球社会にはなくてはならない代物です』
「理解しています。特にレヴィニウムは温暖化と電気需要にピンポイントでマッチしますから。そしてコクーン。日本としては優先的にこの二つは確保したいと思います」
分岐しても同じ日本だ。五十年の異星経験を踏まえても渡した情報の中でこの二つが適合しているのは理解している。
「ただ、影響が大きすぎるのもその二つです。戦後日本だけなら恩恵は大きくても、周辺諸国や大国は黙ってないでしょう」
フィリアではレヴィニウムはそこらへんにある物だから何ともないが、フォロンやコクーンは長年の悩みどころとなった。経済と武力に直接革新的影響を与えるからこそ、同系存在である日本にだけ渡すならまだしも、社会全域に波及することを考えるとおいそれとはいかない。
『ええ、おおよそ常任理事国が欲しがるものは分かっていますし、無条件で渡した結果も予想できます。まあ前提条件はありますがね』
「……その前提条件が何なのかは分かりますが、ここでの明言は避けましょう。そのことに関してはより入念な打ち合わせが必要になりますので」
技術供与をするにあたって絶対に欠かせない前提条件がある。しかし、それは今このビデオ会談ですることではない。
そしてその条件は満たすことが出来ることから、慎重な議論が必要だ。
この前提条件でこの社会の発展基準が決定的に決まってしまうからだ。
『そうですね。言質は今はいただきませんが、状況的にその前提条件は達成されなければ転移してきたはずです。そうでなければ世界は最優先で〝補給艦〟を狙うでしょう』
やはり佐々木総理は転後と同じくらいに鋭い洞察力を持っている。
まだ情報はすべて開示していないというのに、すべてを知っているかのように対応をしてくるのだ。油断が出来ず、同じ政治家として格の違いを見せつけられる。
「この世界の歴史的岐路に立っているからこそ、安易には渡せません」
転後と戦後は技術享受の資格が違う。
怖気づいていると周囲から罵られようと、異次元の技術を持っている責任者として果たす義務があるのだ。
『はっきり言って転後日本の技術はどれもが核技術に匹敵するか上回るかばかりですので、枠組みをしっかりと構築し、厳格に管理と対策を整えて技術の暴走を防ぐ算段を立ててからでしょう』
どうあがこうと技術は世界に広がる。ならば枠組みと規約は設けて順守させ、監視を徹底させるしかない。
「……これは個人的意見ですが、今後我々が元の世界に帰る場合、技術の管理をこの世界に一任しないといけません。その場合、戦後日本にお願いしようと考えます」
『…………個人的な意見に総理として返答はしません。その話もいずれ』
「ですね」
ここらの話は非公式の雑談程度の認識だ。時代のすり合わせくらいに留めて具体的な話は決めたりはしない。
十数分程度の会談であるが、世界の異端である転後日本にとって重要な時間でもある。
現場から幹部は接触班である波川海将補たちに任せ、最上位は同格同士で交流を育む。
想定通りではないが破綻なくこれたのは僥倖だろう。
新政はそう思いながらパソコンを閉じた。
*
硫黄島に駐在する戦後日本の自衛官たちは、最初こそ緊張をしていた。
先行して接触を図った〝てるづき〟でも乗員全員ではなく外部を絡めた幹部五人のみで、集団として異星を半世紀過ごした人類と接触するのは、硫黄島に駐在する自衛官となるからだ。
絶海の孤島とはいえ、通信環境は整っていることから本島と際のない情報は得ている。
横須賀基地からの連絡もあり、天自艦隊がどんな艦隊なのか、本島を含め世界がどのような反応をしているのかは島内全域で共有されていた。
だが、情報を得ているのと実際に会うのとはまた別の話だ。
どれだけ訓練を重ねても実戦とはまた別であるように、入念に下調べをしても実際に事が起きると想定外のことが起きる。
それを知っているからこそ、問題ないとしても実体験の上塗りをしない限り心は晴れない。
果たして初めて上陸した転後世界の自衛官たちは、やはり自衛官たちであった。
顔立ちも服装も、その人柄、仕草も含めて全てが自分たちの知る自衛官と何ら変わりがなかったのだ。
五十年近い月日のずれはあっても言葉遣いや全体の国民的性格は変わっていない。
転後と言う事前情報を聞かなければ同じ自衛官と差し支えないほどにだ。
それだけに受け入れるのは早かった。
もちろん自衛官として最低限の警戒は残しつつも、外国軍人を相手にするよりは安心出来る。
ただ、あいにくと硫黄島は持て囃すような娯楽施設がない。
元々自衛隊が管理している一種の軍用島であり、先の大戦の激戦区でまだ本島に帰還できない英雄たちの遺骨も眠ったままだ。
降りる大地のない彼らのために許可されたとはいえ、おそらく艦隊に組み込まれているクルーズ船より娯楽のない島に満足できるのか心配したが、それは杞憂に終わった。
彼らにとっては大地に足を下すのが大事だったようで、多くの転後自衛官は地面に座り込んだりしたのだ。
海自にとって何週間と護衛艦に乗艦しているのは当たり前の業務だが、終わらない乗艦と終わる乗艦では精神的に違う。
許された上陸だからこそ、それを嚙み締めようと座り込んだり寝っ転がったりとして地面を満喫したのだった。




