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天蓋の檻~並行国家日本の交渉~  作者: 龍乃光輝


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16/24

第16話『硫黄島上陸』

「これが出発の三日前に撮影した家族写真です」


 典子はそう言って、自前のタブレットを操作して一枚の写真を秋庭たちに見せた。

 写真には典子を中心に五人の男女が肩を寄せ合っている、典型的な家族写真だ。

 典子の背後には白髪が目立つ男女がいて、顔の特徴から親と分かる。


「…………」


 秋庭はその大人になった和人を見ながら、自分のスマホを取り出して先月に撮影した幼い和人の写真を画面に呼び出した。

 目的地の硫黄島まであと二十時間の距離を航行しており、今秋庭たちがいるのは到着まで滞在する来賓区。休憩時間であると同時に交流として秋葉典子と話をしている中、まだ見ていなかった転後日本の和人の写真を見せてもらっていたのだった。


「本当に同一人物ですね」


 スマホとタブレットの写真を手岸が覗き込みながら呟く。


「まんま十歳の頃と六十歳の頃の写真と言われても違和感ありませんね。けどどちらも最近とった写真……興味深いですね」

「お父さんわかーい」


 典子がまじまじとスマホ画面を見る。


「……君の世界の若いころの和人の写真はないの?」

「ないです。母と出会った頃からのは残ってますけど、それよりも前はユーストル有事から残ってません」


 それを聞いて秋庭は口を閉ざした。

 転後日本ではユーストル有事と呼ばれる、初の防衛出動時に秋庭一輝は艦長をしていた護衛艦〝はるさめ〟で出港し、艦もろとも轟沈したからだ。

 向こうの息子の心情をはかり知ることは出来ないが、もしかしたら父である自分を亡くしたショックから当時を見たくないとして写真を撮るのを避けたのかもしれない。

 ただし、親としてもだが、客観的に戦後と転後の和人の写真を何度も見比べても、どこか納得できない自分がいる。


「秋庭二佐、どうかしました? 険しい顔をしてますが」


 何度も眉間にしわを寄せながら見比べる秋庭に気づいて手岸が問いかける。


「いや……向こうの和人とこっちの和人、似てると言えば似てるけどなんか違う気がしてな」

「違う? 間違いなく私の父の秋庭和人ですけど」

「五十年近く経てば色々と変わるんだろうけど、俺から見るとどうしても同じ和人には見えないんだよな」

「でも同じ両親から生まれてるんですから、秋庭二佐の息子さんと同じ和人君じゃないとおかしくありません?」

「分かってるんだけど……」

「……言われてみると、おじ……一輝さんの言う通り、ちょっと違いますかね」


 秋庭の違和感に典子も同調する。


「でもでも、おじいちゃんは秋庭一輝で、おばあちゃんは秋庭希海です。そこは間違いないです。その子供がお父さんだから違うはずは……」

「俺の妻も希海だからそこは疑わないよ。どう言えばいいのかな、まるで……」

「名前が同じ兄弟、じゃないかな?」


 横入りしたのは坂井だ。


「名前が同じ兄弟?」

「こうした事例が初めてだから自分たちは創作物から引っ張られがちだけど、生物学的に同一人物になるのは無理なんじゃないかと思って」

「それはタイムトラベルものとか?」

「例えば未来のネコ型ロボットのあれ、あれも未来から子孫が来て主人公の結婚相手を変える。けど整合性が取られて同じ子孫が生まれる体になってるけど、遺伝子的に無理だ」

「……あ」


 秋庭は坂井の言いたいことに気づいた。


「転後の和人と戦後の和人は別人。言い換えれば兄弟的な感じか」


 フィクションでのタイムトラベル、タイムパラドックス系では、主人公または主要人物の存在消滅を防ぐために奔走したりするが、そもそも生物学的には歴史に新規に干渉するだけで遺伝子的には崩れるのだ。

 一言で言えば、先祖の行動に本来なかった言動を与えるだけで、タイミングが狂って本来受精する精子と卵子が揃わない。そうなれば付ける名前は同じでも遺伝子上では兄弟的な別人になる。

 秋庭が抱いた違和感はこれだ。


「俺と希海が生まれたのはレヴィアンが発見して世界線が分岐する前。結婚したのは2014年だから、転後世界ではレヴィアン問題で相当歴史が変わってる。となると和人は生まれても同一人物にはなれないか」

「多分、まったく同じ遺伝子の同一人物なのはレヴィアンが発見するまででしょうね。厳密に言えば日本で報道がされた時から」

「その報道を見た時点で戦後と転後でズレが起きるから」

「では、この世界の和人は私のお父さんではない……と言うことですか」

「転後の和人君のDNA検査できれば確実だけど、理論上は別人じゃないと逆に不自然になる。典子さんにとってはショックかもしれないけど」

「いえ、そもそも国土転移もですけどレヴィアン問題で転移前に絶望死する人が三万人以上いたそうなので、生きている人もいれば亡くなってる人もいることも理解しています。何より一輝さんが生きていて、もしかしたら次の子供を作ることもこの世界ではありえますし」


 和人が別人かもしれないショックはあれど、そもそも日本全土的に家系のズレは起きている。そう考えると転後日本で同一の人は時代的にほとんど残っていないのだろう。


「……けど、君が俺の孫であることは変わりないから、そこは心配しなくていいさ」


 と子供に話しかけるように秋庭は典子の頭に手を乗せて撫でた。


「二佐、絵面だと結構危ないですよ、それ」

「確かに。パパ活と言われても否定しきれませんよ」

「そんな趣味はねぇ」

「はは。でもそうなると、この世界の和人のことをお父さんとは呼べないですね。一輝さんはギリ言えそうですけど」

「その方が言いやすいならまあいいけど、公の場ではさすがに秋庭二佐と呼んでくれ。俺も秋庭三曹と呼ぶから」

「分かりました。おじいちゃん」

「話は戻すけど、多分この艦隊にいる隊員たちの同系同姓同名はこの世界にもいるだろうけど、遺伝子上では全員別人でしょう。最高齢の新政代表もいても多分そう」

「八十九年に対して七十三年。八十四歳以下は全員同姓同名の別人となるな」

「……それでも名簿を作って家系確認をする意味はありますが、それ以上の重みはありませんね。同系同姓同名だとその人たちの身の危険があるかもしれませんが、兄弟枠になるならそこまでの交渉カードにはなりませんし」


 事実上兄弟姉妹となれば、別世界から来たとしても重要度は数段下がる。

 他国の諜報員が同系同姓同名を拉致して交渉カードとはなりにくいだろう。学術的に把握する必要はあってもだ。


「なんだかこうした場で話すことではない超重要な話だな」

「まあ、アイデアと言うのはこうした雑談から生まれたりするから」

「そうですね。私たち転後側もフィクションの設定が引っ張られてて、発見後からの言動の変化で別人になるのは想像してませんでした。私の知る限り、東日本大震災からズレてるかもと言われてましたから」

「そっちの東日本大震災は被害者数は少なかったの?」

「はい。こちらの世界のと比べると五千人ほどは少ないです。多分、レヴィアンが落下して大津波が起きるだろうと報道がされてたからかも」

「そう言えば向こうでは原発事故が起きてなかったな。だから津波が周知されてたのか」


 レヴィアンが落下して想定以上の津波が起きれば原発事故が起きる。その対策を事前にしたから原発事故は防げて、その過程で津波がより強く周知されていた。

 訓練したかは分からないが、津波を身近に感じていれば大地震が起こればすぐに危険と察したのかもしれない。


「みたいですね。私が生まれる四十年以上前の話ですけど」


 秋庭たちからすれば十数年前。あの震災はまだ鮮明に覚えているが、転後世界では半世紀も前の話だ。孫となればそうした考えなのだが、それを目の当たりにすると本当に世界が違うと実感する。


「このことは政府と共有しておきましょう。向こうでも気づいてるかもしれませんが」

「私も話してみます。だからと何かが変わるわけではありませんが」


 そう、この仮説が事実だとして、この関係に変化が訪れるわけではない。

 戦後と転後は変わらず隔絶した違いがあり、人間関係でも変わることはない。

 ただ学術的に興味深いというだけだ。


「けどタイムパラドックスに関してはすごい進歩とも言える」


 坂井は技術者らしい目線で呟く。


「今までは仮説ばかりだったけど、少なくとも世界線が分岐する場合では同系同姓同名は干渉したところから波及的にズレていく可能性が高い。これは大きな発見だ」


 タイムトラベルについてフィクション程度でしか知らない秋庭からすれば、坂井の熱弁はあまり伝わらない。しかし、そこまで言うとなれば大きな意義があったのだろう。


「ならこれを基に論文とか書いたら一世を風靡するんじゃないか?」


 技術者であれば理系の大学を出ているだろう。ならば論文とかも書いているだろうから、フィクションでしかない学問の戸を叩く絶好の機会かもしれない。


「それもいいな。本土に戻ったら書いてみるか」


 意外と坂井も乗り気で、意欲に満ちた顔を見せた。

 まだ班を組んで日は浅いが、少しばかりメンバーの一面を見ることができた。


      *


 さすがに国際社会が注視し、戦後日本の護衛艦が誘導している中で軍事行動を起こす国はなかった。

 四国沖から出立した戦転自衛隊艦隊は四十時間の航海を済ませ、天自艦隊にとって約十日振りの陸地が近づいてきた。

 硫黄島に近づいたのは四月二十日の真夜中である。

 硫黄島は絶海の孤島で、全周で大型船舶が入港できる港もない。

 そして民間人の住む有人島でもないため有事はともかく二十四時間船舶を受け入れる体制ではなかった。

 端的に言えば船から見える島の光量が少ないのだ。

 光が少なく、港もない。そうした理由から夜間の上陸は現実的ではなく、二マイル離れた領海内で夜を明かして上陸することとなった。

 やがて東の空がわずかに白み始める。

 最初は東の空が黒から紺へと徐々に移ろい始め、瑠璃色へと変わって硫黄島の影が見え始めて来た。

 空は分単位で明度を強め、水平線には橙色のコントラストが帯び始めた。

 そして朝日が海面から顔を覗かせた。

 黄金色の光が太平洋へ一直線に伸び、停泊する艦艇群を照らし出していく。護衛艦の鋼鉄の船体が淡く反射し、天自艦隊の異質な外装もまた朝日に照らされて静かに輝いた。

 硫黄島の輪郭もはっきりと見え始める。

 緑は少なく、荒々しい火山島特有の地形が広がっていた。戦後日本にとっては旧日本軍の激戦地であり、戦転艦隊にとってはこの世界で初めて腰を据える拠点となる島だ。

 その島を前に、両艦隊は静かに朝を迎えていた。


『こちらは硫黄島航空基地です。転後日本、第一次恒星間転移派遣隊の皆様、現在レーダーで随伴中の〝あきづき〟を除く、天自艦隊十隻を確認しています。応答をお願いします。オーバー』

「こちら日本国防軍、天上自衛隊、第一次恒星間転移派遣隊、旗艦〝かが〟。通信は明瞭で聞き取れています。我々の上陸許可を願います。オーバー」

『〝かが〟上陸を許可します。本土より、上陸は一貫して派遣隊が独自に行うと仰せつかっていますが相違ありませんか? オーバー』

「相違ありません。場所を指定してもらえれば、島内全域で手を煩わせず、自分たちで上陸します。オーバー」

『了解しました。島内全域で可能であれば滑走路に着陸は可能ですか? オーバー』

「可能です。固定翼、回転翼機どちらも使用せず着陸するため、滑走路に損傷を与えることもありません」

『話は聞いています。反重力による無推力飛行ですね。最初の上陸人数は百名と聞いていますが相違ありませんか?』

「ありません。我が艦隊の政治部と幕僚部を含めた百名。戦後日本より派遣された接触班五名を第一陣として上陸します。オーバー」

『確認しました。上陸は三十分後の08:00(マルハチマルマル)です。よろしくお願いします。アウト』


 すでに艦隊からどこの部署が何名上陸するかは、〝あきづき〟を通して戦後日本の防衛省に通達し、硫黄島へと届いていた。

 今の通信はあくまで最終確認で、事前情報に齟齬がないことが確認できた。

 予定の時間になる十分前に、輪形陣でその海域に固定している天自艦隊の内、宿泊艦の〝さくらぎ〟と〝みずほ〟は船内に設置された艦隊にとってもっとも重要なシステムを起動した。

 そのシステムは艦隊全体だけでなく硫黄島も範囲になるように展開される。

 合わせて宿泊艦の甲板に搭載されていた人輸送用大型浮遊バスが音もなく浮遊した。外見はタイヤのないバスで、それが二台宿泊艦から離れると〝かが〟に向けて移動を開始した。

〝かが〟の広大な上部甲板には上陸の第一陣として、転後日本及び艦隊の頭脳となる政治部と幕僚部の面々が集まっていた。

 もちろん、万が一を考えて一部は残留する。

 分岐したとはいえ同じ日本。五十年の隔たりがあっても大きなずれはない。そのため一定の信頼度は抱いているが、国土転移を経ていない国民感情は別の話だ。

 未来の異星技術を持つ天自艦隊に策謀を巡らす諸外国も考え、艦隊の責任者を全員外に出すわけには行かない。

 万が一上陸側が職務不能になろうと、責任者が残ればそこを軸に艦隊運用ができる。

 いわば指定生存者制度だ。

 皮肉だが、地上よりは艦隊にいる方がはるかに安全である。

 それでも転後日本の代表としてこの世界の社会に踏み入る必要があり、新政代表を含め代表団と本土から来た接触班は浮遊バスへと乗り込み、硫黄島へと離陸をした。


      *


 硫黄島。

 東京都小笠原村に属する火山島であり、日本本土から南へ約千二百キロの太平洋上に位置する絶海の孤島だ。

 島の面積は約二十四平方キロメートル。硫黄の臭気を放つ火山島として古くから知られ、その名の通り島内各地で噴気活動が確認されている。

 かつては一般住民も暮らしていたが、現在は自衛隊基地として運用されており、民間人の定住は行われていない。

 その名が世界に知られるようになったのは、第二次世界大戦末期。

 太平洋戦争における激戦地として、日米両軍による壮絶な戦闘が行われた。

 地下壕を張り巡らせて徹底抗戦を行う旧日本軍と、圧倒的物量で上陸侵攻を行うアメリカ軍。その戦闘は三十六日間にも及び、島は文字通り焦土と化した。

 戦後、硫黄島は長らくアメリカの施政下に置かれた後に日本へ返還。

 現在では航空自衛隊基地として運用されると同時に、海上自衛隊や陸上自衛隊も利用する統合運用拠点となっている。

 また、本土から遠く離れた立地ゆえに、長距離航空機の緊急着陸地点としても重要視されていた。

 そして遠く離れているからこそ、別世界から来た武力艦隊の拠点とするには地政学的に極めて都合がよかった。

 SF作品でしかまず見ることのない、プロペラもジェットエンジンもない無音で浮遊するバスに似た車体。それが乗用車と同じ速度で海面から三十メートルほどの高さを移動し、穏やかな波打ち際を越えて硫黄島上空へと入った。

 硫黄島には航空自衛隊が運用する航空基地があり、一本の滑走路がある。

 日常では人員と物資を、有事の際は日米の航空機の中継地として重宝される貴重な滑走路だ。

 戦争時でも日本を攻略する上で欠かせない場所なため、日米は過酷な戦いをした理由の一つである。

 転後日本でも1987年までの歴史は同一だからその認識にズレはない。ただ、国土転移の範囲外だから硫黄島は今も転後地球に残っている。

 滑走路には固定翼機だけでなく回転翼機の離発着ができる区画が整備されており、円にHと書かれたヘリポートに二台の浮遊バスは、それぞれヘリポートへ静かに着陸した。


「出迎えは……来ていますね」


 新政代表はヘリポートから見えるヘリ格納庫のある方角に顔を向けると、着陸を確認して近づく自衛隊の制服を着た自衛官たちが近づいてきた。

 八日前に波川海将補ら接触班が来た時の逆だ。


「まずは私が下ります」


 代表として示すため、新政は最初に降りるべく声を掛けて下車の準備を始める。

 そのことを誰も止めない。相手は同じ日本で自衛隊なのだ。警戒するだけ無粋である。

 そうして新政は、初めて別世界の地球の地に足を下した。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 全く同じでも違う人・・・・ まあSFにある『クローン』でも、遺伝上は同じでも育った環境が違うので全く同じ人物にはならいと言いますから。 派遣艦隊、待望の『陸地』 タイムスケジュ…
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