第14話『艦隊前進』
「こちらです」
典子三曹によって案内された場所は来賓区と言う海自の護衛艦にはない区だった。
「ここは?」
「諸外国の首脳または政府、軍の幹部が視察の際に滞在される区画です。宿泊艦によって隊員たちの居住スペースを減らし、かつ大型艦にしたことでスペースを確保しまして設置をしました」
異星から来た軍艦となれば、同年代であったとしても視察したいのは自然だ。旗艦ともなれば尚更だから最初からそれを想定した部屋を用意したということだ。
来賓区は軍艦とは違う様相をし、五十人は優に入れる多目的室を中心に個室が周囲に設置されていた。個室は八畳ほどの部屋でビジネスホテルと同じ内装だった。
「我が艦隊の滞在はこちらを利用ください。全て同じ内装ですのでどの部屋を選んでも構いません。カギは部屋の机に置いてあります」
「未来でもカギはカギなんですね」
「そうですね。自分たちの時代でも物理的なカギは必ずついていて、デジタルタイプがオプションでついてる感じです」
「やはり故障を危惧してですか?」
「はい。電気はレヴィニウムで問題ありませんが、故障に関する信頼性はアナログには敵いませんので」
技術が進んだ未来であってもそうした信頼度は変わらないらしい。
「トイレは男女別ですが共用で、浴室も男女別でありまして、水は海水ではなく真水で自由に使えます。食事もここで取っていただきます」
「……ここだけ護衛艦の運用としては独立している感じですね」
「あくまで来賓の方々の居住区ですので」
典子三曹は淡々と説明をする。秋庭二佐との関係を考えると色々と話したいところだろうが、そこは自衛官としての自覚と立場を理解してのことだろう。
秋庭二佐もそれを理解して親族ではなく、客人として対応する。
どの部屋も同じと言うことで、入り口から近い個室を波川海将補に残してそこから順に階級順に部屋割りをして部屋に荷物を運びこんだ。
「メロッ…………予定としまして、ご存じの通り〝てるづき〟が先頭に回ったところで原速で移動し、その後我が艦隊もスクリュー推進で続いて硫黄島へと向かいます」
「浮遊できてもスクリューが備わっているんですか。これだけ巨大で……」
「通常の護衛艦と同じくらいの速度は出せます。燃料も原子力ですのでその心配もありません」
譲り受けた資料にも記載されていた。しかも既存の原子力発電ではなく、レヴィニウムに包まれた臨界した燃料棒から熱を受けて直接発電している。タービンを必要としないからかなりの省スペース化をしているらしい。
エネルギー効率がいいからこれだけ巨大な艦でもスクリュー推進ができ、水もろ過して真水で利用できるのだ。
そして浮遊化しないのも、戦後日本に歩調を合わせる意図を込めてだろう。空を飛んでいけば半日もせずに到着できるのだから。
「秋庭三曹、確認として私たちの行動範囲はどこまでが許されるのでしょうか」
手岸法務官が問いかけた。日本であって日本の護衛艦でない以上、自由に行動が許されることはない。まだその取り決めがないことからの問いだ。
「原則としてこの来賓区に滞在していただき、付き添いでその他のセクターに入れる形です。申し訳ありませんが、自衛官の方々であっても見せられない技術がありますのでご了承ください」
「理解しています。あくまで確認です」
「艦橋への立ち入りは許可されていますので、発進するときに案内します」
「さすがにCICは無理ですかね」
「そこについての指示は受けておりませんので答えかねます」
三曹は下士官だ。自己判断は出来ず、許可の有無が不明の案件には答えられない。
「分かりました。それでは連絡が来るまでは待ちましょう」
転後日本の技術には興味はあるが、許可のないことに手を出すような非礼は持ち合わせていない。
「……秋庭三曹……いえ、典子……さんと呼ぶけれど、個人的に話をしても?」
時間が空いたことで秋庭は典子三曹に切り出した。
「あ、はい、大丈夫です。私は一輝さんと呼ばせていただきます」
血縁関係であっても他人同士。形容しようがない関係に互いに手探りな感じでやり取りをする。
「話せる範囲で構わないのだけど、転後日本の和人は元気にしているのかな?」
「はい。父は地方公務員で働いていて、高校卒業までは一緒に暮らしていました」
「三曹だと高卒で入隊を?」
「はい。祖父……一輝さんのことをお祖母ちゃんから聞いていて、前々からなりたいと考えていました。ただ、周りは反対しましたけど」
実戦経験のない戦後日本と、経験のある転後日本。同じ入隊反対でもその中身は大きく違う。
「それでもなりたいと家を飛び出して国防軍に入隊しました」
「じゃあこの派遣隊にいることも同意を得てない?」
「いえ、さすがに話はしました。まあ半ば勘当状態だったので、勝手にしろと言われておしまいでしたけど」
典子は典子で決意と覚悟をもって入隊と派遣隊への参加を決めた。和人とその妻も典子のことを想ってだが、折り合いがつかずに喧嘩別れのような形になってしまったのだ。
そうなると、従来の転後の地球に到着しなかったことで和人たちは心配していることだろう。
「あまりいい話ではないですけど、あの人と近い境遇なので後悔はしてないですね」
「あの人?」
「リーアン……フィリア人なんですけど、日本が転移した直後から日本のために動いてくれた現地の軍人で、同じ境遇なのと女性で気高い人なので憧れなんですよ」
転後日本が過ごした記録は一通り目を通したが、為政者の名はあっても典子三曹の言う軍人の名は覚えがない。それでも憧れるということは著名人なのだろう。
「だから家族に認められなくても後悔はしていませんし、別人ですけど亡きおじいちゃんにも会えました」
「そこは俺としては反応に困るがね」
転後世界の自分は先の戦争で戦死し、並行世界の過去に転移したことで邂逅を果たした。典子の世界での自分はすでに死んでいる事実があると反応に困る。
「はは、すみません」
「そのことなんですけど、硫黄島に着きましたら名簿を作成します。その名簿をもとにこの世界の血縁者の所在を把握します」
秋庭と典子のように祖孫の関係もあれば親子、本人同士がいる可能性もある。おそらく民間人だからなにかをすることはないが、その関係性の確認を取るのは新たな学術体系の獲得に欠かせない工程だ。
「名簿でしたらありますので、おそらく渡されると思いますが……」
「それとは別に作成をして相互参照します。疑っているわけではありませんが、こちらでも独自の調査が必要とのことなので」
「分かりました。失礼しました」
「典子さん、ひとつ気になったのですが、みなさんはフィリア語を混ぜていませんよね。五十年もいれば日常会話に浸透してカナカナ言葉としてしゃべってしまうと思うのですが、あまり転後日本の社会には浸透していないんですか?」
坂井技術官が訪ねる。確かに転移して以来、転後日本の人たちは異星語を話さず、日本語とカタカナ言葉という戦後日本と変わらないしゃべり方をしていた。
「英会話の必要性は無くなりましたが、英語は今も日本社会に沁み込んでいて別段マルターニ語に直す必要はないのです。強いて専門用語くらいしかありませんね」
「でも外交は異星語ですよね?」
「はい。ただ日本列島はある種物理的にフィリアとは隔絶されているので、リーアンが日本国内に入国することはありません。ですので言葉の浸透は五十年経ってもそこまでありません」
「……または、地球への帰属意識もあるか」
「否定はできません」
秋庭も幼少の頃にはカナカナ言葉は普通にあった。それは海外から輸入したモノ、日本語よりカナカナの方が伝えやすいのがあって浸透してきた。だが、同じ意味の言葉が異星語にあったとしても、必要としなければ代替する必要はない。向こうにしかない概念や単語ならともかく、話をして違和感がないのはそれが理由だ。
現に向こうにしかないレヴィニウムやフォロンなどは話している。
ノックが来賓区の多目的室に響き渡り、一同が振り向くと扉が開いて波川海将補が入ってきた。
上官が入室したことで秋庭たちは敬礼をする。
「待たせた」
「総監の反応はいかがでしたか?」
「案の定青ざめていたよ。どう対応するかは官邸まで行くだろうが、指示を仰げない状況では最善だったと言葉をもらった」
そう聞いて一番安堵したのは久坂艦長だ。自身の立案であるが責任はないと上からお墨をもらったことで肩の荷が下りたことだろう。
「予定通り〝てるづき〟は今天自艦隊の前に回っている。直に先導をするはずだ」
今度は多目的室の内線が鳴り響き、典子三曹が向かった。
「こちら来賓区多目的室。はい、はい。分かりました。確認します。皆様、艦長より艦橋に上がる許可が下りました。見学されますか?」
内線の先は艦橋だったようで、〝かが〟の艦橋に上がる許可だったようだ。
「それはうれしい限りですね」
「では案内します。ですが機密保持のため通信機器は各部屋に置くようにしてください。もし盗撮、盗聴をしようとしても感知できますのでくれぐれも魔は差さないようお願いします」
さすがに最低限の制限は掛けるようだ。ほぼ身内であっても明確な違いがある分、規則上はそうしなければならない。これは信頼よりも制度なため、秋庭たちは素直に従ってスマホやスマートウォッチを外して自室へと置きに行った。
典子三曹の言う通り、何らかの手段で盗撮や盗聴を察知するシステムがあるのだろう。今後は記録できるはずだから無駄に信用を落とすこともない。
準備を済ませると再び典子三曹の案内で艦橋内の移動を始めた。体感的に来賓区は艦の中央下部で、艦橋は四十メートルほどの高層にある。
全長五百メートル。全高七十メートルともなると移動するだけでも時間がかかる。
淡い期待として未来的な移動システムがあるかと思えば、転後日本でも現代の延長線上で移動は足だった。
気になるのが、数分に一度くらいしか隊員とすれ違わないことだ。
「秋庭三曹、この〝かが〟には常時何名が勤務についているんですか?」
「四百人です。あとは宿泊艦に移動して睡眠と自由行動ですね」
「艦内で休眠や休息は取らないんですか?」
「はい。元々艦隊運用として特定の国に常駐する前提ではなく、艦隊で完結するようになっています。そのため、宿泊艦を用意して公私を完全に分けることになりました」
「だから人がほとんどすれ違わないんですね。〝もがみ〟型みたいに省人化をしているのか。だとしてもアメリカの空母の十分の一で一.五倍の大きさをよく維持できるな」
「運用方法についてはすみませんが自分からお話は出来ません」
未来艦だけあって自動化が発達しているのだろう。
旗艦(直轄艦)を中心に戦闘艦を配備し、補給と休息に補給艦と宿泊艦を二隻ずつ用意をした。省人とコクーンなど防御装備を持っていることで消耗も少なく、補給艦二隻で年単位で活動ができるだろう。
本国の支援を得ずに艦隊のみで運用するならば、ある意味絶対に死守すべきは補給艦と宿泊艦だ。
身を守り、敵を一方的に排除する能力があっても、それを動かす人間が維持できなければすぐに崩壊してしまう。
同じ日本同士だからと気楽に考えていたが、転後日本・天自艦隊から見れば戦後日本は事実上の他国であり、今は先の見えない綱渡りをしている状態だ。
艦隊全体で平静を見せてはいるが最低限の橋頭保の確保は急ぎたいと思っているだろう。
「……秋庭三曹、ここは?」
坂井技術官がある水密扉の前で立ち止まり、表札を見ながら訪ねた。
表札には『吹き抜け』と書かれ、扉には解放厳禁と注意書きが書かれている。水密扉には円形の丸窓があり、覗いてみると文字の通り上下で地面と天井のない吹き抜けとなっていた。
「そこは階段とエレベーター、どちらも使わずに階を移動する吹き抜けです」
「え、どうやって移動するんです?」
「レヴィロン機関を使って単身で移動するんです」
「あの浮遊艇みたいに宙に浮くってことですか?」
「はい。これも詳しくはまだ言えませんが、浮遊艇を使わなくても単身で浮いて上下移動や他艦への移動もできます」
「それは羨ましいな」
秋庭二佐は率直な感想を漏らした。
所用があって他艦に移動する場合、作業艇か艦載ヘリに乗って移動する。オンラインで通話ができればいいが、必要に応じて移動するから単身で移動できるのはすさまじい利便性を持つ。
「レヴィニウムとフォロン、レヴィロン機関は是非とも導入したいな」
技術者として有能性を理解して感想をつぶやく。
「技術移転については答えられませんが、今の転後日本にはなくてはならない技術ですね」
彼女が生まれる前から浮遊技術は転後日本では当たり前になっていた。逆に考えてそれのない生活は考えられないはずだ。
「社会は逆行できないからな」
移動を再度開始し、一同は艦橋へと到着した。
「秋庭三曹、戦後日本の使者をお連れしました」
「ご苦労。通常勤務に戻ってくれ」
「分かりました」
典子三曹が艦橋の乗員に対して声を掛けると、艦長席に座る艦長から返答が来て、典子三曹は艦橋を後にした。
そして艦長席に座る艦長が振り返って立ち上がった。
「お待ちしていました。当艦艦長の藤崎一佐です」
「艦橋への招待ありがとうございます。戦後日本、防衛省より派遣されました波川海将補です」
最初の邂逅時には藤崎艦長は甲板には出ていなかった。戦後日本とアメリカの駆逐艦が来ていたのもあって離れられなかったのだ。
「これより移動を始めます。〝てるづき〟との通信回線も開いているので連携も問題ありません」
「分かりました」
改めて艦橋を見渡すが、一見する限りでは〝いずも〟型の艦橋と比べて違いはない。配置されたモニターや艦橋員も違いはなく、異星の未来艦であっても基礎は変わらないようだ。
違うとすれば円形の総舵輪のすぐ隣に航空機に使われる操縦かんが隣接していることくらいだ。
水上移動は総舵輪で、空中移動は操縦かんで操作する仕組みなのだろう。
「〝てるづき〟に前進申請を送れ。タイミングは合わせると」
「了解」
藤崎艦長の指示で艦隊前方に回った〝てるづき〟に前進の申請を送る。
「〝てるづき〟前進微速始めた。〝あかぎ〟前進微速を始める」
「両舷前進微速」
「両舷前進微速、ヨーソロー。〝かつらぎ〟と〝あさま〟前進微速始めた」
戦後日本の海上自衛隊所属、護衛艦〝てるづき〟が前進を始めたことで、転後日本の天上自衛隊所属の派遣艦隊が速度を合わせて前進を始めたのだった。
「巨艦でも加速度は同じか。よほどハイパワーなエンジンとスクリューなんだな」
船舶は排水量が多ければ多いほど前進に時間がかかる。だが体感で加速度はそう変わらないところから相当なパワーを持った原動機と形状の優れたスクリューを搭載しているのだろう。
「〝てるづき〟原速へ増速」
「両舷前進原速」
「両舷前進原速、ヨーソロー」
藤崎艦長の命令で復唱し、〝かが〟の速力が原速(二十二キロ)へと増速する。
「航海長、硫黄島までの到着時間は?」
「硫黄島まで四十五時間」
「〝てるづき〟の速度に合わせ。航海長、あとは任せる」
「了解」
こうして天自艦隊は、転移してから約一週間留まった海域を離れ、一路硫黄島へと進路を取ったのだった。
*
日本政府は、中国軍機によるコクーン衝突未遂が起きてから一時間後にその事実関係を公表した。
一時間後の公開は異常の速さだが、最初の一報がこの情報戦では主導権を握るため、防衛省は統合幕僚監部を中心に、各部局を総動員して映像の精査を迅速にまとめ上げた。
公開したのは〝てるづき〟が中国軍機に向けて報じた警告からで、主砲の発砲、コクーンの弾着痕を映像を含めた、四分間の映像である。
基本的に記録には必要最小限でメディアなどで公表されていることだけが残されていたため、必要最小限のみ修正したほぼノーカットで政府公式サイトにアップされ、同時に佐々木総理は緊急会見として、官邸エントランスによるぶら下がり会見でそのことを公表した。
全ては語らず、所属不明機が低高度で天自艦隊の頭上を移動しようとし、防衛上展開していたコクーンに接触する恐れがあり、それを回避するため警告の後安全を考慮した方角に向けて主砲を一発発射した。
あくまで事実のみの公表とし、中国とは名指しせず国籍に関しては言及しなかった。
普段ならどの国なのか公表し、再発防止や危険行為と遺憾の意を発するが、今回はそこは言わずにこうしたことが起きたとして会見を切り上げたのだった。
なぜ言及しなかったのかというと、あくまでこれは天自艦隊と中国軍機の問題とするためだ。
戦後日本の自衛隊は、このままでは重大な問題になると即断して対応したに過ぎず、あくまで我が国部隊は事態の拡大を防ぐための最小限の措置を取ったに過ぎない、という立て付けを維持する。
そうしなければ日中関係はさらに冷え切ってしまう恐れがあり、尚且つ転後日本に関する主導権を握る意思表示も込めて、当事者から一歩枠外に出た形での対応としたのだ。
記者はどこの国なのかを佐々木総理に問いかける。重大な軍事インシデントになりかけた以上、予想は立てても明言をされなければ問いかけるのは当然だ。
佐々木総理はその問いに対して「精査中です」とだけ答えて他の質問には答えず切り上げた。
肝心の中国はこの公表に関して黙秘をしている。
名指しをされていないのに反応をすれば一連の行動の説明を求められ、勧誘の拒否に撃墜回避というメンツをつぶされたことを伝えることになるからだ。
都合のいいように曲解した情報を流そうとも、それを戦後日本が先手を打ったことで潰され、敢えて黙っている勧誘部分も公開される。ならばこの事件に中国は無関係で通す方がダメージがない。
ただ、勧誘や警告は全て暗号化されないオープンチャンネルなため、民間はともかく近隣にいたアジア諸国の軍艦はその放送を受信している。
国際問題回避のため公表することはないだろうが、その海域で何が起きたのかの一部始終は知られている。
これが楔となって過剰な行動は控えるだろう。




