第二話 特異災害対策機構
第一章 第四討魔隊
第二話 特異災害対策機構
講堂を出てから十分ほど歩いたところで、黒野透真は一つのことを理解した。
――広い。
とにかく、広い。
特異災害対策機構という名前から、黒野は巨大な庁舎のような建物を漠然と想像していた。実際、外から見た中央本部も十分すぎるほど巨大だったのだが、中へ入ってみると印象はさらに変わる。
一つの建物ですべてが完結しているわけではない。中央棟を中心として複数の施設が連絡通路によって繋がれ、その間を制服姿の討魔隊員や白衣を着た研究員、整備服姿の技術職員、事務職員などが絶え間なく行き交っている。
窓の外へ目を向ければ、少し離れた場所に巨大な訓練施設が見えた。そのさらに奥には射撃場らしき建物があり、別方向には何台もの車両が並んでいる。
「……広いですね」
前を歩いていた神代伊織が振り返る。
「さっきも言っていたわね」
「思ってた三倍くらい広かったので」
「そのうち慣れるわ」
「迷いません?」
「新人は大体一度は迷う」
「やっぱり」
「あなたは二度くらい迷いそうね」
「なんで増えたんですか」
伊織は答えなかった。
少しだけ口元が動いたように見えたのは、たぶん黒野の気のせいだ。
二人は長い連絡通路を進む。
途中、前方から十人ほどの隊員が歩いてきた。黒野たちと似た制服だが、腕章の意匠が違う。
伊織が軽く手を上げた。
「お疲れさま」
「神代副隊長、お疲れさまです」
一人の女性隊員が伊織へ頭を下げ、その後ろの隊員たちも軽く会釈する。
「そっちが今年の?」
「ええ。今日から第四」
女性が黒野を見る。
「大変なところ引いたね、新人君」
「え?」
「余計なこと言わない」
「褒めてるんですよ」
「どこがよ」
女性は楽しそうに笑うと、そのまま仲間たちと歩いていった。
黒野は遠ざかっていく背中を見送る。
「今の人たちは?」
「第十四討魔隊」
「十四……」
「第四の支援を担当する部隊よ。任務によっては一緒に動くことも多いから、そのうち嫌でも覚えるわ」
黒野は少し考える。
「第四の支援ってことは、討魔隊って全部同じ仕事をしてるわけじゃないんですか?」
伊織の足が止まった。
「ちょうどいいわね」
「?」
「ここ」
伊織が指差した先には、大きな案内表示があった。
そこには第一から第二十一までの数字と、それぞれ異なる紋章が並んでいる。
「現在、日本国内で正式に編成されている討魔隊は二十一隊。全隊が外敵に関係する任務を担当するけれど、役割は同じじゃない」
伊織は第一から順番に視線を動かした。
「第一から第七までが、主に前線を担当する戦闘系部隊」
「第四もそこなんですね」
「そう。第一は大規模な脅威に対する最大戦力。第二は機動力を重視した緊急展開。第三は特殊な外敵や特殊能力への対応を得意としている」
指がさらに横へ動く。
「第五は多数の外敵を相手にする広域戦闘。第六は能力への対策や特殊戦闘。第七は救助や護衛を伴う戦闘を得意としている」
「じゃあ第四は?」
「後で説明する」
「そこ飛ばすんですか」
「あなたの所属だから、後で詳しくね」
伊織は何事もなかったように続ける。
「第八は調査。外敵の発生区域や未確認現象の現地調査を担当する。第九は研究部門との連携を中心に、外敵、種族因子、回収物、武装技術などの研究を行う」
「研究員も討魔隊なんですか?」
「研究だけを行う職員もいるわ。第九は研究部門と現場を繋ぐ存在と考えればいい」
「なるほど」
「第十は分析。各地から集まる情報、過去の戦闘記録、外敵の行動、能力、作戦結果なんかを分析して現場へ返す」
「……戦う人より、そっちの方が多そうですね」
「実際、討魔隊員だけで組織が成立しているわけじゃないから」
伊織は周囲を見渡した。
「外敵を斬れば終わりなら、こんな組織は必要ない」
黒野もつられるように周囲を見る。
端末を抱えて走っていく職員。巨大なケースを運ぶ技術者。白衣姿で議論しながら歩いていく研究者。その横を武器を携えた討魔隊員が通り過ぎる。
「倒した後に調べる人間がいる。次の出現を予測する人間がいる。負傷者を治療する人間がいる。武器を直す人間がいる。そして、現場へ行く人間がいる」
伊織は前を向いた。
「それ全部で特異災害対策機構よ」
黒野は少しだけ目を細めた。
「討魔隊って名前だけ聞いたら、全員戦う人だと思ってました」
「よく言われる」
「じゃあ十一からは?」
「第十一から第十七は、第一から第七までの前線部隊を支援する役割が中心。十一が第一、十二が第二という具合に対応している」
黒野は頭の中で数字を並べる。
「ということは十四が第四」
「正解」
「さっきの人たちですね」
「そういうこと」
「十八から二十一は?」
「特殊任務。重要施設の警備、要人警護、それ以外にも通常部隊へ回しにくい任務を担当することがある」
「……二十一隊」
思っていたより遥かに巨大な組織だった。
伊織が歩き出す。
「覚えられそう?」
「半分くらい」
「正直でよろしい」
「第四だけ覚えておけば何とかなりません?」
「ならない」
「ですよね」
◇
次に二人が入ったのは、先ほど窓から見えていた巨大な建物だった。
中へ入った瞬間、金属がぶつかる鋭い音が響いた。
広い。
先ほどからそればかり考えている気がするが、本当に広いのだから仕方がない。
床面には複数の訓練区域が設けられ、隊員たちがそれぞれ訓練を行っている。一方では剣と槍がぶつかり合い、別の場所では防護壁の向こうから銃声が響く。さらに奥には市街地を模した訓練区域まで見えた。
「ここが総合訓練棟」
伊織が説明する。
「近接戦闘、射撃、対外敵戦闘、集団戦、救助訓練。能力を使用する訓練区画も別にある」
「能力使って大丈夫なんですか?」
「だから専用区画なの。耐久基準も一般施設とは違う」
その瞬間、奥の方から轟音が響いた。
床が僅かに震える。
黒野はそちらを見る。
「……あれも訓練?」
「たぶん」
「たぶん?」
「たまに壊す人がいるから」
「大丈夫なんですか、この組織」
「壊した本人には請求が行くこともあるわ」
「絶対壊さないようにします」
「そうして」
二人は訓練棟を抜ける。
次に通ったのは医療区画だった。
一般的な病院に近い雰囲気だったが、設備は明らかに違う。診察室や処置室だけでなく、能力使用後の身体状態を確認する検査設備や、種族因子に関係する異常を調べる専用区画まで存在していた。
「任務から戻った後、必要に応じてここで検査を受ける」
「怪我してなくても?」
「能力によってはね。外見上何ともなくても身体内部に負荷が蓄積する例がある」
「面倒そう」
「死ぬよりはいいでしょう」
「それはまあ」
返す言葉がない。
そのまま研究区画、分析区画、作戦管制区画と案内されていく。
研究区画では、厳重な容器の中に外敵由来らしき組織片が保管されていた。分析区画では巨大な画面に大量の数字と地図が映し出され、何人もの職員が端末へ向かっている。
そして作戦管制区画。
そこだけは、それまでの場所とは空気が違った。
壁一面を覆う巨大な日本地図。その上にいくつもの光点が表示されている。色も大きさも様々で、絶えず情報が更新されていた。
「外敵関連の情報は基本的にここへ集まる」
伊織の声も自然と少し小さくなる。
「出現地点、推定規模、周辺人口、警察や消防の状況、避難状況。必要な情報をまとめて、適切な討魔隊へ出動命令を出す」
黒野は巨大な地図を見上げた。
「……こんなに?」
「全部が緊急案件ではないわ。監視対象も含まれている」
「それでも多いですね」
「外敵は、私たちの都合に合わせて出てきてくれないから」
当たり前のことだった。
けれど、こうして目の前に表示されると重みが違う。
今日もどこかで誰かが外敵と遭遇している。
そして、ここにいる誰かがそこへ向かう。
今日からは黒野自身も、その一人になる。
◇
「ところで」
作戦管制区画を出たところで、黒野が口を開いた。
「結局、第四って何するんですか?」
「覚えてたのね」
「俺の配属先ですから」
「そうね」
伊織は少しだけ考えるように間を置いた。
「簡単に言えば、第四は総合戦力型」
「総合戦力型」
「外敵討伐、調査、救助、護衛、他隊の応援。特定分野への専門性では他の隊に劣ることもあるけれど、状況に合わせて任務内容を変えられることが第四の強み」
「つまり?」
「何でもやる」
「……何でも屋?」
「隊長もそう呼んでる」
「隊長が言っちゃうんだ」
黒野は少しだけ笑った。
「だから十四との連携も多い。第四だけでは足りない専門要員や装備を補ってもらうこともある」
「結構大変そうですね」
「大変よ」
「即答」
「でも退屈はしないと思う」
伊織が僅かに笑った。
それを見た黒野は、第四という場所に少しだけ興味を持った。
◇
そして施設案内の終盤。
伊織が黒野を連れてきた場所で、彼の足が止まった。
「……すご」
目の前には武器が並んでいた。
剣、槍、斧、槌、銃、弓、盾。それ以外にも黒野には用途すら分からないものまで、整然と保管されている。
「装備管理区画」
伊織が言う。
「新人は基本的に、ここで制式装備を選ぶ」
「選べるんですか?」
「ある程度は。訓練結果と適性を見た上で助言はするけど、最終的には本人の希望も考慮される」
「へえ……」
黒野は素直に感心しながら並んだ武器を見る。
一振りの片手剣を手に取った。
軽く構える。
「悪くないわね」
「普通です」
戻す。
次に槍。
構えて、軽く動かす。
「槍も?」
「訓練で触りました」
次は拳銃。
安全確認をしてから握る。
伊織が少しだけ首を傾げる。
「どれが得意なの?」
「……分かりません」
「分からない?」
「大体、同じくらいです」
「好きな武器は?」
「特には」
「珍しいわね」
「そうですか?」
「普通は一つくらいあるものよ」
黒野自身には、本当に分からなかった。
剣を持てば剣として扱う。
槍なら槍。
銃なら銃。
もちろん熟練者には遠く及ばないし、技術もまだ足りない。ただ、どれを持っても極端に扱いにくいとは感じなかった。
伊織はしばらく黒野を見ていたが、やがて別の棚へ向かった。
「だったら――これ」
差し出されたのは、二振りの短い剣だった。
長剣より短く、短剣より僅かに長い。細身で軽量。左右一対で使うことを前提として作られている。
黒野は一本ずつ受け取った。
「軽い」
「あなたは反応速度がかなり高い。その長所を重い武器で殺す必要はないと思う」
黒野は軽く構えてみる。
右。
左。
身体を捻り、左右の刃を続けて振る。
妙にしっくりきた。
「……これ、いいかも」
「そう」
「名前あるんですか?」
「《双影》」
「格好いいですね」
「期待してるところ悪いけど、特別な武器じゃないわよ」
「え?」
「制式双剣の一型。その型式を《双影》と呼んでいるだけ。同型を使っている隊員もいる」
「……ちょっと夢がなくなった」
「武器に夢を求めない」
「さっきまで興味なかったんですけどね」
「気に入ったなら大切にしなさい」
黒野はもう一度、二振りを見る。
何の変哲もない制式武器。
特別な素材でもない。
伝説の武器でもない。
黒野のために作られたものですらない。
ただ今日、この場所で選んだ――最初の武器。
「じゃあ、これにします」
「分かった。登録しておく」
黒野は二振りの《双影》を腰の専用ホルダーへ収めた。
その音は、驚くほど小さかった。
◇
「これで大体終わり」
「大体?」
「最後に一か所」
「まだあるんですね」
「一番大事な場所よ」
伊織について歩き、黒野は再び中央棟へ戻った。
先ほどまでの研究区画や作戦管制区画と比べると、こちらは妙に静かだった。廊下の左右にはいくつもの扉が並び、それぞれに数字と部隊章が掲げられている。
黒野は歩きながら数字を追った。
三。
四。
伊織が止まった。
扉には第四討魔隊の紋章。
その向こうから、声が聞こえる。
誰かが笑っている。
別の誰かが何かを言い返し、それを聞いた何人かがさらに笑う。何かが倒れたような音がして、今度は女性の怒った声まで聞こえてきた。
黒野は扉を見る。
「……賑やかですね」
「いつもこんなものよ」
「第四って二十四人でしたっけ」
「現在はね。基本的には十二人前後の二班を軸にして動いてる。ただし固定ではないわ。任務に合わせて編成は変える」
「全員で動くことも?」
「必要なら」
伊織は扉へ手を掛けた。
「黒野」
「はい」
「ここが今日から、あなたの所属する場所」
一瞬だけ、黒野は腰の《双影》へ触れた。
緊張しているのかと聞かれれば、少しだけ。
でも、それ以上に――どんな連中がいるのかという興味の方が大きかった。
伊織が扉を開く。
中から一気に声が溢れてきた。
「――だから俺じゃねえって!」
「じゃあ誰がやったのよ!」
「知らねえよ!」
「佐伯さん以外いないでしょう」
「凛、お前まで!?」
黒野は瞬きをした。
伊織が額へ手を当てる。
「……新人が来る日くらい静かにできないのかしら」
その声に、中にいた者たちが一斉にこちらを向いた。
たくさんの顔。
まだ誰一人として名前を知らない。
けれど、その中央。
先ほど講堂で別れたばかりの男――御堂弥勒が黒野を見つけると、いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。
「来たね」
弥勒が立ち上がる。
そして、黒野へ向かって笑った。
「ようこそ」
ほんの少し間を置いて。
「第四討魔隊へ」
黒野透真と第四討魔隊。
その最初の日は――こうして始まった。




